ブルーベリー
大量のブルーベリーはすぐにジャムにされた。引き受けてくれた女は「今年もこんな時期なんですねえ」と楽しそうに笑った。
翌朝、
小さなイベントは穏やかに盛りあがった。ルークは時折、メイナードとの結婚を祝福され、メイナードはそれよりももうすこしだけ頻繁に、こういう事情があって皇太子からも神に祈ってほしいという相談をされたりしていた。
片づけが済むと、ルークは伸びをした。「ああやって、相談みたいなことをするひとってちょこちょこいるんだな」
「うん」
「きのう、帰りに会った子ってどうなんだろうな。なんか、寂しそうに見えた」
メイナードはルークを見た。「そうなのかい?」
「いや、おれの勘違いかもしれないよ」
「うん……」
「でも、神ってだれを救うんだろうな」
「常に存在を感じている者だろう」
ルークは小さく笑った。「おれには難しいな」
「信仰心を忘れず、罪を犯さずにいればだれでも救われる」
「病気は癒してくれるのかな?」
途端、メイナードは胸が痛くなって言葉が出てこなくなった。ルークの父は病を患っていたのかもしれない。
「ほかにも、お腹に宿った命を愛して愛して、面会を待ち望んで挑んだお産で亡くなるひともいる。そのだれもが信仰心を忘れてたのかな」
メイナードは強く噛んだくちびるを放してゆっくりと息を吸いこんだ。「……そういう不幸がないように、私たちは祈るんだ。罪のないひとが巻きこまれるような恐ろしい不幸が起きないように、力を貸してもらえるよう祈るんだ」
「そっか」ルークは小さく笑った。「じゃあきっと、もうだれも不幸な目には遭わないな。おまえみたいなひとが精一杯祈ってくれるんだから。もう皇族の仲間入りを果たしたし、おれだって祈る。もう、だれも不幸に襲われないように」
メイナードは愛しい夫を見つめた。「ありがとう」
メイナードの声を聞きつけたアダルベルトが「ありがと」と繰り返した。
ルークはメイナードの言葉の意味がわからなかったが、「こちらこそ」と明るく答えた。
夜にはメイナードと一緒にアダルベルトに本を読んだ。食事のときにはフレディに酒をすすめられたが、アダルベルトに「だめ!」と止められた。あの夜、記憶をなくすほど酔ったのを最後に、アダルベルトがルークに飲酒を禁じたのだ。理由はわかりやすいもので、眠る前の読み聞かせがなくなってしまうからだった。あの黄色の薔薇はルークとアダルベルトの間に友情を結んでくれた。ちなみにその薔薇、まだまだ葉も枝も青いままで、あのガラスの器に詰めた土に挿してある。もしかすると、あの器の側面に根が張っているのが見える日がくるかもしれない。
本を読むのを聞きながら眠りに落ちたアダルベルトを、メイナードが軽々と抱きあげた。すこし前の夜に、メイナードはルークが酒で記憶を飛ばした夜のことを、きみのこともこうして部屋に連れてきたと説明した。ルークは顔も体も燃えるように熱くなった。そんなふうに抱きあげられるなんて、まともな意識があったら耐えられない。心臓をおかしくしてしまうに違いない。
アダルベルトをベッドに運ぶと、そのまま
「静かに清らかな心で……」
「きみの心はいつも清らかだ、深く考えることはない」
「それじゃあおまえの心が穢れてるみたいじゃないか」
メイナードは認めないわけにはいかなかった。「その通りだ」
「おまえのどこが穢れてる?」
「欲求まみれだ」
「どんな欲求だよ、まさかもっと贅沢な暮らしがしたいのか? いやあ、それはよくないなあ、だって——」ルークはメイナードが怒っているような気がして言葉を飲みこんだ。
「ルーク。今後、きみは聖館に向かう道では一言も話してはならないと決めよう」
「ごめんって、そんなに怒るなよ」
「あんな、ばかげたことを習慣にするわけにはいかない」
「なに、え?」ルークは、はっと思い出して顔を真っ赤にした。「ばか! 欲求って!……」
「黙れ」
「はっ、だってそんなことだと思わないだろうよ!」
「うるさい」
「そんな涼しい顔してるんじゃねえよ!」
「黙るんだ。聖館での祈りには世界じゅうのひとびとの生活が、運命がかかっているんだ。きみの無邪気な誘惑に掻き乱されている場合じゃないんだ」
ルークは思わず両手を挙げた。「わかったって、悪かったよ。ああ、今後、この道では決してしゃべらないと約束しよう。な、許してくれよ?」
メイナードはルークの頬を左右から押しつぶすと、厳しい目をした。「部屋に戻ったら覚悟するんだ」
なにをするつもりだ、と聞き返そうとしたが、どうせ黙れと叱られるんだろうと思って声を飲みこんだ。
メイナードはルークから離れると、夜空を仰いで深呼吸した。
聖館での祈禱は無事に済んだ。ルークもメイナードに教わった所作をこなしながら、心から祈った。
部屋に戻ると、メイナードがすぐにドアを閉めた。ルークが振り返ると、その瞬間にくちびるを重ねられた。普段の優しさがまるでない、激しいくちづけだった。胸を押しても離れない。そのまま転がるようにベッドまで押された。足でベッドを探るまでもなく押し倒される。
「メイナード!……」
発言も認められず、すぐにくちびるを塞がれた。
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