祝福

 考えごとをして、アダルベルトはよく眠れなかった。遅い時間になんとか眠って、目が覚めたときはまだずいぶんと早い時間のようだった。

 アダルベルトはしかたなくベッドをおりて部屋を出た。

 廊下でフレディと会ったアダルベルトは、クラウディアはいないかと身振り手振りを使って尋ねた。

 「ああ、クラウディアか。彼女なら顔を洗いにいったよ」

 アダルベルトがぽかんとしていると、フレディは自分の顔をこすって見せた。「顔を洗いにいったんだよ」

 アダルベルトは理解するとうんうんと頷いた。「ありがと」

 フレディは一階へ向かうアダルベルトを何気なく見送ったが、ふと彼がじょうずにしゃべったことに気がついて驚いた。

 アダルベルトは一階の廊下におりたところでクラウディアを見つけた。

 「あ、あ!」

 クラウディアはアダルベルトの声に気がついて振り返った。「あら、アダ!」クラウディアは喜んでアダルベルトを呼ぶと、彼を抱きしめた。「どうしたの、こんな早い時間に?」

 「あ、ああ、るぅく……あ、あーあ、」

 「ルーク? ルークがどうかしたの?」

 「るぅく、あ、あーあ……」アダルベルトはルークがをどのようにいっていたか考えた。「あ、あーあ……ね、なーお」

 クラウディアは目を見開いた。「メイナード! メイナードっていったのね、アダ!」

 アダルベルトはクラウディアの口の動きを観察した。「め、なーお」

 「ええ、メイナード」

 「るぅく、めいなーお」アダルベルトはきのうのことをなんとか伝えようとした。いくつも並んだ長椅子、ルークと歩いてきたメイナード、くちびるを合わせる二人。印象に残っているものをすべて再現しようとした。

 「ああ! きのうの結婚式についていっているのね!」

 「くぇ、こ……」

 「そう、けっこん。メイナードとルークは結婚したの」

 アダルベルトはうんうんと頷いた。「めーなーお、るぅく……」アダルベルトは自分を指さした。「あだ、あだ」

 「アダも『けっこん』がしたいの?」

 「めーなーお、るぅく、くぇーこ……あだ」

 クラウディアはアダルベルトの表情と手の動きに注意して聞いた。「メイナードとルークは結婚した。アダ? あ、アダはどうしたらいいのーっていってるの?」

 「あだ、めーなーお。あだ、るぅく」

 「メイナードとルークに、アダからなにかしたいのね?」

 アダルベルトはクラウディアの様子から自分の伝えたいことが正しく伝わったと感じると、うんうんと頷いた。

 「そうね、『おめでとう』っていってあげたらいいんじゃない? 『おめでとう』って」

 「お、むえ、れ……とぅお……」

 「そう、じょうずよ。『』」

 「お、め……どぅえ……と」

 「そうそう! 『』」

 「おめでと」

 「まあ、じょうずね! メイナードとルークに『おめでとう』っていってあげればいいのよ」

 「おめでと。……んふ、おめでと」アダルベルトは楽しくなってきて鼻をさわった。「おめでと、……おめでと」

 「うん、とってもじょうずだわ、アダ!」

 アダルベルトはクラウディアを見て、昨夜眠れなかった悩みをもう一つ思い出した。

 「めーなーお、るぅく、おめでと。……あだ、……あだ、だめ」

 「うん、どうして?」

 「めーなーお、るぅく、おめでと。おめでと、あだ、だめ」

 クラウディアは顎に手をあてて考えた。しばらく考えて「ああ!」と声をあげた。「メイナードとルークが結婚したから、アダはもう二人といられないと思っているのね? ああ、アダ!」クラウディアはアダルベルトを抱きしめた。「……いいえ、いええそんなことはないわ。アダは、メイナードともルークとも一緒よ。『いっしょ、なかよし』」一つ一つ手を動かして話すと、アダルベルトは「いっちょ」と繰り返した。

 「そう。アダ、メイナード、ルーク。みんな、一緒」クラウディアは人差し指と中指と薬指とを立てて、離れていた指を近づけた。

 「あだ、だめ」

 「ううん、だめじゃない。『だめ』は『違う』。『みんな』、『いっしょ』。『だめ』は『ちがう』」

 「めーなーお、ごほんをよんであげよう」

 「ええ、メイナードはこれからも、アダにご本を読むわ。メイナードはきっと、ご本を読んであげようっていってくれるわ」

 クラウディアが微笑むと、アダルベルトはにこにこと笑いだした。それからうんうんと頷いた。

 「ね、大丈夫よ。メイナードはアダのことが大好きだもの」

 アダルベルトはクラウディアの言葉に、ルークから聞いた言葉を見つけた。「あだ、……ら、だいすき」

 「うん。メイナードはアダが大好きよ」

 「るぅく、あだ、だいすき」

 「ええ、ルークもアダが大好き」

 伝わり方が違う気がしたが、アダルベルトは笑ってうんうんと頷いた。


 アダルベルトが『おめでとう』を練習していると、メイナードとルークが二階からおりてきた。アダルベルトは興奮して体を揺らした。

 「お、アダじゃないか」とルークが声をあげた。「おはよう、アダ」

 「ん、ん……るぅく、おめでと」

 「なんだ、アダ?」

 「おめでと、……んふ、おめでと、おめでと」

 「愛くるしい天使が私たちを祝福している」

 メイナードがいうと、ルークは「おお!」と声をあげた。

 「ありがとう、アダ!」アダルベルトはルークに抱きしめられて、また「ありがとう、アダ」とルークの声を聞いた。

 アダルベルトは笑って喜び、体を揺らした。「おめでと、おめでと」

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