対面

 弟は皇太子との対面を喜んだ。「皇太子殿下!」と声を弾ませる弟に、皇太子は丁寧な辞儀をしたが、弟は「ぜひハグを」と腕を広げた。皇太子はこの上ないほど丁寧に弟を抱擁した。

 ルークはその様子を穏やかな心地で見守った。

 「ああ、皇太子殿下!……皇太子殿下だ!」

 「はじめまして」

 「ええすごい、え、ええ、なんで、なんで兄さんと結婚しようと思ったんですか?」

 ルークは皇太子の体がこわばるようにぴくりとしたのを見て、「おれが素晴らしい人間だからだよ」と茶化した。それからようやく弟と抱擁を交わした。

 「ああ兄さん。兄さんがどう素晴らしいって?」

 「父さんの息子ってだけ十分だろう」

 「どういう意味だい?」

 「フレディ・ザック・スタウト皇帝陛下が、父さんを通じておれを知ると、息子の配偶者にと指名したんだ」

 「だからわからないって。なんだって兄さんだったんだよ、だって陛下には父さん以外にも知ってるひとはたくさんいるでしょう? そのなかから、わざわざ父さんと兄さんを選んだのがわからない」

 「愛しているのです」と皇太子がいった。「結婚を望んだのは、私があなたの兄君あにぎみを愛しているからです」

 「兄さんを?」

 「愛しているのです、どうしようもなく」

 カイルはその深い情愛が向けられた対象に驚きつつ、笑った。「ああ、兄さんは素晴らしいお方に出会ったものです」

 「お茶を淹れましたので、どうぞなかへ」

 ルークにとって懐かしい声だった。「元気そうね」と微笑む母に「うん」と答えた。

 すっかり空腹だったルークは、母の用意したパンとケーキをがつがつと食べた。

 「みなさまもよろしければ召しあがってください」

 ルークの横で、皇太子が礼をいってそっと茶を飲んだ。「あ、すごい」と、いかにも思わず出たというような声にルークは笑った。

 「お茶ははじめてか?」

 「うん。不思議な味がする。花の香りがそのまま味になったようだ」

 「庶民の味だ。お口に合うか?」

 「うん、好きだ」

 「それはよかった。水だけじゃ味気ない、かといって酒なんて買えるものじゃないから、水に香りと味をつけてみようってことで、花を煮てるんだ。その煮汁がこれだよ」

 「ただ花を煮るのかい?」

 「天日干ししたもののほうが香りが出るんだと思う、うちではよく花を干してる」

 「きみはお茶の淹れ方を知っているかい?」

 ルークはこくこく頷いた。「まあ。難しいことじゃないよ」

 「いつか私に淹れてくれるかい?」

 「ああ、喜んで」

 思わずくちづけしたくなったが、今がどういう状況なのかを思い出して踏みとどまった。

 「皇太子殿下」ルークの母に呼ばれて、メイナードはびくりとした。

 隣のルークは「兄さん」と弟に呼ばれている。

 ルークは「うん?」と応えた。

 「なんか、最近になってぼくたちみたいなが話題にあがってるんだ」

 「ああ……」ルークは「そうか」といって引きつった笑みを浮かべた。「なんだって?」

 「それがよくわからないんだ。なかには子を産める男がいるらしいって、ただそれだけで」

 「男から生まれたひとについては話題にあがらないのか?」

 「うん。兄さんたちのいるほうではどうなの?」

 「あのひとがそうらしいとかなんとか、ちょっと前から賑やかだよ」ルークは肩をすくめた。この騒動は水浴びにいった日、森のなかで皇太子とそんなことを話していたのが原因に違いなかった。

 「兄さんも子どもを産むの?」

 ルークはちぎったパンを口に入れた。「甥と姪どっちがいい?」

 カイルは笑って首を振った。「どっちでも。兄さんとその子が健康なら、それでいい」

 ルークは一口茶を飲んで、またパンを口に入れた。「仕事はどうだ?」

 「特になにも。ありがたい平和がつづいてるよ」

 「そうか、なによりだよ」

 「兄さんはどう? 皇城だっけ、お城での生活はどうなの?」

 「いいよ、平和だ」

 「あの薬とお金はどういうことなの?」

 「皇帝陛下からのお礼みたいなものだよ。そうまでしておれが欲しかったんだと」

 「ふうん。ねえ兄さん」

 「うん?」

 「ぼく、あの薬と大金が送られてきたとき、なんかおかしいなって思った」

 ルークは弟と見つめ合って、たまらず笑った。弟のほうもおなじだった。

 「そうか。そうか、いや、そうだよな」

 皇城の畑の番人がそんなものを送れるはずがないのだ。

 「それに、兄さん、手紙をくれたでしょう? それを届けにきたひと、兄さんをルークさまなんていうんだ」

 笑いながらいう弟の声にルークはますます笑った。

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