妨害

 フレディがグラスを傾けたとき、ドアからこんこんこんと音が転がってきた。「入れ」と応じると男が入ってきた。

 「陛下、世間が騒がしいことに」

 男は恭しく辞儀をすると、開口一番そういった。

 「なにがあった?」

 男は頷いた。「皇太子殿下の出生についてです」

 フレディは顔をしかめた。「なんといっている?」

 「好き放題に。驚きの声が大きいですが……しかし、なかには物騒なものも。あるいは皇太子殿下の結婚にも影響があるかもしれません」

 フレディは広間の窓辺で見た、土に突き刺してある薔薇の枝を思い出して自嘲気味に笑った。「摂理に反していると?」

 男は沈黙で肯定した。

 「いいや違うね、それは違う」フレディは穏やかにいってグラスを傾けた。「私たちは神に望まれて生まれてきた。この体は神の望んだものだ。私たちが許されざる存在であるならば、メイナードはあのように健康ではいまい。過ちを犯せばそれは一生涯つきまとう。私がクラウディアの子を宿したのが過ちならば、その子が、メイナードがその一生をもってそれを私たちに訴えるだろう。この体を持って生まれたのが過ちならば、私は、あるいはごく短い自らの一生をもってそれを思い知るだろう。だが実際にはどうだ、メイナードは健全な魂を健全な体に宿し、私は若いころを懐かしむほど生きている」

 「そのように、いってまわりましょうか」

 「メイナードの結婚を邪魔されては困る」

 男が改まって呼ぶので、フレディもまた改めて男を見た。

 「皇太子殿下の相手にを選んだのは、どうしてですか」

 「ルーク・バログが、ジュリアス・バログの血を継いでいるからさ」

 「そのジュリアスというのは何者なんでしょう」

 「私の最も愛する友人だ。今となっては、最も恋しい友人かな。彼は私とは違う、普通の男だった。だれにも否定されない、ね。それがあんなに早くに神のみもとに還ってしまうんだから……世界ではなにが起こるかわからない。ジュリアスがいなくなって、私はすぐにメイナードにルークと一緒になるよう命じた。ルークはたしかに男だが、私とおなじだった。そしてどうだ、メイナードはクラウディアとおなじだ」

 「ルークさまに、ジュリアスさんの面影を探しているのですか」

 フレディはグラスの中身を口に含んで微笑んだ。「まあ、そんなところだよ。こんな話をしている間にも、きみ、私たちが間違った存在ではないと知らせることができるね」

 男はぎくりとして、丁寧に辞儀をして部屋を出た。

 フレディは窓の外を睨んだ。せっかくルークもその気になってきたようなのに、世間の声に阻まれてはたまったものじゃない。彼らの結婚はおとぎ話なんかではない、神さえも味方につけた運命的な結婚だ。神の子どもたちにどうこうできるものではない。

 「ジュリアス……きみは永遠になるのだ!……」

 フレディはグラスに残った分を一気に飲み干した。


 「おれは、これでよかったと思うんだ」

 ルークはアダルベルトをベッドに寝かせたあと、自分の部屋に戻って皇太子と世間の様子について話した。

 「だって、これでようやく、おれとか陛下みたいなひとのことが知られるわけだろ? この件が落ち着いたら、結婚もしやすくなる。だって男同士だぜ、男が子を産めるのを知らない世界に結婚しますなんていったら、絶対に面倒なことになる。皇族がついに滅ぶぞ!って」

 「あまり収拾がつかないようなら、私はきみとここを出る」

 「待て待て、ばかいうな。それこそ皇族が滅ぶ。大丈夫、落ち着くに決まってるんだ、おまえも落ち着け」

 皇太子の手を握って、ルークは彼の感じている不安を知った。「皇太子、」

 「私はもう、きみがいないとだめなんだ。きみと一緒にいられないことを考えると、逃げ出したくなる」

 「そんなに大げさなことじゃないよ。おれとか陛下みたいなひとがあんまりに少ないもんだから、みんなちょっと驚いてるだけだ、な? おまえ自身も、父さんから生まれたって聞いて驚いたっていってただろ? みんなそれとおなじだよ。そのうちにそういうものだと受け入れて、日常が戻ってくる」

 「ルーク……」

 「ああ、いるよ。おれはここにいる。ほかにいたい場所もない」

 皇太子が情けない顔で抱きしめてきたから、ルークも抱擁に応えた。

 「ごめんな、皇太子。おまえはおれに会ってからずっと悩まされてる」

 「きみのせいじゃない。それどころか、きみには助けられている」

 ルークはそっと抱擁をとくと、皇太子にくちづけした。「おれはおまえのそばにいる。世間が落ち着かないなら落ち着かないで、また新しいスキャンダルをぶっ放してやればいい。なにも不安に思うことはないさ」

 「ルーク……もう一度……」

 ルークは皇太子の、まるで子どもみたいな口調に思わず笑った。

 「ああ、何度でも」

 くちびるを合わせながら、皇太子がたまらなく愛おしくなった。

 しっかりして見えるくせに臆病で心配性で甘えたがりで……ああ、おれの皇太子おっとは世界一魅力的だ!——。

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