兄の告白
町が騒がしくなって、もう一週間ほど経つ。なにが起きたものか、近隣に住むひとびとが突然、神の化身について話しはじめたのだ。子を産める男というものに、町のひとが俄然関心を持ちはじめた。この一週間で、「ところで
風の強い、雲の厚い朝だった。ルークさまから手紙が届いた。母と食卓に着いて手紙を開いた。
『おれはうそをついた』——手紙は何気ないあいさつの言葉のあと、そうしてはじまった。
カイルは特に驚かなかった。手紙を届けてくる者が兄をルークさまなどと呼ぶのだ、ただの使用人として皇族のそばにいるはずはなかった。
しかし、そのうその内容には驚いた。あのときやってきた皇太子殿下は兄に結婚を申しこみにきていたというのだ。
「ああ。でも……」
いわれてみれば納得できるような気もした。皇太子殿下と話している兄に近づこうとしたとき、くるなと怒鳴られた。それはもしかしたら、カイルが無礼な振る舞いをするかもしれないからというよりも、皇太子殿下が兄に結婚を申しこむようなひとだったからかもしれない。滅ぶわけにいかない皇族が兄との結婚を望むのは、兄の体質と相性がいいからに違いない。それだから、兄はカイルを気遣って皇太子殿下に近づかないようにしたのだろう。使用人として城に呼ばれたという大きなうそもおなじ、あの悪夢をよみがえらせないための気遣いだ。
そんな具合だろうから、前回も今回も、手紙を届けにきた男が兄をルークさまなどと呼ぶのは至極当然のことだったわけだ。いってみれば、兄は皇太子妃であるわけなのだから。
カイルは小さく笑った。「なるほどね」
「なるほどって?」
「ヒントはたくさんあったんだよ。それなのに、ぼくたちは気づかないで、兄さんがあっちで農作業してるものとばかり思ってた」
母はただ笑うよりほかにできることはなかった。結局自分も息子を騙すことになった。しかもルークがはじめたうそなのだからルーク自身に収拾をつけさせようと見守っていたが、まさかこんなふうにただ遠回りしただけに終わるなんて。もっと素直に皇太子の求婚を受け入れていればよかったのに。
「そのうち、皇太子殿下を連れて会いにくるって」
「そう。カイルには、兄さんにいってやりたいことがあるんじゃない? それもたくさんね」
カイルは肩をすくめて手紙を封筒に戻した。
「返事を書く必要があるね。どんな皮肉をかましてやろうか」
母は愉快な気持ちで笑った。「その意気よ」
「まったく、兄さんはとんでもないうそつきだ。ぼくがまだまだ、あのころに生きてると思ってるんだ。それに兄さんは、自分の幸運に気づいてないよ。だって相手が皇太子殿下なんだよ。そりゃあぼくだって、まるで存在も知らなかったようなひとだったらちょっとは怖くもなるかもしれないけど、皇太子殿下相手に怯えきったりしない。なにより兄さんが選んだひとなんだ、どんな体質のひとでもいいひとに違いない。まあ、男を連れてきたことには驚くかもしれないけど、それとぼくが祝福しないこととはまるっきり別の問題じゃないか」
「それをすべて文字に起こすことね」と母は笑った。
「ねえ、カイル」
「なに、母さん」
「あなたは強いわね」
ふと、胸の奥が素直になった。もう三年も前というよりは、やっと三年前、まだ三年前というのが正直なところだった。
カイルはちょっぴり不器用に笑った。それから最後の強がりのために息を吸った。
「ぼくも早く結婚したいな」
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