友情
帰り道のアダルベルトはすっかり上機嫌だった。鼻歌でも聞こえてきそうな足どりでルークと皇太子の先を歩いている。
「アダは薔薇が大好きだな。何色の薔薇が一番好きなんだ?」
アダルベルトはルークの声に振り返ると、きょとんとした顔をした。しばらくして、これでいいの、と尋ねるように手に持っていた花をルークに差し出した。
「ううん、それはアダのものだ。それは、おれからのプレゼント。アダは、何色の薔薇が好きなの?」
ルークは辺りを見まわして、まず「黄色?」とアダルベルトの持つ花を指し示した。次にアダルベルト自身の着ているシャツにふれて、「白?」と尋ねた。「どれが好き?」
アダルベルトはぼんやりしているように見えるが、実際にはルークの言葉の意味を理解しようとしているようだった。それから自分の伝えたいことを探している。
アダルベルトはぱあっと笑って、皇太子の腕にくっついた。
「ああ、皇太子に聞いたよ。一緒に薔薇を育ててたんだってな、アダ? そのときの色が好きなのか」
「白だったね」と皇太子が答えた。
「そうか、アダは白い薔薇が好きなのか」
アダルベルトは鼻に声を響かせて笑った。それから手に持っている花を大切そうになでて、その香りを嗅いで見せた。
「黄色も好き?」
ルークはアダルベルトの笑ったのを、彼がうんうんと頷いているのだと受けとった。
アダルベルトは花を指で示して、ルークを見た。
「うん、黄色だね」
「ちいろ」
「お、惜しい。きいろ。きー、いー、ろ」
アダルベルトが口の動きを精一杯観察しているのがかわいらしくて、ルークは笑いそうになった。
「いー……い、くいろ、くぃいろ」
「お、うまい! きー、いーろ」
「くぃ……くぃ、ろ……くぃろ、きいろ」
「お、できた! そう、きいろ」
「きいろ」
「完璧だ! おれよりうまいよ。さあアダ、皇太子に教えてあげよう。黄色のお花もらったよって」
アダルベルトは楽しそうに笑って、皇太子を見あげた。「きいろ!」と花を突きあげる。
「うん、黄色。おそろいだね」
アダルベルトは皇太子の穏やかな声に無邪気な笑い声を弾ませて、ルークに抱きついた。
「ルークありがとう、って」
「んん……ありがと」
アダルベルトのじょうずな発音に、思わず皇太子と顔を見合わせて笑った。
「うまいぞ、アダ。アダはおしゃべりがじょうずだな」
「ありがと、……んん、ありがと、んふ」
「どういたしまして」
城の門まで数十メートルというところで、後方から石を蹴飛ばすような音がした。皇太子と二人振り返れば、ルークの家に皇太子が引き連れてきた二人が歩いていた。男は結局、同僚を連れてまでついてきたわけだった。ルークは二人を「主人のいいつけを破るとは碌なやつじゃないな」とからかった。
城に入ると、アダルベルトはだれかを探すように歩きまわった。
「なあ皇太子、知ってるか? 花ってそうやって切ってあるやつを土に挿しておけば根っこがついてまた花を咲かせることがあるらしいぞ」
「種がなくても?」
「そうなんだよ、驚きだろ? その花を育てたおやじさんがいってたんだ」
「そんなことがあるのか。不思議なものだ」
「うまくいけば、みたいにいってたから、そうそうできることじゃないんだろうけど、試してみる価値はありそうだよな。成功すれば、アダも喜ぶだろう」
「やってみようか」と皇太子はいった。
ちょうど、アダルベルトも目的の人物を見つけたようだった。
「まあアダ!」と嬉しそうな声をあげた皇妃は、アダルベルトを抱きしめると彼の髪や額や頬にキスの雨を降らせた。
「んんー、かわいいアダ。わたくしを探していたの?」
アダルベルトは皇妃の降らせた雨に打たれたところをそっとそっと手で拭うと、なにか訴えて手を動かした。
「なあに?」
「あ、あ……ああ、ああ……」
「お花をもらったのね? ええ、とってもきれいよ!」
「あ、あ……」アダルベルトは、ふとここへ戻ってくる前のルークの言動を思い出した。「ちろ、んん……ちろ、」自分の服を指でさしながら訴える。
「ええ、アダは白いお着物がよく似合うわ」
アダルベルトが色を伝えながら、逆さに持った花を示したとき、クラウディアはようやく理解した。「ああ! あの白い薔薇が欲しいのね。ええ、もちろんよ、あげましょう」
アダルベルトはそれが早く欲しくて、皇妃を急かした。
ルークは皇太子のそばでアダルベルトと皇妃の歩いていくのを見ながら、微笑ましく思った。「アダはほんとうに白い薔薇が好きなんだな。おまえと育てたのがよっぽど楽しかったんだろう、皇太子」
「そうかな。そのうち、
ルークは喜んで頷いた。「ああ、もちろんだ」
もらった花を土に挿してみようということになって庭に出たが、ただそのあたりの土に挿しておくのでは雨や風に煽られて倒れないかと心配になって、庭の土を小さなガラスの容器に入れて、そこに花を挿した。
クラウディアに乾燥させた薔薇をとってもらったアダルベルトは、クラウディアの頬にくちびるをあてた。クラウディアは喜んだが、くちびるがなんだか変な感じがして手の甲でこっそり拭った。
アダルベルトは、色をちょっとくすませて、それでも美しい咲き姿を保っている白花を大切に持って玄関の方へ戻ってきた。しかしそこにメイナードもルークもいなかった。
「そのお花、どうするの?」
後ろからクラウディアの声が聞こえて、「るぅく、」と訴える。「るぅく、……るぅく」
「ルークを探してるの?」
「るぅく、るぅく」
「うーん、いないねえ」
「るぅく、ない。……んない」
ルークが、これでほんとうにまた花が咲くのかね、と疑問を口にしながら皇太子と一緒に城のなかへ戻ったのは、クラウディアが「どこにいったのかしらねえ」といったところだった。
アダルベルトは「るぅく!」と声を弾ませて彼に駆け寄った。「るぅく、るぅく、……るぅく」
ルークは嬉しそうに駆け寄ってきたアダルベルトにちょっと面食らった。
「おおどうした、アダ。おれはここにいるよ」
「るぅく! んん、るぅく」
「うん、ルークだよ。どうしたんだ?」
「るぅく!」アダルベルトはルークに向けてクラウディアのとってくれた花を突き出した。
「え、くれるのか?」
アダルベルトはにこにこと笑って、鼻をさわりながらうんうんいって頷いた。
「ほんとうに? ありがとう、アダ!」
クラウディアは愛くるしい青年のやりとりに微笑した。「メイナードと育てたお花なんだよーって」
「おお、これがまさに皇太子と育てた白薔薇か! すごいな、こんなふうにとっておけるものなんだな」
アダルベルトはルークに黄色の薔薇を突き出して、次にルークに渡した白い薔薇を指さした。
「おれがその黄色いのをあげたから、おれにこれをくれるの?」
アダルベルトはにこにこと笑みを絶やさずに、「ありがと」鼻にかかった声でいった。
「こちらこそだよ。ありがとう、アダ」
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