兄からの手紙
兄は知らないうちに家を出ていた。互いに「おやすみ」といったのを最後に、兄の声を聞くことも姿を見ることもなく過ごしている。
ベッドを出ると、カイルは動きの悪い窓を押しあげた。朝の新鮮な空気が流れこんでくる。遠くで自分とおなじような生活をしているはずの兄に「おはよう」とささやく。
あれから二回、薬が届いた。皇城は畑の管理人をかなりの高額で買ったらしく、薬だけでなく大金も一緒に送られてきた。高価な薬を十本は買えるような大金だ。
居間では、すでに母が食器を並べていた。
短く挨拶を交わしたところで、玄関のドアが叩かれた。母と顔を見合わせて、カイルは「ぼくが出るよ」と答えて廊下に出た。
来客は深く頭を下げると、「ルークさまより、カイル・バログさまへお手紙です」といって封筒を差し出した。
「ルーク……ルーク・バログのことですよね」カイルは封筒を受けとりながら尋ねた。
「はい」
「ルークさま?……」
手紙を持ってきた男は、野菜を育てる者より身分が低いようには見えない。下ではないからといって上の身分ではないにしても、皇城に仕える者という意味ではおなじ立場にあるはずだ。それをどうして立派な敬称をつけて兄を呼ぶのだろう?
男は恭しく辞儀をするとさっさと馬に跨っていってしまった。
カイルはしかたなしに、受けとった手紙と居間に戻った。
「だれだった?」母がテーブルにカップをおきながらいった。
「兄さんのところのひと。兄さんはよっぽどすごいひとなのかもしれないね、この手紙を持ってきたひと、兄さんをルークさまなんて呼ぶんだ」
母はただ微笑みながら、息子のうそが明らかになるのも時間の問題だろうと考えた。
「ルークからの手紙なのね?」
「うん。忙しいだろうに……嬉しいよ」
カイルは封筒を開いて手紙を抜き出した。兄のしゃべり方を思い出しながら、慣れない読解に挑む。
「ああ……ええー、と……元気でやってるよっていってる。なんだろうこれ、皇族、の……城……こうじょう、兄さんたちのいるお城かな。それが、ええっと……すごく広いっていってる。へえ、今までの皇帝の肖像画なんかも飾ってあるんだって!」
「あたしたちには想像もつかないようなところで暮らしてるんでしょうね」
「どんな部屋をもらったんだろう? うちの部屋よりずっと豪華なのかな」
「そりゃあ、皇族の暮らすお城だもの」
カイルはすこしだけ兄が羨ましく思えてきた。「ぼくが長男だったら、ぼくが城に呼ばれたのかな?」
母は微笑んで、「どうかしらね」とだけ答えた。
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