第39話

 この村。空瀬村はここ数年不作が続いていた。一昨年は雨が少なすぎて、米が上手く育たなかった。昨年は、底が抜けたような雨が降り続いたせいで、稲が流された。そして今年はあまりにも気温が高すぎて、米粒が小さくなっていた。

 どれもこれも、毎年、毎年。いい塩梅に行かないものである。


 そして人々はその原因を、蛇神のせいにした。

 昔、昔。この村には先住民がいた。今の空瀬村の住民はこのような話を聞いている。


 その先住民は非常に欲深く、川の水を恵んでもらおうとした。だけれども、それを拒否する。それどころか、溜池のようなものを作り、水を堰き止めた。そのせいで、麓に住む人たちの田には水が行き渡らずに、苦しい思いをした。農作をいくらやっても、上手く行かない。


 だから村人は協力して、その先住民を倒した。そして独占していた田圃の水を手に入れることが出来た。

 だけれども、先住民は安定した農作物を作ることは出来なかった。それは、ここの先住民が蛇を使いにしていた。


 この空瀬村の奥の方には、今はすっかりと小さくなってしまった蛇神の祠というものがあるらしい。昔は、そこの神社は、随分と立派なもので、ここの先住民は拝んでいた。


 だけれどもその蛇神。聞いた話。人を祟ると言う特性がある。つまり扱いを間違えると人に害を与えてくる。とんでもない邪神だ。

 そして今住んでいる人たちは、その蛇神を上手く飼い慣らすことなどできなかった。すっかり祟られてしまった。その結果。ずっと、ずっと不作が続いてしまった。そして人々はそのせいで飢饉となり苦しむ。


 だから今の空瀬村は新しく稲荷神の神社を立てた。これは伏見稲荷から勧請されたものだ。


 それで少しは状況が好転した。ように思える。しかしまた飢饉は続いている。昨年は一体何人の人が、餓死をしたのか。京へ売笑に行った娘がいるとも聞く。


 そんな中、岡田家というお金持ちがこの村にやってきた。

 村人は訝しんだ。どうしてお金持ちがこの村へ。彼らの言い分ではこの村を救いに来たと言ってきた。そしてその言葉通り、食料を恵んでくれた。本当にいい人たちである。


 だけれどもあまりにもいい人過ぎる。こんな都合の良い人がこんな村にくるはずがない。だから村人はこの岡田家には実は裏があるのではないかと思う。例えば、藩や江戸に内通している。そこで一気をしようとしている人を取り締まろうとしている。所謂監視役なのではないかと。


 きっとそうである。


 ともあれ、ここに来たからには絶対に何か理由がある。彼らはそう考えた。


 そして決定的な証拠を掴んだ。それは娘が蛇神の祠にお供えをしに行っていた。というものを村の誰かが見たというものであった。


 あぁ成程。こいつらはやはり憑き物であったか。普通の人間ではなかったのか。

 納得をした。


 そうじゃなければ、こんな悪天候続きの昨今で、こんな金持ちになるはずなどない。そしてそれは村人にとって許せないことである。村の富を食い荒らして、自分だけ金持ちになる。それだけでなく、もう一度こちらに戻ってきて、再びこの村の富を食い散らかそうとする。


 殺さなければ。こいつらを殺さなければならない。

 そう思った。

 そうしなければこの村は終わってしまう。


 そして村人内の会議で、まずこいつらはここの村人としては認めない。認めてはならないということになった。更には今すぐにこの村から出ていくように通告をすることに。


 しかし、彼らはこの村を出て行かない。だから、村人は戦うことにした。徹底的に精神的に追い詰めることにした。


(憑き物がいるなんて、そんなわけないだろ)


 と村人の1人、与助はそう思った。

 彼は特に憑き物や、呪い。そう言った類の話は信じていない。岡田家の娘が山奥に行って、蛇神の信仰をしていたとは聞く。だからどうした。与助はそのような感想を抱いていた。


 そのような馬鹿げたものはこの地球にいるはずがない。そんなものはここに住む村人全員がちゃんと理解をしていることだろう。だけれども、それでも。岡田家を排除しようとしている。その理由は別段深いものではない。ただ暴れたい。この世に対してストレスが溜まっているからその吐口が欲しい。それだけのことである。


 暴れたい。岡田家を差別している時こそが、一番ストレスが発散されていく。そのような感じがする。


 ただ、最近になってその行為はエスカレートしている。今日の夜、岡田家に火矢を放って、家を燃やせ。そして殺せ。そう村長から命令があった。


 そしてそれは本日実行される。

 それぞれの手には松明を持っていた。そしてその松明を岡田家の屋敷の方へ投げ込んだ。その瞬間。その家は瞬く間に火が広がった。

 夜だけれども、光など要らなかった。それぐらいに明るかった。


 そして奥から、岡田家の当主やら番頭やら、家来が叫ぶ声が聞こえる。そいつらはすぐに外へ逃げた。別に、こんなのはどうでもよかった。


 その次に、恰幅のいい男が出てくる。少女が出てくる。彼らが岡田家親子である。

 その少女は悲しそうな目でその屋敷を見ていた。与助はそれを見ても何も思わない。むしろ言い様だと思う。村人の富を奪ったのだからこれぐらいの罰は受けるべきである。そう考えた。


 しかもそれだけでは足らない。この女を。殺さなければ。

 この脇差しであの少女を一切りしなければ。


 少女までの距離は5メートルほど。そこで一気に切りつけよう。そう思ったが。


 その瞬間である。赤い柘榴の目。

 誰かに見られた。そんな気がした。


 そしてすぐさま。辺りは暗くなる。屋敷が消える。木々が消える。真っ黒の空間だけが現れる。


 他の村人も、突然、周りのものが消えたことに対して不審に思ったのかキョロキョロと周囲を見渡している。


 そして。


「本当。世も末だぜ」


 村人の1人が倒れた。彼の腹にはポッカリと穴が空いている。


 与助は振り返る。

 そこには柘榴の目をした女がいた。ただ普通の人間ではない。彼女の髪の毛には無数のめがついている。口をパクパクと動かしている。蛇だ。


「君たちのような失敗作を作り出すとは、上の神様はもっとちゃんと仕事をしてほしいぜ」


「この化け物が!!」


 村人の1人がその少女に脇差しで刺そうとする。

 しかし少女はすぐさまそれを避けた。そして彼女に神についている一匹の蛇が、その男の首を咬んだ。その首から滝のような鮮血が溢れる。そのままその男は地面に倒れた。


「一般人が俺様に勝てると思うなよ」


 なんということだ。蛇神様は本当にいた。あれだけ蛇神はいないと馬鹿にしていたのに。


「さてと、次、俺様と勝負したいやついるか!!」


 誰も少女に挑もうとしない。当たり前だ。彼女は近づくことすらも許さないのだから。

 と、そこで1人の男が少女の元へ向かう。脇差しを捨てる。そしてそのまま、地面に頭をついた。


「蛇神様。いつも村を守ってくださってありがとうございます。私たちはずっとあなた方を信じておりました。これからもあなたの守護を信じようと思うので、どうかお許しを」


 と。そんな頭の下げている男に対して、彼女は唾を吐いた。そして、その背中に向けて蛇を放つ。その蛇は彼女の背中を穴開ける。


「要らねーよ。偽物の信仰なんか」


 あぁ、もう。少女は髪の毛を描く。


「なんだが面倒臭くなってきた」


 そして彼女は指を鳴らす。すると地面からたくさんの蛇が湧いてくる。そしてその蛇たちは与助の方を向いていた。

 それも鋭い眼差しで。


 それからほんの数秒後。その蛇は一斉に与助の全身に向かって襲ってきた。彼の顔は、体は足は、全て蛇に埋め尽くされた。


 そして与助を含む、その付近にいた村人は全員絶命した。


43

 朝が来る。空瀬村の屋敷跡からたくさんの焼死体が出た。村人が岡田家の家を放火しようとしたら、間違ってその火に巻き込まれた。そして沢山の村人が死んでしまった。それが昆陽藩の見解である。


 放火をして罰するべき人は全員死んでしまった。もうどうすることも出来ない。そんなわけでこの事件は事故として扱われるようになった。


 それに納得していないのは空瀬村の生き残った村人である。

 これは絶対に、蛇神の祟りに違いない。そう考えるようになった。その結果、彼らは蛇神の祠を完全に壊した。完全に蛇神の信仰というものを失った。


 唯一信じてくれた岡田家は結局、京都の方へ帰ったらしい。


 そして。道通様の体はすっかり重くなっていた。吐き気がする。

 今まで生きていて数百年。風邪など引いたことなどなかったのに。まさか、体調を崩すなんて。いや、違う。


 道通様は知っている。これは風邪をひいているわけではない。じわり、じわりと自分の寿命が迫っている。

 神様の命は、信仰である。その信仰を全て失った今。自分の命は朽ち果てるしかない。そして永遠の闇を彷徨う。


 神様というのは楽な仕事じゃねーな。道通様は思う。


 どれほど他人のために働いても、結局はいつかみんな忘れてしまうのだから。

 そして道通様はゆっくりと眠りについた。


 そして次に目を覚ました時は数百年後であった。

 世界は全く違う。江戸という時代は終わったらしい。街も人も随分とハイカラになっているような気がする。日本らしさというものがだいぶ減ったように思える。


 道通様は目を覚ました時、最初に大阪の街並みを歩いた。髪の色は茶色だったり金色だったり色々と違う。さらに、建物が全て高い。グイッと上を見上げると首が痛くなる。


 神社の数はかなり減った。とてもみんな神様を信じているようなそのような感じがしなかった。

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