第29話
そのまま彼女たちはコンビニを後にする。そして
「特別に招待してやろう」
と道通様は言った。
「招待って、一体どこにですか?」
「俺様の家にだ」
というわけで、道通様の家にいくことにした。
道通様は、自分の家はここから遠くはない。そう言った。しかし彼女の歩幅は大きく、早足であるため、美鶴はついていくのがやっとである。さらに、遠くはないと言いつつ10分ぐらいは歩かされているようなそんな感じがした。
やがて、住宅街の家と家との間に不自然に広がる野原に辿り着いた。
「ここだよ。ここ」
そしてその中に入っていく。
草は美鶴の腰あたりまで伸びていて、歩くたびに小さな虫が彼女の肌にくっつく。
そのまま真っ直ぐ進む。すると溜池が現れる。
美鶴は溜池というのはドロッと濁っているものだとそのようなイメージがあった。しかしその溜池は、透明であった。まるで南国の海のようであった。
美鶴の影で煌々と輝く月灯りが綺麗に反射しており、その水面を見つめるとうっかり吸い込まれそうになる。
さらに、その中央から水の泡が同心円状に広がっていて、まるで地底に何かが生きているようであった。
いや。違う。本当に何かいる。人間では理解できない何かが。
「おっ、気づいたみたいだな」
「はい。ここに水竜がいますか?」
「確認しようか?」
「どうやって確認するのですか?」
「そりゃ、このまま地底に潜ればいいじゃないか」
「それをしたら私はこの地上に戻ってこれるのですか」
「まぁ、無理だろうな。一生地底人になるだろうな」
「それなら嫌です」
「何でさ。君だったら水竜と友達になれるぞ」
じっと、水面を見つめる。その水の泡を見る限り。水竜はとても大きいもののように思える。
「この水竜さんって地上に出ることは」
「ほとんどないさ。だから人間はこの水竜の存在を知らない」
「そうなのですか」
「だけれども、この水竜は時々大暴れをする時がある」
「大暴れしてしまったらこの世界はどうなるのですか?」
「まぁ、心配しなくてもいいさ。別にノアの箱舟のように世界が終わるわけではない。ただ少し大雨が降るだけさ」
「大雨が降る?」
「そう。それは人間にとって迷惑なことのように思える。だけれども実はこれは人間にとって必要なことでもあるんだ。もしその雨が降らなければ、この溜池は枯れるだろう。そうしたら農作物にかなりのダメージが出るぞ」
「そうですね」
「あぁ、それなのに。人間どもは好き勝手にこの水竜を悪とする。そして古代から倒そうとしていた。だから俺様はその倒そうとしてくる奴らを祟ってやったのさ」
「それで」
「あぁ。その結果。俺様は邪神になった。代わりにクソ狐が農作の神になってしまった。俺様と水竜は人間によって農作の神失格の烙印を押されたのさ。だけれども忘れないで欲しい。いつだって雨を降らしているのは俺様たちだということを」
美鶴は溜池を見た。そこには一定のリズムで、水の泡が出ている。本当に水竜が潜んでいるようである。しかし信じられない。その溜池は家と家と挟まれているもので、面積だって湖というほど広くない。こんな場所に。
それからこっちへ。と道通様は歩く。その後をついていく。
ほら、ここ。と彼女は指を差す。そこには、両手ぐらいの大きさの木の鳥居があった。
「ここが、俺様の神社さ」
「神社……」
「あぁ、そうだ。ここの神社。小さいと思っただろう」
「そ、それは……」
「別に。問題ないさ。当の本人だってこの神社。とても小さいと思っているのだから。君たちみたいに大きい神社で祀られているわけじゃないし」
「えっ」
そういえば、美鶴は自分達が神様だと自己紹介したことなどなかった。しかしその口振りからして、すでに自分達の正体がバレてしまっているだろう。
「そんな驚くことないじゃないか。俺様だって実際に会って、すぐに気づいたよ。あぁ、君たちは普通の人間じゃないと」
「それは……」
「だけれども納得がいかない。どうして君はもっと堂々としない。神なのだからもっと堂々とすればいい。自分の方が偉いと威張ればいい」
「自分の方が偉いだなんて……そんなこと」
「何でさ。人間たちを見倣え。神の力など一切ないくせに、自分は神よりも上だとか、神を凌駕する存在だとか、そう勘違いしている人が何人もいるぞ。それに比べて君は本物の神様なのだからさ。胸を張ればいい」
「いや、しかし」
「そうやってウジウジしているなんて、神様らしくないぞ」
「神様らしくないですか」
そもそも神様らしさとは一体何だろう。ふと考える。
今、この水竜の居場所を見て、美鶴は神様らしくないと思っている。それほど偉大な神であればもっと、ちゃんと祀られてもいいものではないか。などとも考えてしまう。
それに比べて、ヨルや美鶴は空瀬神社という地元ではかなり大きな神社に祀られている。その点では自分達の方が遥かに神様らしいのではないか。だから、率直に
「社をもたないあなたたちだって神様らしくないのでは」
と言った。すると道通様は笑った。そして
「社じゃねーよ」
と言う。
「社なんて、あんなの人間が神様、どうかここにいてください。と勝手にそう言ったものだろ。まぁ、中には本当に社を住処にするようなやつだっていると思うけれどもさ。だけれども、本当の神様の住処ってそこじゃない。俺様だって、自分の寝どころは隣の家だしさ」
「そうなんですか」
「そうそう。俺様。一応人間らしい生活をしているんだぜ? 今から連れてってやるさ」
「えっと。それは」
ヨルからお使いを頼まれて随分と時間が経っていた。もうそろそろ、帰ってあげないと、ヨルが空腹で乾涸びてしまうかもしれない。そうじゃなくても、もうそろそろ日が昇る。日が昇れば、自分の親が目を覚ます。そして朝食を作り出すだろう。
そうなったら完全に自分の役割というのは失格で。
そのままギュッと道通様は手を掴んだ。
「迷うな。いくぞ」
そうして連れて行かれた。
「社を持たない神だってたくさんいる。例えば一つ目小僧だってそうだ」
「一つ目小僧って神様なのですか?」
「そう。実は、あの人。神様なのさ。元々は鍛治の神様なのさ。なんていうことを今の人間、一体何人の人が知っている? 誰も知らないだろう。他にも、山そのものが神様だっていう場合だってある。三輪山とかは有名すぎて、ちゃんと鳥居とかあるけれども。もっと小さな山でそれ自体が神様の場所だってある。そう言った場所は鳥居とかそんなものない。第一、これほどあちこちに鳥居が立っているのは日本ぐらいだろう。本来、神様なんて神社がなくても勝手に力を発揮することができる物体何だしさ」
「……そうですね」
「そうそう。こう言った神聖な場所がなければ力発揮できないとすれば、イエスキリスト様とかはどうだ。教会のあるところでしか力を発揮できないとか不便だろう。そんなことはない。神様はきっとそばにいる」
「なんていうと、まるで変な宗教の言葉みたいですね」
「変な宗教なものか。実際にこうやって、近くにいて、歩いているだろ。それを人間たちが知らないだけさ」
そしてふと道通様は足を止めた。
「世の中にはずっと人間のことを愛していた。人間も自分のことを愛していた。だけれども、時代が進み、自分のことをすっかり忘れていった。どんだけ側にいても、どれほどアピールをしても、思い出してくれない。そんな神様だっているのだからさ」
「それって……」
一体、誰のことだ。
「まぁ、いいや。俺様の家はもう少し歩いた先にある」
そして2人は夜を駆けて行く。
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