第28話
「全く。最近の奴らと喧嘩をしても、面白いこと何もない」
とそのフードを被った人……道通様はそう言った。
コンビニの中は随分と静かになった。美鶴と道通様以外、誰もいない。
「戦前とかだったらさ。本当、自分が死んででも俺様を殺そうとしてくる奴がいたのさ。だけれども、今の時代は何だ。少しでも身の危険を感じるとこんな感じで逃げ出す。それだと実につまらないわけだ」
「その言い方だと、あなたは昔、人を殺したことあるのですか」
「うん? まさか。俺様は小蝿一匹でも殺さない聖人だぞ。人を殺すほど時間に余裕ないさ」
「そうなんですか」
「あぁ、そうさ」
そして美鶴は道通様の体、全身を見た。随分と細身である。腕だって枝のように細く、先ほどみたいに不良を力でねじ伏せるような力がこの体から出せるとは思えない。またフードを被っていて表情などは見えないが、顔半分は色白で、唇は薄ピンクである。さらに、胸の辺りは僅かながら膨らみがある。
(もしかして女性?)
また先ほどの口振りから何十年間も生きているように思えたが、しかし声から察するに随分と若いようにも思える。
「あの、すみません。何個か質問いいですか」
「なんだ、どうした」
「はい。まずあなたは神様なのですか」
「さぁな。神様ではないかもしれないな」
うっかりしていた。道通様は昔は偉大な神様である。しかし今はすっかりと零落してしまった。そんな存在である。ということを。
「失礼しました。昔は神様だったのですか」
「まぁ、昔はな。確かに神様だと言われていた時代はあったよ。今は妖怪として扱われているけれどもな」
「それじゃ、あなたはもしかして道通様なのですか?」
「そう言われてはいるさ。だけれども今生きている人たちは俺様の本当の名前を知らない。そして俺様も知らない」
「知らない……のですか」
「そうさ。誰も知らない。知っている人はいない。俺様は気づいた時にはこの場所に存在私ていた。誰からどのように生まれたのか知らない。親だって分からない。そのような存在さ」
「それじゃ、道通様というのも」
「そんなもの、仮の名前だよ。本当の名前ではないよ」
「つまり本当の名前は別にあるかもしれない。そういうことですか」
「あぁ、そういうことだ」
「成程。それは理解をしました。それで気になることが二つあります」
「なんだ、言ってくれた給え」
「はい。えっとですね。道通様。まずあなたはどうしてこの街を守っているのですか」
「おっと。どうした、そんな質問をして」
「いえ。道通様。噂では聞いています。あなたがこの地域の悪を取り締まっているということを」
「成程。俺様も有名になったものだな」
フフンと鼻を鳴らした。
「それに対して答えると別に善意でしているわけではない」
「というと趣味ですか」
「趣味でもない。そもそも、あんたさんなら知っているだろ。俺様は元々蛇神だということを。八岐の大蛇とかと一緒さ。素戔嗚に退治されるべき神様なんだよ。暴れ神なんだよ」
「まぁその素戔嗚も色々な神様に嫌われて追放とかされていますけれど」
「ハハッ。そうだな。素戔嗚も人のこと言えないか。まぁとにかく、俺様はどちらかと言えば邪神。そういう評価である。そしてその評価は物凄く正しいと思う。俺様自身、暴れ神だという自覚はちゃんとある。その証拠に世が荒れていた戦国の時代。楽しかった」
「戦国の時代ということはあなたは不死身なのですか?」
「いやいや。神だってちゃんと寿命はあるさ。そんな人魚の肉を食べた比丘尼とかじゃないんだからさ。ちゃんとイザナギだって死んでいるわけだしさ。体はちゃんと老いて死んでいく」
「それじゃ、体以外の部分は死なないみたいな言い方じゃないですか」
「死なないみたいな言い方ではなくて、実際に俺様は魂などは死なないのさ。つまり老いた体を捨てて、何度も魂だけこの世にずっと置いていた。俺様の魂はそんな奇魂なのさ」
「つまり、死んでも記憶だけは無限に残り続ける」
「そう。それが俺様」
「成程。それは納得しました。それで話を戻します。どうしてあなたは正義の為に働くのですか」
「それを答える前に、どうして君はそのことを知りたいと思うんだい?」
「それは、私の友達が正義の為に働くことに対して疑問に持ってしまっているからです」
「ほう。それはヨルとかいうやつかな?」
「ヨルさんを知っているのですか?」
「あぁ、知っているさ。この間ドラックストアで万引きしている女子高生を止めようとしていたな。本当にアホだよな。俺様はそう思うぜ。あれは間違った正義だ」
「間違った正義ですか?」
「そうさ。イヤイヤに救おうとしている。義務で救おうとしている。そんなんじゃ、ダメだよね。全く、そのような正義は間違っている」
「何故、そのようなことを言えるのですか」
「だってさ。それって要は見返りを求めているじゃないか。救ってあげたのだから何か報酬が欲しいとさ。そう言った考えは危険だ」
「危険……ですか」
「そう。自分の思った通りの見返りなんてほぼ来ないさ。例えば……」
と道通様は棚にいる緑の昆虫……カメムシを手に掴んだ。
「このカメムシという生き物は人間たちに嫌われている。まぁ稲作とか荒らす害虫だからな。匂いも臭いし。そしてもし人間に見つかったら、このカメムシは殺虫剤で殺されてしまうだろう」
だからと言って、道通さまは外に出た。外には先ほどまでいた不良たちはどこにもいなくなっていた。そして道通様は手のひらを広げる。そうするとそのカメムシは激しく羽ばたき、そしてどこかへ消えていった。
「さてこれでカメムシは逃げていった。今俺様はこのカメムシを救ったわけだ。さて問題だ。この後、俺様の身に何か起こると思うか?」
「何が起こるって……」
「このカメムシがこの後、鶴の恩返しのように人間の女に化けてくれると思うか」
「そんなもの……」
「そうだろう。もしかしたら竜宮城へ連れていかれる可能性だってあるかもな。そして玉手箱をもらって、それを開けて歳を取りましたという恩を仇で返される可能性だってあるかもしれないし。はたまた何も起こらない可能性だってある。というか、それが一般論だろう」
「まぁ、そうですよね。カメムシが恩を返しに来るなんて思えないですものね」
「そうだろう。第一、こうやって外に返したことがカメムシにとっていいことなのか。もしかしたらコンビニの中にいた方が涼しくて快適だったかもしれない。人間に見つかったら殺されるとは言ったけれども、そもそも見つからない可能性だってあるわけだ。むしろこうやって外に追い出されたことによって外敵に食べられる可能性が上がってしまったわけだ」
「確かにそうですね」
「そうさ。ヨルという奴がドラックストアで万引きを止めようとしたのもそういうことだ。女子高生からしてみればヨルさえいなければ成功をしていた。そして被害者のドラックストアの店員も、誰も騒がなければ万引きが発生したという事実が分からなかった可能性だってある。しかしヨルが万引きを止めたことによって、その事実が公になってしまう。女子高生は学校に知られる。そうしたら自分の進路に大きく影響が出るかもしれない。一方で言い方は悪いかもしれない。ドラックストアの店員は万引き処理という新しい仕事が発生するかもしれない。そしたらほら。誰もヨルに感謝をしている場合じゃなくなるだろう。見返りなんてあるはずがないのさ」
「でもヨルさんはきっと見返りを求めてないです」
「それならいいけれどな。俺様、鶴の恩返しとか浦島太郎とかあの昔話って実によく出来ていると思うんだ」
「それは何故ですか」
「だってさ。浦島太郎なんて、折角亀を救ったのに、最後は玉手箱とかいう変な箱を渡されるんだぞ。結局正義の行為をしても最後はうまくいかない。ちゃんとリアルに描かれているじゃないか。逆に嫌いな言葉がある。いい事をしていれば、きっと神様は見てくれるよという言葉だ。はっきりと言わせてもらえれば。見てねーよ。そんなもん。この世には何那由多の善意と何那由多の悪で埋められている。というよりも悪か、善かというのは結局人間の塩梅で決まるのだからさ。知らねーよというのが率直な感想さ」
と言われて、それに関して、美鶴も同意である。日頃からヨルも、必死に祈る人間たちを見て、そんなに祈られてもこっちは困る。何万の願いを1人の神が叶えることが出来るかと言っている。
「つまり、何が言いたいかというとさ。別に善き事をしても神様はそれを見ているわけではないのさ。というと、正しく生きることは悪いことなのか。という疑問も湧くものだが。別にそうではない。泥のような悪い感情に埋もれると、そのまま暗闇の中、生きることになるからな。だけれどもな。やはり見返りを求めて、行動をするというのは危険さ。だから俺様はそんな見返りを求めて行動なんてしていない」
「それじゃ、どうして」
「簡単だよ。楽しいから人を救う。人を救えば、悪人を殴ってもいい。暴れてもいい。そう思っているから俺様は正義の味方をする。それだけさ」
「そんなこと」
「まぁ、それが間違っているという人もいるだろうな。中には人を傷つけずに救うことが正義だと思っている者もいる。そいつらからすれば、俺様が悪になるな」
と道通様は笑った。
「こんなのだから、蛇神は八岐大蛇として扱われて、そして他の神様たちに退治されるんだよな。全く、これだから水神も火神もそんな役割だぜ」
「損な役割ですか」
「そう。例えばさ。雨というのはさ。本当は必要なわけ。雨がなければ、日照りで農作物が育ったりはしない。だけれども人々って雨を嫌う。ほら、てるてる坊主を作って晴れを願ったりするだろ。洪水とか起きたらそれは水神様のお怒りだとかいうだろ。違う、違う。本来、生きていくために必要な雨を降らしただけ。だけれども、それで運悪く被害が出てしまった。それなのに洪水を起こしただけで水神様が暴れたという。勝手に人身御供をしてくる。そして水神様は凶暴だと言ってくる」
「確かに、そのようなイメージがありますね」
「そうだろ。だけれどもよく考えてみろ。日照りで人が死ぬことだってあるんだぞ。例えば年間何人の人が熱中症で死ぬ? それに対して、何人の人が天照大神のお怒りだと言う? 誰も言わないだろ。俺様からしてみれば日照りの死も洪水の死も、決して神様の怒りとかそんなのではないと思うんだ。最も、最近は科学の力が発展してくれたお陰で、そのような意見が減ったけれどもな。それはそれで俺様からしてみれば助かるわ」
そこで美鶴は道通様は蛇神でありそして水神ということに気づいた。
「火だって古事記では伊奘冉を殺した悪役として描かれている。だけれども人類の発展は火があったから出来たもの何だしさ。そう考えるとなんだが正義の為に、人間の為に働くのは馬鹿馬鹿しくなるだろ」
道通様は欠伸をした。
美鶴は、道通様の正義というものを理解した。つまり道通様は見返りの為に働いていない。道通様にとって、正義というのはただの娯楽でしかないのだ。
「成程、わかりました」
道通様にとっての正義は何か。それはよく理解できた。
それと同時にもう一つ、どうしても疑問に思っていることがあった。
美鶴は道通様の服を見る。微妙に膨らんだ胸。
「もう一つ、質問いいですか」
「おう。別にいいぞ」
「はい。道通様の性別って何ですか」
「何だ。そんなことか。触ってみればいいじゃないか」
「触ってみればいいって。何を」
「俺様の胸を」
「なっ、なっ」
そして道通様はガッシリと美鶴の手を掴んだ。そのままその手を胸の方へ持っていく。
饅頭のような柔らかい感触。これは決して男の身体つきでは無理であろう。そう思う。
そして道通様はニヤニヤしながら
「俺様の性別、どっちだった?」
「そ、その。女でした」
「うん。正解」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます