第27話

「うぅ……どうして私が」


 結局、美鶴が折れてしまった。あの後、まさか。ヨルが泣き始めたのだ。


「お腹すいたー、お腹すいたー。限界だよー」


 と。

 別段、ヨルが泣き始めるなんてそんな珍しいことではない。というよりも良くあることである。もしかしたらそれは嘘泣きかもしれない。そのような気だってする。

 その証拠に。


「あぁ、もう、分かりました。行きますから! だから取り敢えず黙ってください」


 そう言ったらニヤリと笑みを浮かべた。その瞬間、あぁやられた。と彼女は思った。やはり演技だった。


 そしてその後、1000円札1枚を渡し、余ったらその分は美鶴の好きなもの買ってもいいから。そう言った。だけれども、数百円で蒸し暑い街の中を歩き、不良に絡まれる。それはそれで割に合っていない。5000円札ぐらいもらってもいいものではないかと。そう考える。


 さらに


「まぁ、本当に大丈夫だよ。美鶴をナンパ誘う人なんていないから」


 としつこく言ってくるので、ヨルの顔面に向かって枕を投げておいた。彼女はオフっと言いながらその場を倒れた。


 とは言え、確かにそうかもしれない。美鶴は男っ気などなかった。いや、それは当たり前。ずっと神社の巫女として働いていたもの。と思ったが、巫女の中に現れる男共にも話しかけられたことなどない。


 そうして大社北高校入学してから2週間ほど経った。まだ3人は大社北高校の特別社で授業を受けている。ノエの話だと、今は定期試験中だから。そこで通常のクラスに入るのは難しいとのこと。そしてどうせもうすぐに夏休みが始まる。少しタイミングの悪い時に入学してしまった。


 だから予定では二学期になってから、彼女たちは一般クラスに入学するらしい。


 未だに普通の人間と関わりがあるというわけではなかった。唯一関わりがある人がいるとすれば……


「不敬です、不敬です」


 そう言ってくる生徒会長ぐらいである。

 彼女は昼の時間になると、毎回、大社北高校の裏山を登って、ヨルたちの元へやってくる。そして、


「一緒に食事行きますよ」


 と下の購買部まで連れて行くのだ。

 その時間が唯一、3人が大社北高校の本校舎に行く用事である。


 そして、美鶴がトイレに行って遅れて購買部に戻ってきた時。彼女は驚きの光景を見てしまう。

 なんと、美鶴以外の3人は見知らぬ男子と喋っていた。それも決して嫌そうな顔ではなく。少し楽しそうに。


 聞いた話。向こうから声をかけてきたらしい。そして、色々と彼女たちと喋っていた。それに対して嫉妬をした。

 美鶴は決して、男子にモテたいとかそのような願望があるわけではない。だけれどもやはり。こういった青春的瞬間には憧れるものである。


 とまぁ、そのようなことがあり。あの3人の中では一番青春というものに出遅れてしまっている美鶴。確かにこれじゃ、自分に話しかけてくるような輩はいないな。と納得であった。


 そのまま彼女はコンビニに辿り着いた。そのコンビニうるさかった。

 外で、男女数名の人が飲酒をしていた。その横。車椅子用の駐車場には円形で、飲み終えた空き缶が並べられている。さらに、その中央にはコンビニの白い袋が捨てられている。パッと見れば何かの儀式のようである。


 その男女。美鶴よりもほんの少し年上に見える。髪の色は金色ばかり。男も女も腰あたりまで髪を伸ばしている。耳元にはキラキラした沢山のピアスをしている。女性の爪は、ネイルがキラキラと輝いている。

 全体的に明るい。そう美鶴は思った。


 そしてそれらを見た瞬間、別のコンビニに行こうかしら。と思う。

 流石にこの中のコンビニに行くのは勇気がいること。しかし、かと言って。別のコンビニまでの距離が中々離れていた。それはそれで面倒臭いと感じた。


 だから美鶴は大きく鼻腔を広げ、息を吸い込み、そして意を決する。しょうがない。ここで買い物をするかと。


 美鶴には勝算がある。まずあの人たちは絶対に自分に話しかけてこない。絡んでこない。

 そう確信している。さらに、絡んできたとしてもその時は、店員に声を掛ければいい。助けを求めればいい。そうとも考えている。だからきっと大丈夫。と美鶴は思った。


 そして中に入る。


 そこでとある誤算が起きた。なんと、店舗内に頼りになるはずの店員がいなかった。

 どこを見渡しても店員らしき人物はいない。


 そして、店内の金髪の男性と。目があってしまった。その瞬間、嫌な予感がする。

 ササッと後ろへ逃げようとする。しかしその金髪はニヤリと笑みを浮かべながらこちらの方へやってくる。そして


「おや、お嬢ちゃん」


 と。低い声でそういう。


「どうしたんだい。こんな時間に。危ないじゃないか」


 そう言った。その瞬間、安心した。やはり金髪不良ヤンキーが怖いなんて偏見じゃないか。

 そうだ。美鶴は美容院に行くことがある。そこの店員だって、金髪で少し強面である。だけれども実際に話してみると、気さくな人で、喋りがうまくて、さらには、技術だってある。人一倍、美容師として命をかけていたりする。そのような人である。


 このような多種多様な世界には、人を見た目で判断出来にくくなった。むしろ人を見た目で判断することは、すごく失礼なことである。美鶴、本人だってこんな田舎っぽい芋のような少女であり、だけれども実際には神様だったりする。


 だからこの金髪不良っぽく見える人は、実は心優しい戦士なのかもしれない。


 美鶴は笑みを作った。その不良に全てを打ち明けようと思った。自分の相棒にパシリにさせられているということを。


 しかし。


「ねぇ、君。小さくて可愛いね」


 と。その瞬間、美鶴は目から光を失った。


「いや、いいね。まるで小学生みたいだ。小学生最高だ」


 あっ、こいつは金髪不良ヤンキーなんかよりも数倍ヤバイ人だ。と気づいた。

 金髪のヤンキー。それだけでかなりヤバイ。それなのに、それにプラスして、ロリコンという性癖も持ち合わせている。呪物のオンパレードである。この世で一番近づいてはいけない人である。


「ねぇ、どうせ男性経験ないでしょ。それだったらお兄さんが色々教えてあげる」


 あぁ、これはヤバイ。

 はっきりと言おう。不良はこの世にいても問題ない。何もしなければ、こちらに被害が出ることはないのだから。しかし目の前の奴は違う。不良ではない。もはや犯罪者だ。


 どうしてこんな人が完成してしまった。これこそ神様の悪戯。神様の失敗ではないか。一体神様は何を考えて、こんなヤバイ物体を作った。いや、自分も神様なんだけれどさ。


「ほら、どこかに行こうよ」


 そして腕を掴む。

 これは無事に帰宅したらヨルに説教だ。まずやはりこんな危険な夜の世界に、お使いを頼んだこと。そのくせもらえるお駄賃が少ないこと。そしてこのような変態男を作ったこと。神様の悪戯で完成したというのであれば、これはヨルの悪戯で作られたもの。


 いや、ヨルだったらあの子だったら鼻くそ穿りながら、これぐらいの人間を作っていそうだ。


「い、いやです」


「なんでそんなことをいうのかな? 大丈夫。ちゃんとサポートしてあげるからさ」


 逃げようにも、この男。腕にとてつもない力を入れている。だからうまく逃げることが出来ない。美鶴の目にはうっすらと涙を浮かべていた。


「あぁ、大丈夫だよ。そんな顔をしなくても。そんな手荒な真似をしないからさ」


「いや、いや」


「そういえば、君。その唇。柔らかそうだね」


 悲鳴を上げそうになった。そしてその男は唇を尖らせている。一体何をしようとしているのか。嫌な予感しかしない。


「ヒィヒィ」


 もうダメだ。

 怨霊になってヨルに纏わりついてやろう。そう思った。その瞬間。


「痛っ」


 とその男は悲鳴をあげた。そして美鶴の腕は解放された。


「俺様の敷地でそんな変なことしないでくれるかな」


 と。そのフードを全身に被っている人がそういった。

 これは……もしかして。


 美鶴は言っていた。この町には道通様と呼ばれるものがいるということを。そしてその人は困っている人を助けていると。


「俺様の力では、君の肩をバラバラに砕くことが可能なんだ。だから、今すぐ去った方が身の為。どうだ、降参するか?」


 そして……

 その男は降参をした。

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