第23話

 ヨルは何だが嫌な予感がした。この山にはきっと何かがいる。そんな気がする。

 そして周囲を見渡す。空はモクモクと分厚いものが出てくる。

 引き返した方がいいかもしれない。やがてそう思うようになる。


 それに、どうしてノエはこんな場所で妖怪探しをするようにしたのだろうか。この場所にはきっと稀有怪訝以外の妖怪がいるに違いない。


 ヨルは自信がなかった。今の自分は昔ほどの力などない。いや、力はある。だけれども、それを制御することが出来ない。木船を傷つけずに戦うなどと言うことが出来る気などしない。


「ねぇ、ヨルさん。見てみて」


 としばらく歩くと、大きな岩の穴。つまり洞窟があった。


「こんなところに、こんな場所があるなんて。凄いです」


 彼女は無邪気にそういう。

 その洞窟は、当然光がない。だから数メートル先は闇に包まれており何も見えなかった。

 こんなところ、松明などそう言った明かりなしで進むのは非常に危険。というよりも進むことができないだろう。それに先ほどの嫌な悪寒に従えばこの先にはきっとよからぬものがいるに違いない。


 だから。


「この洞窟は流石に危ない。だからここは探索するのはやめよう」


 そう言った。しかし、彼女は頬を膨らました。


「何でですか。こんな面白そうな場所があるんだから行きましょうよ」


 と言う。


「いや、山奥の洞窟と言うのは黄泉の国と繋がっている。一般人がこの中に入ったら恐らく帰ってこれなくなる可能性がある」


「黄泉の国ですか」


「そう。そもそも山奥の洞窟というのは母なる子宮内部を表している。つまり、生まれる前の姿に戻ることになる。それぐらい山奥の洞窟は危険なんだ」


「大丈夫です。ちょっと、中に入るだけです。そしてすぐに外に出ますよ」


「いや、やめた方がいい」


 とヨルは忠告した。それでも、木船は止まらずその洞窟の中に入ってしまった。


「あっ」


 ヨルも追いかけようとした。しかし追いかけることが出来なかった。

 彼女の背中からずっと冷たい汗が出続けている。


(なんだ、この感覚。死者の感覚か?)


 ヨルは神の力を持っている。だから人間や動物。大抵のものには勝つことが出来る。しかしそんなヨルでも勝てないものがある。それは死者の力である。

 ヨルは穢れに対しては滅法弱い。イツみたいな調伏師がいればまだ話は別だが、単独の場合だとその力の半分を出せない。だからもし、そのような化け物が現れてしまったら……


 と、そんな不吉な予想が当たるかのように洞窟の奥からキャと悲鳴のようなものが聞こえる。


 木船の身に何かがあったのは明白である。ヨルは慌ててその洞窟の中に入った。そして……


 木船はその洞窟の中で倒れていた。ヨルは彼女に駆け寄る。胸あたりが前後ゆっくり動いていることから息はある。どうやら気絶をしてしまっただけのようだった。


(一体、誰に襲われて……)


 と、その時。真っ暗な洞窟から光が出てくる。四つの玉がヨルの頭の上を照らしている。


(狂骨!!)


 その光。よく見ると口がある。そしてその口から鋭い歯がキラリ輝かせている。


「お前ら。どうしてこんな場所に」


 稀有怪訝を見つけようとしたのに。まさか、それよりも厄介な敵に見つかってしまうとは。

 そして彼女は息を吐く。


 感じろ。雷を感じろ。


 ヨルの周りに電気を帯びる。


「神域郭大」


 この狂骨を自分の雷で仕留めてやろう。そう考えた。


「いいかい。お前ら。よく聞け。僕は君たちを争う気はない。だから大人しく僕たちの周りから消えてくれ。そうすればこっちは何もしない」


 とそういう。しかしケタケタと四匹の狂骨は笑うだけ。


「なるほどな。交渉決裂だ」


 そして、ヨルは狂骨の一匹に対して雷撃を放った。しかし……どうも攻撃が当たったような気がしない。相変わらず狂骨はケタケタと笑っているばかりである。


(攻撃が効かない。つまり分裂系の妖怪か。そして本体はたった一つしかないということか)


 成程。そういうことなら。と、彼女は踵をくるりと回して、4体同時に雷撃を食らわした。


(これで……)


 周りから砂埃が巻き上がる。一体が偽物だったら全てを攻撃すればいい。それがヨルの考えてあった。しかし、その砂埃から出てきたのは、うんともすんとも言わず、相変わらずケタケタと笑い続ける狂骨の姿であった。


(まさか……僕の攻撃が効かない?)


 そんな、馬鹿な。ヨルの背中から嫌な汗がずっと出続ける。

 もう一発。狂骨の一体に雷撃を当ててみる。しかし、その狂骨は攻撃を喰らった気配などない。


(こ、これは……)


 ピンチかもしれない。そうヨルは感じた。

 ずっと狂骨はこちらの方を見て、ケタケタと笑っている。そして、やがて。狂骨の一体がヨルの腕に思いっきり噛み付いた。


 ヨルは慌てて、その狂骨を振り払った。しかし……時は既に遅し。彼女の腕からスーッと一筋の赤い血が出てくる。それを見て……ヨルは青ざめた。そしてそのまま、ヨルは座り込んだ。


「血だ……血だ……」


 ヨルは震えている。


「まさか、こんな僕が血を流すなんて」


 嫌だ、嫌だ。怖い、怖い。とヨルは歯をカタカタと震わせている。

 ヨルは血を見るのが嫌いだった。というよりも血などの穢れを見ると、力を失ってしまう。


 そして四匹の狂骨はケタケタと彼女の周りをグルグルと飛んでいる。白い歯を見せている。


「ごめん。ごめんよ」


 だからどうか、飛び回るのをやめてくれ。許してくれ。そう祈る。


 自分というのはここまで無力だったのか。あれだけいつも威張っていた癖に、いざこういった敵に遭遇すると何も出来なくなるのか。そんな自分に嫌悪感を抱く。


 自分の力は何も役に立たない。傷つけてはいけない人にはいつも傷つけて、守るべき時には何も力を使えない。イツなどがいないと、この力は無力である。


 ヨルの目には涙が溢れていた。あまりにも不甲斐ない自分に、イラついていた。


 そんな弱いところを見せても、狂骨には関係ない。彼らはそれでも襲ってくる。そして……その狂骨は。


 一瞬、ヨルの元へ離れた。


「泣くなよ。そんな姿。お嬢が見たら大笑いするだろうに」


 とそんな声が聞こえる。


 ヨルは顔を上げる。そこには


「ゲドー」


「おうよ。俺様も一緒についていっていることを忘れやがって」


 そうだった。

 イツに命じられ、念のためにゲドーを借りていたのであった。


「流石に、こんなところに狂骨がいる。これはイツもあの先生も想定外だったと思うがな」


「うん……」


「そしてヨル嬢さんと狂骨は少々相性が悪い。荒魂の性質をもつヨル嬢は、死者などには滅法弱くなる。逆にイツお嬢はこう言った相手の方が得意だからな」


「イツは……」


「そうさ。あの人はどちらかと言えば死者や呪術など闇の人に対して力を発揮する。逆に言えば、イツお嬢は荒魂の神様などとは少々相性が悪い」


「相性が悪いって。でも普通に戦えている」


「そう。イツお嬢は相性が悪いとはいえ、調伏の力で色々な神様の力を借りて戦っているのさ」


「そ、そうなのか」


「まぁ。そんなことを言っている暇はねぇな。気をつけな。もう一回来るぞ」


 とゲドーは指を刺した。その先には目尻を下げた狂骨が4体。こちらを睨んでいる。

 そしてその狂骨はこちらの方へ向かってやってくる。


「どうすれば」


「こうするのさ」


 ケドーはヨルの体の中へ入っていった。そしてヨルの体は放電する。その狂骨たちはヨルに触れる。と思ったら、その場でパタパタと倒れてしまった。


「これは……?」


「俺がヨルお嬢の荒魂を抑えてい和魂に変えているのさ。狂骨みたいなやつは和魂の方がダメージを食らうからな」


「そうなの……?」


 狂骨4体はゆっくりともう一回浮かび上がる。

 そしてギラリとヨルを睨む。


「中々、しぶといじゃないか……」


 その狂骨は、ゆっくりと口を開いた。そして


「ニクイニクイ」


 そう呟いている。

 やがてその4体の狂骨は目の前で集まっていき、合体をしていく。そして洞窟の中に激しい閃光を撒き散らかす。目を開けられないほどの眩しさであった。


 しばらくして、その狂骨は一つの巨大な人間に変化していた。洞窟の天井にまで届くほど巨大である。


「人間が憎い」


 その狂骨はそう叫んでいる。

 そして大きな腕をヨルに向かって振り下ろす。それを彼女は避けた。


 すぐさまにヨルはその腕に向かって、雷撃を放つ。するとその腕を狂骨は抑えた。確実に効いている。


 それからまた一歩、後ろへ後退りをする。そのまま、その巨人になった狂骨は彼女に向かって突進をする。しかし、その突進する前に、天井から雷が落ちた。それは狂骨の脳天を貫く。


 そのまま、その狂骨は倒れていった。


「確かに、人間は憎い。それは私だって同感だよ。いつも人間は好き勝手色々なお願いをされてさ。本当、アイツら死んでしまえ。そんなことを何度も思ったことあるさ」


 チラリと眠っている木船を一瞥する。


「だけれどさ。初めて守りたいと思った人間が出来たんだ。絶対に死なせてはいけないと思った人間が出来た。だから」


 悪いけれども。ヨルはそういった。


「君が死んでくれ」


 そしてそのままその狂骨に向かって雷撃を放った。

 狂骨は悲鳴を上げながら、そのまま消えていった。

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