第22話

「すごいです。ヨルさん。柔道でもやっていたのですか?」


「別に」


 ヨルはバスの窓の外を見ていた。先ほどまでは辛うじて家がポツリポツリと立っていたのに、すっかり建物の気配すら無くなった。周囲は木しかない。そのくせバスはまだまだ、逞しいエンジン音を鳴らして上へ向かう。一体どこまで登るのだろうか。


「あれこそ、正義のヒーロー。そんな感じがして痺れます」


「あっそ」


 あの後。その女子高生たちは鞄の中にあった商品を売り場へ戻した。驚いたことに盗んでいたものはお菓子だけではなかった。口紅などの化粧品も彼女たちは盗んでいた。

 きっとあの慣れた手つき。この人たちは常習犯だ。そう思った。


 更にそのことを店員に伝える。しかしその店員がまた覇気がない。いくら木船がアイツら盗みをしていました。とそんなことを言っても「はぁ」とか「ありがとうございます」とかそんな空返事ばかり。

 木船は、きっとあの人たちはまた万引きしにきますよ。だから注意してください。とそのよう忠告をしても、はぁ。と腑抜けた返事しかしない。


 ヨルはこのような返事が嫌いであった。だから思いっきり蹴り飛ばしてやろうかなと思った。


 そしてそれから木船とヨルは目的地まで行くバスに乗った。そのバスの中で、木船はヨルが女子高生を投げ飛ばした時の話ばかりをしている。

 木船はやがて


「いいですね。私もヨルさんみたいに誰かを救える力が欲しいです」


 と言った。それに対してヨルは


「やめておけ」


 と忠告して、依然バスの外を眺めていた。

 そのままバスはクネクネした道を走り続ける。途中バスが道幅ギリギリのところを走るものだから、落ちるのではないかと何度もヒヤッとした。


 そしてヨルたちは蓬莱峡入り口というバス停で降りた。

 ノエは木船にここら辺に稀有怪訝がいる。そう教えたらしい。


 バス停のすぐ後ろは崖である。落ちたら奈落……という表現が正しく、底が見えなかった。その反対側に、山の入り口があり、逃げられないところへ来てしまったと後悔をする。


 そして、ヨルたちはその山の中に入っていく。


「……凄い山ですよね」


 と木船はそんな感想をボソリと言う。

 ヨルもそのことに関して同感である。南部は、木が一本でも生えていたらまだいい方なのに。それぐらい自然というものが枯渇しているのに。それに対して、北部は木しかいない。人間の住んでいる気配など毛頭感じない。その代わり奥の方からコソコソと熊が出てくるかもしれない。そんな場所だ。


「こういった場所にはあれが出ますよ」


「あれって何だ」


「あれですよ。あれ。キツネ」


「キツネだぁ」


 と思ったけれども確かに出そうである。


「キツネに取り憑かれてしまったらどうしましょう」


 と木船は言う。


「まぁ、キツネに取り憑かれたぐらいなら大丈夫でしょ」


 イツと言う憑き物に特化した専門家がいる。彼女がいればきっとそれぐらいの憑き物ならあっさりと落とすだろう。それどころか、その狐を調伏して自分の眷属にする可能性だってある。事実、彼女の持っているゲドーというのも、元々はこう言った憑き物の一種である。


「その時は僕が追い払ってやるさ」


「ヨルさん。逞しいのですね」


「別に……」


 それから他愛のない話を2人はした。その中で


「実は私、霊感強いのです」


 と。彼女は言う。


「霊感が強いんだぁ?」


「そうです。よく幽霊だとかそう言ったものを見るのです」


 そんな馬鹿な。と言おうとした。しかし、彼女の周りにはノエやらヨルのような神様が知らずのうちに一緒にいる。それを考えるとあながち彼女の言っていることは嘘ではないような気がする。


「小さい頃からよく幽霊とか家の中で見ました」


「それって霊感が強いんじゃなくて、その家が事故物件なだけじゃねーのか」


 というと木船はクスッと笑う。


「何がおかしい」


「いえ。ヨルさんといい、そのお友達といい。みんな変わっていますね」


「変わっているって。何が」


「普通、こんな話をしていたら幽霊なんていないと言うのが当たり前じゃないですか」


「何でさ」


「だっているかどうか分からない物に対して、いるって言うのはおかしいじゃないですか」


「いるかどうか分からないものに対して、はっきりといないと否定するのもおかしな話だろ」


「そうですよね。だけれども私の周りの人は幽霊のことを信じてくれない。サンタクロースを信じる物だと言う」


「何を言っているんだ。サンタクロースはいないことがちゃんと証明できるだろ。親がプレゼントを買っているってバレバレだしさ。ちゃんと種があるんだよ。それに対して、幽霊は種も仕掛けもない。本当の怪異現象じゃねーか」


「そうですよね。」


「いないのならいないで、ちゃんと物理的、科学的根拠を出してもらわないと困る。あの井上円了や柳田國男だって怪異の全てを把握できている訳じゃないんだからさ。有名な学者さんが証明できないことをそこら辺の一般素人がどうやって証明する」


「ヨルさんは随分と必死ですね。もしかして幽霊がいると信じているのですか」


「信じているというか」


 ヨル自身が人間社会では非科学的な物である。なんて、そんなことを言えるはずがない。いや、この木船の場合少し特殊である。そのようなことを言うと、何も疑わずに信じてくれるかもしれない。だからこそ、ヨルは木船に自分の正体など言いたくなかった。


 オカルトの世界はオカルトの世界で、みんなが思っているほどいい物ではないのだから。


「まぁ、他人の信じているものを馬鹿にする行為は嫌いだ」


 そしてそう答えた。


「嬉しいです」


「別に、お前のために言ったわけじゃなくて。一般論として言ったんだ」


「そうですよね。だけれども私は、昔からお化けとかを信じていました。小さい頃はかわいいねとか、純粋だねと言って、それほど問題ではなかったのです。しかし成長をすると、段々周りの目も変わってきます」


「変人として見られるようになったのか」


「えぇ。あっ、でも変人として見られるだけならまだマシです。中には犯罪者のように扱う人もいました。私の一番の理解者であるはずの親だって、私がいつまで経っても神とかそういったものを信じるから精神衰弱者として見るようになりました」


「別に僕は精神衰弱者が悪いとは思わない。思わないけれども、それも納得が行かない。オカルトを信じることが変人って言うのが」


「私もそう思っています」


「そうだろ。誰しもオカルトを信じていた。信じて日本というのはここまで発展してきたんだ。例えば、稲には神様が宿ると信じてずっと大事に農作をし続けた。ご先祖様はずっと私たちを見ていると信じて、ご先祖様が築き上げたこの世界を守ろうとしていた。しょうがなくても現代では、初詣に行く。朝のニュース番組の占いを見て気分が上がったりする。これらは天気予報の雨雲レーダーのように科学的な物なんてない。それでもずっと信じて、僕たちは現代まで歩んで来た。それをオカルトだなんて距離を置こうとする。幽霊を信じるのもそれは人間本能的な物ではないか。その本能をどうして否定をする。現代の人間はあまりにもつまらなすぎる。理屈、理論、根拠。それを頭に詰め込もうとしようとしている。そこまでして、人間は感情を失いたいのか。ロボットに近づきたいのか。本当に分からない。僕はお前みたいな人間の方が幾分も面白いと思う。そして人間らしくも思う」


「ありがとう。だけれどもね。私、最近霊感を失いつつあるの」


「なんで」


「それはね。私自身も本当に妖怪がいないのかと思うようになって。ほんの少し前までは廃墟の病院とかに行けば絶対に幽霊らしき影を見ることができたのに。最近はもうすっかり。何も見えなくなってしまった。廃墟へ行ってもそこはただの廃墟でしかなくて、何もない。つまらない場所のように思えるようになってしまった」


「何を言っている。信じれば」


「そう。私はもう一度。昔のように幽霊をみたいと思っている。だから」


 だから。彼女はもう一度力強く言う。


「何としてでも、今日稀有怪訝を見つけてやるんだ。そう思っているのです」


「あぁ。勿論だ。何としてでも稀有怪訝。見つけるぞ」


 そして2人はそのまま歩き続けた。

 やがて、目の前に大きな岩が一個。ドンっとあった。木船はその岩を一瞥した。と思ったらそこで立ち止まった。


「この岩」


 と木船はボソリと呟いた。


「どうした」


「いや、何かを感じました」


「何かって……」


 とヨルはその岩を見た。しかし何も感じない。一体何があると言うのだろうか。

 いや。


 ヨルはその地面を見た。何かキラリと白く輝いている。そしてここには何かがいる。そう悟った。


(狂骨)


 いや。まさか。そんなものがこんな場所にいるはずがない。いるとしても、どうして。

 とパラパラと。小岩の粒が上から降ってくる。


 そして、木船がヨルの方へ飛びついた。ヨルはそのまま倒れ込んだ。その倒れ込んだ場所に顔と同じぐらいの大きな石が落ちてきた。

 もしあれが当たっていたら。恐らく平気ではなかっただろう。


(石が上からどうして)


 これは人為的なものか。いや、人為的な物ではない。こんなところに人がいるはずがない。それじゃ、この石は……自然的現象で落ちたものか。しかしそうとも考えられない。そうなれば、考えられる可能性は、一つ。妖怪などオカルト的なものがこの場所に潜んでいると言うことか。


「危ないですね……」


 そして木船はゆっくりと立ち上がる。そしてそのまま、バンバンと木船は服についた泥を追い払った。

 そのまま木船は山道を歩き出す。ほんの少し。生命の危機が襲ったと言うのに。随分とメンタルが強いものである。


 ヨルはボンヤリと彼女の姿を見ていた。

 ともあれ、ヨルは木船がいなければ、怪我をしていたかもしれない。今、木船に救われた。


(こう言ったときって何て言えばいいのだっけ)


 人間と接する時間があまりにも少なすぎて忘れてしまった。

 こう言った時は。確か。


 ヨルも立ち上がる。そして木船の元へ向かう。


「あのさ」


 と言うと、彼女は振り返った。


「どうしたの?」


「そ、そのさ」


 多分、あの言葉を言えばいい。そう。あの言葉を。


「ありがとう」


 とヨルが言ったら、木船は笑みを浮かべた。そして


「どういたしまして」


 とそう言った。

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