第21話
いくら北側が山岳地帯とはいえ、結局暑いものは暑い。今の時期は7月であり、夏日である。電車の中は冷房が効いていた。それでも、少し蒸し暑いなと感じてしまった。それが冷房のない外側に出るとより、一層。本領発揮してしまう。太陽の日差しがガンガンとヨルの体を火照ってしまう。
そして彼女は後悔をした。待ち合わせ場所に30分以上も早くに着いてしまった。流石にこれだけ早いと、まだ木船の姿はどこにもなかった。そして30分間外で待つなんて言うことは出来ない。だから彼女はしょうがなく、近くにあるドラックストアに行くことにした。
そこの店の中は随分と静かである。店員もレジの人以外は誰も見当たらない。更に、ヨル以外のお客さんというのもパッと見た感じいないように思える。
取り敢えず、ヨルはアイスコーナーへ向かった。普段はこういったものを食べないヨルでも流石にこのような気候では食べたくなってくる。
そしてアイスコーナーに辿り着いた。そこで沢山の種類のアイスがあることに驚いた。チョコレート味にしても、4種類ぐらいはある。更にその4種類のアイスの違いなど、パッと見ただけでは分からない。
その冷蔵の中も、実にカラフルである。ヨルはしばらくその場で立ち尽くしていた。そしてどれを食べようか迷っていた。
そうやって迷っていて、しばらくすると後ろの方から声が聞こえる。振り返る。
そこにはヨルと同じくらいの女子高生が数人いた。そして何やらはしゃいでいる。その時点で彼女は迷惑だと感じた。思いっきり彼女たちの背中を蹴り飛ばしてやりたい。そう考えてしまう。
しかし、それ以上に。
彼女たちの動きが気になった。
その女子高生たちの前にはチョコレートなどのお菓子がある。そしてそれを手に持っている。かと思ったらそのお菓子を自分たちの鞄の中に入れた。
ヨルはそれを見間違いだと思った。理解が出来なかった。
自分と同じぐらいの歳の人がまさか。このような犯罪行為をしているとは。しかもお菓子一個である。
戦後間も無くでお金がなく、生きるためにしょうがなくやった。そのような理由であれば理解は出来る。しかし今は戦後から100年経とうとしている。こんな時代にそんな乞食みたいなことをするのだろうか。
その女子高生たち。3人組である。髪は綺麗に染めており、整えられている。制服だって皺一つなくきっちりと着こなしている。スマホだって最新のものを使っている。あれは1台20万ぐらいする、本当なら贅沢品であるはずなのに。よく見たら化粧だってちゃんとしている。それぐらい、生きるためには余分なものにお金をかけられている。そのはずなのに。
たった数百円もしないようなものを万引きしている。
たった数百円。しかしそんな数百円でも立派な犯罪である。それを彼女たちは理解をしているのだろうか。
この世界は弱肉強食の世界である。だからたった数百円の損害でも潰れることだってある。そうじゃなくても数百円が積み重なればそれは膨大なお金になることだってある。事実、ヨルのいる空瀬神社は過去に賽銭箱を盗まれた。その被害は数十万に及んだそうだ。
だから決して。彼女たちの行為は許してはならない。
ヨルは怒りに燃えていた。そして蹴飛ばしてやろうと思った。しかし。
トントン。と後ろから肩を叩かれた。振り返る。そこには例のフードを被った人がいた。
「やめなさい」
と。その声からして女性だった。
「やめなさいって何を」
「あなたは今、あの人たちを止めようとしている。そういう正義のヒーロゴッコはやめた方がいいわ」
「別に。正義のヒーローになりたいわけじゃない。ただ許せないんだ」
「許せないって」
「たった数百円でも盗もうとするその神経が」
「それで」
「あいつらをとっちめてやるんだ。懲らしめてやるんだ」
「だからそう言うことはしてはいけない」
「なんで」
「触らぬ神に祟りなしというでしょ。つまり、何もしなければきっと何も起きないのだからさ」
「いや」
そもそも自分は神である。神であるからもう既に触らぬという選択肢はないんだよな。そう言おうと思った。
「とにかくあれっぽちの犯罪。見送るのが正解よ」
「なんで」
「ここであなたがあの人たちに手を出してしまったことで恨まれるかもしれない。そうしたらあなたは呪いをかけられるかもしれない」
「別に。呪いなんて好きにかけろよ。そんなことよりもさ」
「だからその罪と罰があっていないのよ。いい。あなたは正義のために行動した。だけれどもあなたに対する見返りは他人からの呪いだった。こんなもの。納得が出来る? 亀を助けたら、玉手箱を貰ってそのせいで歳をとった浦島太郎と同じぐらい罪と罰のバランスがアンバランスだわ」
「だから。アンバランスだとか、何とかって一体何の話をしているんだよ。別に僕はあいつらがムカついたから、ちょっと懲らしめるだけだ。見返りもいらない。賞賛も必要ない。世間からの非難だっていくらでも受け入れてやる」
事実、ヨルはもうそのような苦い経験済みである。世間のために行動をした結果。待っていたのはヨルたちを悪用しようとする集団。そしてそれのせいで美鶴は、ヨルは、そしてイツは。疲弊していった。
そんな強い決意があっても、フードの人は腑に落ちていないようで。
「私は嫌なのよ。これ以上、正義が死んでいくのを」
と言った。
「だから……あっ」
とフードの人が何か言おうとしたその瞬間。
「コラー!!」
と、そんな叫び声が聞こえた。
女子高生集団のもっと奥の方から、木船がこちらに向かって走ってきている。
「今、私は決定的な瞬間を見ましたよ!!」
そして、その女子高生集団は踵を返す。こちらの方へ向かってこようとしている。
やがて、ヨルの前を通過……しようとしていたので、思いっきり女子高生の1人の腕を掴んだ。そしてその女子高生を、投げ飛ばした。
彼女はベシャリと背中から床についた。他の2人はヨルの前で立ち止まっていた。
そして投げ飛ばされた女子高生が舌打ちをする。それに対して、ヨルは。
「今ならまだ店の外に出ていないから万引きじゃない。だから鞄の中に入れたものをだしな」
そう言った。
気づいた時には、あのフードの人は消えていた。
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