第18話
その後、中庭に到着した。
木船は納得いかないのか、唇を尖らしていた。
「納得いかないです。どうしてアイツらを許したのですか」
「どうしてって。あれぐらいのこと。許してあげないと世の中罪だらけになるでしょ」
「いや、でもちゃんと悪いことは悪いと言ってあげないと。あの人たちは更生の機会を失います」
「……木船さん」
美鶴は木船の顔をじっくりと見つめた。
「なっ、何ですか」
「あなた、友達いないでしょ」
それを言う。
しばらく黙り込んだ。そして顔を赤らめソッポを向く。
「別に友達、いらないです」
「友達いらないと言ってもさ。あれだけ色々な人に恨まれたらいつか呪われるよ」
美鶴は呪いをかけられた人たちを知っている。
一度かけられた呪いを処理するのは大変だと、よくイツは言っている。そして色々か神を調伏できるあのイツでさえも、一度かけられた呪いを対処するのは中々至難の技らしい。
「べ、別にいいですし。呪いなんて怖くないですし」
「またまた。そんなことを言って……」
しばらくして、ハレはハムっと手に持っていたパンを口に咥えた。
その様子を美鶴はジッと見つめていた。
「いつもこうやって1人で昼食を食べているの?」
と彼女は聞いた。そうしたら、美鶴は顔を真っ赤にする。
「何ですか! 1人が悪いのですか!」
「いや、そうじゃなくてさ。私だって友達いないし」
ただ、人間というのはこんなものか。と疑問に思った。
彼女がよく読んでいる漫画では友達同士仲良く昼食を食べている。場合によっては好きな男と一緒に食事をして……なんていうことも考えられる。
だからこうやって1人で食事をしている人がいるというのは美鶴にとって意外だった。
「私、人間が嫌いなのです」
彼女はボソリと小さな声でそういう。
「人間が嫌いなの?」
「何ですか。それもダメなのですか?」
「ううん。別に人間が嫌いでもいいと思う」
事実、ヨルだって人間が嫌いと明言している。イツも明言まではしていないが、人間が怖いと思っているだろう。
「だけれども人が人を嫌うことなんてあるんだなぁと思って」
周囲を見渡す。それぞれ友達と仲良く会話していたり、先生と喋ったりしている。人間というのは社会的生き物である。だから人を嫌って生きていたとしても、この先きっと苦労するはずだ。とそんなことも考える。
「だって人間はみんな好き勝手、自分勝手に生きているもの。そんなもの好きになれるわけないです」
そしてガバッとパンを食べた。そして木船は立ち上がった。
「だけれども、あなたたちは何だが違う。そんな感じがします。きっとあなたたち他の人間とは違います」
木船はそのまま校舎の方へ歩いた。そして
「ついて来てください。特別にいいものをお見せします」
と言われた。
一体何を見せられるのだろうか。疑問に思う。
そのまま木船の後ろを追う。
まず校舎の中を通り抜ける。そしてそのまま、右に曲がった。右の方向には体育館がある。
そちらの方に行けば、生徒の数がどんどん減っていく。更に、体育館の横を通り抜けて、体育館裏へと向かった。
(もしかして、自分このまま殴られるのではないか)
と気づいた。漫画などの世界でこのような展開。何度も見たことがある。髪の毛ツンツンのヤンキーが体育館裏で脅迫をするという怖いシーンが。
逃げ出そうと思った。しかし、このような純粋無垢であろう少女がそんなことをするだろうかとも思う。
そして
「ついた」
と木船は言った。
「私が見せたかったのはこれ」
指を差す。その先には天高く聳え立つ木があった。
「これは……?」
「うん。これはね。特別な木なんです」
「特別な木?」
「そう。元々ここには学校がなくて、野原だったのです。そして沢山の木が立っていました。しかしその木は森林火災や戦争などによって幾度なく燃やされてきました。しかしこの木だけは違ったのです。この木だけは不思議とどんなことがあっても燃やされることがありませんでした。更に昭和になってこの地に学校を作ろうとしました。その際、ここにあった巨大な木が邪魔だったのでそれも伐採しようとしました。しかしそれをしようとすると、どこからか声が聞こえてくるのです。どうか頼むからここの木は切らないでおくれと。そしてその人たちはこれを神の声だと信じて切らないようにしました。すると、この木はありがとうと感謝の気持ちを述べました。そして学校の一部となり地域の子供の教育と、地域の発展に貢献していきました。それがこの木なのです」
「そうなの?」
そんな話、美鶴は聞いたことがなかった。
「そうなんです。この木、きっと神様そのものなのです。ここはそんな神聖な場所なのです」
美鶴は静かにその木に触れる。深呼吸をした。
「確かに、神様の声が聞こえる。そんな気がする」
「笑わないの?」
「どうして?」
「だって、こんな木に私は毎日感謝をしているのです。他の人からすればおかしいことではないですか」
「別に。おかしなことはないよ。感謝することは大事だと思う」
そして
「ありがとう」
と。美鶴はそう言った。
「どうしたのですか、急に?」
「いや、私自身も感謝をして見ようかなと思って」
「本当、あなたは変な人です。だからきっとあなたのお連れの2人も変な人何でしょうね」
「さぁ、それはどうかしら」
美鶴は笑みを浮かべた。
「ただ、そんな私でもこれは流石にいないのではないかなと思ってしまうものもあります」
「へぇ、それは何?」
「はい。それは希有怪訝です」
「稀有怪訝」
「はい。あなたたちも先生から言われたのでしょ? 稀有怪訝を見つけてこいと。これは非常に難問です」
「やっぱりその妖怪を見つけるのは難しいの?」
「はい。難しいです。稀有怪訝。私はこの妖怪、実は昔捕まえようとしたことあるのです」
「そうなんだ」
「はい。そもそも稀有怪訝とは何か。ある本では疫病の原因と書かれていたり、ある本では無害の妖怪と書かれていたりします。その姿の類似性からケサランパサランやゴッサマーのようなものと同じではないかと言われたりします。とにかくその妖怪の正体は未だ不明なのです。そんな稀有怪訝ですが、私が幼少期の時、実は話題になったことがありまして……」
始まりは、とある有名カメラマンが初夏に、この南宮市で希有怪訝の写真を撮ったということからだった。
南宮市は南部はビルやマンションが引き締め合う大都会である。北部は高い山が聳え立つほど広大な自然が広がっている。高低差が激しい都市である。その高低差のせいで、北部から見る夜景というのは絶景だ。
日本3大夜景の一つにも数えられるほどである。そしてその素晴らしい景色を写真に収めようとあらゆるカメラマンが南宮市にやってくる。
そのカメラマンもその1人であった。
そして南宮市の夜景の写真を撮る。するとその写真に、まるで合成のような毛むくじゃらの謎の生物が写っていた。
雪や雨露が映り込んだのか、レンズのピントがズレたのかそう考える人もいた。しかしその日は晴天で、なおかつ夏であった。またその毛むくじゃらの部分を含め、南宮市の夜景などは鮮明に写っていた。そのため、そういったピントのズレの可能性も低かった。
となると本当にその毛むくじゃらの生物は存在していたのではないかということになる。更に、その生物に対してネットでは根拠のない特性を付け加えられた。もしこの生物に出会えたら、幸運になるとか、彼女が出来るだとか。中には稀有怪訝クッズを販売する業者まで現れたぐらいだ。
そして数多くの人がこの南宮市でそれを探そうとした。その中に一体何人が本気で探そうとしていたのか分からない。分からないが、結局誰もそれを見つけることは出来なかった。
「実は私もその中の1人だったのです」
「そうなんだ」
「はい。だから私は近所の山に入ったりして探しました。しかしやはり出会うことが出来なかったのです。結局、稀有怪訝の正体は分からなかったのです。また探しているうちに本当は稀有怪訝というものは存在しないのではないか。そもそも稀有怪訝というのは何か。人なのか物なのか生物なのか、それともそう言った自然現象なのか。それすらも分からないです」
木船は空を見上げた。
「だけれども探している時。不思議な感覚はあったのです。近くにいるような、そんな感覚が。もうすぐ会えるようなそんな感覚。あの時は諦めてしまったけれども。今度こそは見つけて見せたいなと思いました」
彼女は虚を右手で掴んだ。そして美鶴に笑みを浮かべた。その笑顔は世間を知らない無邪気な子供のようであった。
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