第14話

 拝殿が復帰してから数年がたった。

 ヨルは心地よい初夏の風に仰がれて、スヤスヤと寝ていた。しかし


「おい、それってヤバいって」


 ゲラゲラ。若者が談笑する声が聞こえる。

 空は真っ黒。星すらも闇にうずくまるほどの夜であった。


 拝殿の方。大学生ぐらいの男子どもが賽銭箱に手を突っ込んでいる。


「おっマジか。1000円札納めているやついるぞ」


 とその賽銭箱から1000円を手に取る人もいる。

 両手いっぱい小銭を抱えている人もいる。

 別にこのようなこと。今に始まったことではない。昔からよくあることである。拝殿を燃やす人もいる。


 神木の枝に御神籤を巻く人もいる。しかも後者に至っては悪気があってやっているわけじゃないから恐ろしい。

 なぜ、御神籤を神木に巻くという習慣が出来たのか分からない。しかし普通に考えればあんな小さな枝にギュッと紙を結んだら傷つくことが分かるだろう。そしてそれが何十枚と増えれば、重みで木すらも倒木する可能性がある。

 どうして人間はそんなこと分からないだろうか。


 だから丁寧に優しく神木に御神籤を巻かないでくださいと書いた。それでも、巻く人はいなくならなかった。平気でこんなことをするのだから人間は恐ろしい。とヨルは思う。それと同時に、全員死んでしまえばいい。などと考える。


「不敬です」


 と声が聞こえる。

 そこには少女が立っていた。男の集団は少女の方を振り返る。


「なんだ、テメェ」


 とそのグループの1人がそう言った。


「最近、賽銭箱が荒らされているという噂がありましたので、様子を見たらやはりそうでしたか。あなたたちが荒らしていましたか」


「だから何なんだよ」


「そのお金は神様のものです。それを盗むなんて……不敬です」


 そう少女が言うと、男の1人が笑みを浮かべた。


「それ、マジで言っている?」


「マジとは何ですか?」


「いや、神様とか罰当たりだとか、そんなこと本気で信じているのか」


 と男どもはゲラゲラと笑っている。


「そんなものいるわけないだろ」


 ガンっとその男は賽銭箱を思いっきり蹴った。


「ちょっと不敬です」


「不敬だぁ? そうだとしたら今、俺たちに天罰が降るだろ? 神様というやつが俺を全力で殺しにくるだろ? だけれどもほら。何もないじゃないか」


 そしてその男は大きな笑い声をあげた。


「この間、この神社で放火をした犯人。聞けばまだ死んでいないらしいじゃないか。それどころか、そいつの親の会社に就職をして結婚までしたとか何とか。あんだけ不敬なことをしたのになぁ」


 もう一回、賽銭箱を蹴る。


「結局、運命とかそんなものはねぇよ。良きも悪きも自分次第何だよ!」


 クルリ。男は踵を返す。そしてゆっくりと木船の方にやってくる。それに対して、木船は歯軋りをしながらその場から逃げようとする。しかしグイッと頭を掴まれてしまった。


「いいか。俺は中学の頃、野球をしていた。誰よりも真面目に努力をしていた。これは決して自負ではない。周囲の監督も認めていた。そして俺は先発を勤めることになった。その時はどれほど嬉しかったか。だけれどもな。現実と言うのはそんな甘くないものなんだよ」


 俺は怪我をしてしまったんだ。とその男は力強くそう言った。


「足関節靭帯損傷だってさ。試合中俺が一塁カバー入っている時に走者と交錯をして。俺は1年、2年では復帰できないような大怪我をおったのさ」


「それならまたもう一度頑張ってやればいいじゃないですか。プロ野球でも怪我から復帰する人は多いのですから」


「そうだよな。あぁ、そういう考えになるよな。だから俺は努力をした。きっとその姿、神が見てくれると思ってなぁ。だけれども俺は復帰することが出来なかった。それ以降怪我癖がついてしまって、肩や肘も故障をした。そしてまともにボールすら投げれない状態になった。学校の体育の授業すらもまともに受けれないようなか弱な体になってしまった」


「それは……」


「あぁ、それなら野球を諦めればいい。ただそれだけの話だ。分かっている。だけれどもな。それ以外に許せないことが出来たんだ」


「許せないこと……」


「そう。さっき、一塁走者と交錯をしたと言ったなぁ。実はその時の走者、わざと俺の足を踏んだんだ! あの試合に勝つために。どうだ。倫理的ではないだろ。だけれどもその時の走者、あの後県大会優勝して、強豪校の推薦をもらって今ではプロ注目だぞ。どうだ。どう考えても天罰を喰らわないといけない人が、のうのうと幸せそうに生きているぞ。これでも神様がいるとか、言えるのか!」


「いますよ」


 と木船は言う。

 そして男はコメカミに青筋を浮かべた。


「それならなんで! なんで、俺ばかりがこんな目に!」


「辛いのはあなただけじゃないです。きっとみんな辛いです。それでも最後まで頑張った人にきっと微笑んでくれるはずです」


「うるセぇぞ!!」


 男は勢いよく少女を蹴った。そして彼女はその場で蹲った。


「ごちゃごちゃうるさいな。とりあえず俺たちのこんな姿を見られたのだから、生きては返せない」


 男は呟く。


「死ね」


 その男は彼女の顔に目がけて蹴ろうとしていた。その時。

 ドガンと大きな爆発音が鳴った。と同時に激しい閃光が神社一帯を襲う。


「本当に嫌だね。他責思考の男は。そんなんだからモテないんだよ」


 とヨルは本殿の奥からそう言う。

 そして


「お前が死ね」


 もう一発、今度は男のすぐ近くの木に向かって雷を放った。

 そしてそのまま、男たちは賽銭を箱の中に戻して、逃げた。


 木船は腰を抜かして、しばらくその場から動けなくなった。それから社務所の扉が開く。


「ごめんね。驚いたでしょ」


 と。イツがパジャマ姿で現した。


「ここの神様、本当に凶暴でさ。別に悪気があるわけではないのだけれどさ。時々こうやって人間に危害を加えようとするからさ」


「えっ、つまり神様は本当に」


「さぁね」


 イツは木船に対して笑みを浮かべた。

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