第13話
「あーもう。いやだ、いやだ」
ヨルは発狂をしていた。
あの授業の後。ノエは休み時間だから下の校舎に行ってくると言っていた。そうして3人は取り残されてしまった。
「今、甘酒でも飲みたい気分だ」
「甘酒……」
「そう。甘酒。やい、美鶴。下の校舎に行って買いに行ってきて」
「いやよ。あんな階段、また昇り降りしたくないわ」
「何だ。今、僕はすごく機嫌が悪いんだぞ。このままだと暴れてしまうぞ」
「何、その脅しは」
「頼む。一生のお願いだ。学食行ってきて買ってくれ」
「そんなのは」
「美鶴。行ってあげて」
と苦笑いを浮かべながらイツは言った。
「ヨル、本人が学食に行かせることが出来れば、私だって自分で行けと言うよ。だけれども今のヨルは、ちょっと危険。気分が興奮しているから少しでも人間に会ったら暴走するかもしれない。だから、申し訳ないけれども行ってあげて」
そしてイツは美鶴に耳打ちをする。
(あの少女。多分今危険な目にあっている。そんな気がするんだ)
と。イツは嫌な予感がしていた。もし彼女が今、御神籤を引いたら大凶だろう。それぐらい不穏な空気が彼女にはあった。
その耳打ちに対して、美鶴は静かに頷いた。イツの虫の知らせというのは本当によく当たる。
「わ、分かったわよ。行ってくる」
「おう、美鶴。頼んたぞ」
そして美鶴はそのままこの教室を後にした。
その後、イツとヨルは2人きりになった。
ヨルはハァとか、あーもう。とかイライラしている仕草を見せる。それに対してイツは
「そんなに人間と一緒に生活をするのが嫌なの?」
と聞く。すると
「嫌さ」
ヨルは即答をした。
「僕は人間が大嫌いだ。人間なんて全員死んでしまえと願ってしまうほどに」
「そうなんだ。でもさ。あの子は他の人間とは違うんじゃないかな」
「フン。イツだって人間によって酷い目にあったのに。どうしてそんなこと言える」
「いや、だってさ。あれほど神様がいると信じてくれている人なんて中々いないんじゃないかな」
「フン。だとしても人間の根本的なところはきっと変わらないよ。アイツも他の人間と同じ。自分の欲のために生きていくような人だよ」
それからしばらくして、ヨルは大きなため息を吐いた。
「はぁ、この学校辞めたい」
その言葉に対して、イツは黙っていた。ヨルは真剣な表情をしている。だから決して偽りとかではなく、心の底からこの学校を辞めたい。そう思っているのだろう。そのようなことが感じ取れる。
「美鶴やイツが一緒にこの学校に入学してくれるからここに来たのだけれども。やはり人間と会話をしなければいけないのはしんどいよ」
「別に会話するぐらいならいいんじゃないかな。一言様と違って、言葉で殺して来るようなものでもないし。ヨルみたいに怒りの琴線に触れて暴力的になるわけでもないし」
「うん。確かにそうだ。そうなんだけれどもさ。だけれどもやっぱり。人間が怖いんだ」
「怖いの?」
「そう。怖い。イツだって知っているじゃないか。僕の神社のことを」
と言われ、イツは頷いた。
ヨルの神社。空瀬神社は1度火災で本殿が焼失している。それも、かなり前というわけではない。ヨルが、年齢的に小学生に上がる頃。深夜。賽銭箱が燃えていた。
賽銭箱に油を撒いて、その後にライターで火を投げ込んだそうだ。
そして犯人はすぐに特定された。近所に住む大学生らしい。
同期は、決して神様に恨みがあったとか、神道に対して不和感情があったとかそういったものではない。ただむしゃくしゃして燃やした。それだけであった。
犯人の大学生は名門大学に進学。しかし就職活動では思うような結果を出せず結局そのままどこにも就職をせずに卒業。しかし詳しく調べると、別段、内定が0だったというわけではない。地元の中小企業の何社かは内定を決めていた。それを蹴った上での卒業であった。だから周囲から言わせてみれば、高望みをした結果。
そう言いたいものであるが……その犯人の大学生はそうは思わなかったらしい。
拝殿は焼けて、更地になった。これを立て直すのに数億円単位のお金が必要らしい。そのせいで、1年ぐらいは工事が進まなかった。
その間。大学生の放火に対する裁判が始まった。そして結果は執行猶予付きの判決である。実刑ではない。だからその大学生は牢屋に入ることなどなかった。
裁判なのだから恐らく公正であろう。そのはずだが、ヨルはその判決を聞いて。地元の神社だから執行猶予がついたのではないかと推測した。もしこの燃やされたものが国宝級のものだったら、恐らく実刑になっていたに違いない。
その後、神社はクラウドファンティングなどで再建することが出来た。
しかしヨルは心に傷を負ってしまった。またいつかこの神社は燃やされるかもしれない。
燃やすまでなくても、神社の柱に傷をつけたりなどの行為はするかもしれない。それを考えたらヨルは人間というものを信用出来なくなっていた。
「怖いんだ。人間が」
目の裏に浮かぶ、参拝する人たち。しかしそのうちの何人が本当に神様を信じているのだろうか。何人かは良からぬことを考えているかもしれない。
「笑顔の裏にはきっと深い闇がある。そんなことを僕はいつも考えてしまう」
「大丈夫だよ。ヨル」
「イツ?」
「私も人間が怖い」
と、よく見るとイツの腕も細かく震えていた。
「だから私も実はこの学校に入るかどうか。迷った。悩んだ。拒否をしてもよかった。だけれども。それじゃダメなんだ」
「なぜ」
「神様のもっと上の神様の悪戯でこんな力を持ってしまったから。私のお母さんはよくっていた。この力を他人のために使いなさいと。そうすれば、きっと私自身も幸せに慣れるって」
「そんな馬鹿な話があるか」
「うん。正直私もそう思っている。結局こんな力で誰かを救っても、悪い人たちが悪用する。だから人を救っても意味がないのではないかと。いくら救っても私は幸せになれないのではないのかと思ってしまう」
「そうだろ」
「そう。だけれども、こうも考えた。私って実は人間のことをよく知らないのではないかと」
「はぁ?」
「人間は神様のことをよく知らない。だからあれほど好き勝手やるのだけれども。神様だって、人間のことをよく知らない。それなのに勝手に人間のことを恨んでいいものかと」
「だから何を言っているんだ」
「私はこの学校でたった1人だけでいい。本当に信用できる人間の友達を作りたい。そう思ってこの学校に入学したの。そしてあの子は多分信用できる」
「なぜそんなことを言い切れる」
「だってあの子。小さい頃からよく空瀬神社に来ているじゃない」
「そんな……」
いや、確かに。ヨルは木船のこと、見覚えがあると思っていた。
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