第12話

 神社のような敷地の横に、コンクリートで出来た会館がある。

 その中には一般的な高校の教室があり、イツ、ヨル、美鶴はその部屋で座っていた。


「元々、この敷地は別表神社の摂社でした」


 と、ノエは教壇の前に立ち、そう説明をする。


「というよりもこの神社はかつて、八咫烏の組織として日本政府と密接な関わりがありました。それが神道司令によって関係性がなくなりました」


「神道司令?」


 とヨルは首を傾げた。


「はい。GHQによる政教分離政策のことです。これによって神祇院というものが廃止になりました。そして今の神社本庁が出来たのです。そしてこの大社北高校はそこに属することはありませんでした」


「神社本庁に属さなかった。それは何故だ」


「まぁ、どちらかと言えば属せなかった。でしょうかね。神社本庁はここの6代目宮司、根側裕和という男を解任するように言いました」


「そいつが神社本庁に喧嘩を売ったからか?」


「いえいえ。その人は呪術者だったからです。狐使いだったのです。そもそも神道司令の目的は宗教と日本国の分離です。そんなことを言っているのに、国が管轄する神社の中に、狐の呪いで国を守ると宣言している場所があったらどうです。伏見稲荷と状況が違います。あっちは神様の眷属だとかで狐を祀っていますが、こっちはそもそも狐を呪いの道具として使っています。呪いで国を守る団体なんて側からみたらおかしいでしょう」


「まぁ確かにそうだな」


「えぇ。確かに呪術者そのものが神であったという時代もありました。いや、今でもそう信じている人だっています。だけれども戦後の滅茶苦茶になった日本でそんなことを考える余裕などありませんでした。だから神社本庁に属することなどなかったのです。ちなみにその場合だと単立神社となりまして、独立宗教法人としてみなされます。

脱退の理由は全くの別ですが、他の単立神社としては日光東照宮などがあります。人事権が本庁の方にあったりとか色々ややこしいですからね。とまぁ、ここまでがこの大社北高校のこの敷地の説明です。はい、何か質問ある人!」


 とそう言われ、イツは手を上げた。


「結局、この神社の祭神は誰なの?」


「根側家です」


「根側って。八咫烏の呪術者」


「そうです。これもまた、本庁がここを神社として認めなかった理由でしょう。だって他から見たらこんなもの。新興宗教と何も変わらないですもの。というわけでこれがこの学校についての説明。さて、ここから本題の授業に入りますよ」


 ノエは黒板に文字を書き始めた。そこには妖怪についてと書かれている。


「今日の授業は妖怪について」


「妖怪について……そんなもの、学んでどうするんだよ」


 とヨルは肘をついていう。


「これは重要な授業です。特にヨルさんにはこの後、宿題がありますのでしっかりと先生の話を聞くように」


「はい? 僕……僕だけか?」


「そうです。ヨルさんだけの特別課題です」


「はぁ……」


 と不服そうな顔をする。


「さて、妖怪というのは一体何か。まず柳田國男著作の妖怪談義から見ていきましょう。ここでは神が零落した姿と書いています。つまり妖怪と神は紙一重ということになります。それともう一つ。妖怪を概念という人もいます」


「概念……ですか?」


 美鶴はそういった。


「はい。概念です。例えば、川で小豆洗う音がします。この場合、美鶴さんはこの現象を何と言いましょうか」


「それは……」


「困りますよね。このように、不可解な現象に関して名前がなければ他の人に伝えることが出来ません。だからここでは小豆洗いが出た。そのような感じで仮の名詞を作り出すのです。これが妖怪の正体だったりします」


「なるほど」


「えぇ。そうして妖怪がどんどん増えてきます。それに対してその妖怪や怪異をちゃんと分類しようとする人が出てきます。これが井上円了先生です。井上円了先生は虚怪 実怪とまず怪異を二つに分類しました。そして虚怪の中でもさら偽怪と誤怪に分類します」


「虚怪ですか」


「そうです。まず偽怪。これは人為的なものです。例えば黄昏時になると妖怪がでる。これがいい例です。これって、簡単に言えば子供家に帰らせるために作り出した、嘘の怪異です。また誤怪。これはジンクスみたいなものです。例えば茶碗が割れてその日。不幸なこと発生したとします。茶碗が割れた、不幸なことが発生した。そこに因果関係というのはないです。しかしそれがまるで一緒の現象のように感じます。不幸になった原因は茶碗が割れたから。そう考えるようになります。これが誤怪です。さてここまでは科学さえ発展してくれれば誰でも解明することが出来ます。しかし問題なのは」


「実怪ですか」


「そうです。実怪にもさらに仮怪と真怪です。仮怪とは。まぁこれ説明するのは難しいですが。科学的には説明出来そうだけれども、いまだに説明出来ない超常現象のことをさします。例えば人は死んだ時に20gほど軽くなると言われています。ここまでは科学的に実験されています。しかしその20gというものは何か分かっていません。このように科学的に分かりそうで分からない分類が仮の怪です。そしてさらに真怪。これは本当に原因の分からない怪異です。そしてあなたたち神の力はここに分類されます。ここまでは怪異の分類です」


「なるほど。それで何が言いたいんだ」


「えぇ。そうですね。こんなこと言ったら井上円了先生に怒られるかもしれませんが。科学がこれだけ発展しても怪異は減らないです。真怪というものは存在します。つまり妖怪はまだこの世界に潜んでいるのです」


「あっそ」


 とヨルは短く言った。

 妖怪はこの世界にいる。そんなこと、ヨルやイツ、美鶴だって知っている。彼女たちは今まで何度もそう言った不思議なものと戦っていたから。


「しかし、当然ながらこの学校の生徒たちは妖怪なんて信じている人は少ないです。あの信仰の厚い生徒会長だって妖怪までは信じていないと思います。そこで」


 ビシッとヨルの方を指差した。


「まず入学オリエンテーションです。木船ハレさんと一緒に妖怪退治をして欲しいです」


「は、なんで僕が」


「それはあなたに人間慣れをしてもらうためにです」


「人間慣れ」


「そうです。正直言えば、美鶴さんもイツさんも、今から普通の教室で授業を受けてもらっても問題ないです。しかしヨルさん。あなただけは普通の教室に入ることができません」


「確かに。僕は荒魂の性質があまりにも大きいからな。怒りの感情とかで無意識に暴走するらしいし」


「そうです。まぁ今は隣にイツさんがいて、彼女が調伏してくれると思いますけれども。それでも危険です。だからまずは人間慣れをしていきましょう。ということで先ほど、不敬な態度をとった木船さんと一緒に妖怪を退治をしてもらいます」


「あの、ノエ」


 とイツは手を上げた。


「何ですか。イツさん」


「あの人って呪術者だったりします」


「しないです。ごくごく普通の家庭に生まれた一般人です」


「でもさっき調伏の呪文を」


「それは厨二病なだけです。アニメとかどっかから呪文を覚えたのでしょう。あっでも」


 ノエは微笑んだ。


「あの子の神様の思う気持ちは本物です」


「本物って」


「そうですね。別に宗教に洗脳されやすいとかそんなのではないです。ただあの子はアニミズム信仰がかなり強くて。例えば、ぬいぐるみとか平気で殴れる人と、殴れない人がいるじゃないですか。彼女は後者です。この世にあるモノ全てに命が宿っていると考えています。端的に言えば心優しい物を大事にする人ということですかね」


「なるほどな」


「えぇ。あの人は全てに対して優しいのです。だからこの神聖な地に入ることを許しているし、そしてヨルさんと一緒に活動させようとも思っています」


「だから何で僕と」


「それはきっとヨルさんとお友達になれると思っているからです」


「ケッ。あんな不敬女と」


「まぁ、取り敢えず、ヨルさんに課題を出しましょう。今回、ヨルさんとハレと一緒に退治する妖怪は希有怪訝です!」


「稀有怪訝って」


 美鶴はそのような妖怪を聞いたことがなかった。


「はい。それではここで。稀有怪訝にあったことある人!」


 誰も手を挙げない。


「まぁ、誰もないでしょうね。稀有怪訝。感じで書いている通り。滅多に会えないものです。実際に国語辞典には、珍しく不思議なこと。と説明されています。鳥山石燕の作品 今昔百鬼捨遺にも出てきます。最近の妖怪作品などではこれがいる家では病気の悪い人が出ると説明されています。しかし鳥山石燕の説明では、稀に見ることしか出来ない。としか書かれていません。つまりこれに出会えたらラッキーです」


「そんな妖怪をヨルが発見できるの? 私だったら調伏させてこっちに来させるけれども」


「分かりません。もしかしたら会えないかもしれません。だけれども大事なのは、ヨルと一般人が協力するということです。いいですか。イツさん。間違っても調伏の力で呼び出してもダメですよ」


「あのさ……何で僕がそんな面倒臭いことを」


「それはあなたが普通の高校生活を送るためです」


 その後ヨルはため息を吐く。

 そして面倒くせーと一言。そう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る