第9話
「相変わらず祝詞が下手だよね。美鶴は」
目の前にいた少女。神宮イツは数年前。世界を救ってそして彼女たちの目の前から消えた。
「ヨルもちゃんと自分の力ぐらい制御してよ。お陰様で美鶴が死にそうになっていたぞ」
雷撃を浴びたイツは、周囲に電気を帯びていた。
ヨルの力を調伏した。つまり吸収したのだ。
「イツ……」
そして本殿からひょっこりとヨルが姿を現した。
更に、イツは男の方へ向かう。そして
「いいかい。君を今日は逃してやる。だからもう二度とここに来るんじゃないよ」
とそういうと、その男は涙を浮かべて走り去った。
その走り際に、
「この化け物!!」
とそう叫びながら。
そしてその男の背中に目がけて、イツは人差し指を向ける。そのまま先端から雷撃を出す。すぐ様、その男は倒れた。
「……元々死ぬ予定だったんだから。これぐらいの天罰ですんで良かったと思いなさい」
天を仰ぐ。
分厚い雲はどんどんと消えていく。そして太陽が出てくる。その日差しはうざったいほど暑かった。そうか。神宮はずっと閉じこもっていたから気づかなかった。しかし季節は春を過ぎ、夏へ一歩、一歩と向かい始めているんだ。
この神社境内には桜が埋められている。だけれども、ピンクの花びらはすでに消えており、新緑に生え変わっておりどれが桜の木だったのか、分からなくなっている。
イツは境内を歩く。その中、一番天まで伸びた木があった。彼女はそれを優しく撫でる。
そして目を閉じる。感じる。この木から生命の息吹が。そしてそれはイツの中に入ってくる。
「やっぱりここだよね。落ち着く」
イツが子供の頃から参拝していた場所。
そしてそのまま、彼女は本殿へ歩く。そこで賽銭を入れた。ニ礼二拍一礼。行う。
その後、目の前を見る。そこには訝しい視線で見つめているヨルの姿がある。
「本当、お久しぶりです。ヨル」
「不敬な。君は相変わらず神を敬う気持ちが足らん」
「そうかもね」
イツは微笑んだ。
「イツ! 大丈夫なの!!」
と後ろから、美鶴が駆け寄ってくる。
「うん。大丈夫……いや、正直まだ外の世界はすごく怖いけれども。だけれどもこの神社の中にいる時は平気だよ」
彼女は微笑みながらそう答えた。
外に出た時は、人間が怖く震えていた。しかしこの神社に来てからイツは落ち着きを取り戻していた。
「あんな暗い場所なんかよりも、ずっとここにいた方がいいみたい」
だからしばらくここにいさせて。そうイツは言った。
そして。しばらくして。後ろから拍手が聞こえる。
「いや、すごいものを見た。これは凄いよ」
それは大社北高校で戦ったあの女性だった。
「神力調伏師と言うのは日本で3人しかいない。その力というのは神の暴走した力を自分の体に取り込み、そしてそれをコントロールして如何にも自分の力でしたとアピールする力」
その女性は参拝道を歩いて、イツたちの方へやってくる。
「要は化け物じゃないか」
「何? 殺されたいわけ?」
「あぁ、違う、違う。これだから最強の調伏師は。気が短いから嫌いだわ」
女性は不敵の笑みを浮かべた。
そして
「交渉だよ。交渉。私の学校。県立大社北高校。神専攻学科へ来ないかという」
「はい?」
「だからそのままの意味だよ。君たち3人。全て大社北高校に入学しろと言っているんだ」
「だからどうして。私たちを実験台にでもするつもりなのかしら」
「神を実験台だとか。そんな恐れ多い。そんなことはしないよ」
「それじゃ、どうして」
「そうだね。まずこの日本には八咫烏という秘密結社があるのは知っているか」
「知っている。陰で神と日本を守っている組織」
「そう。その秘密結社は実はまだ日本のあちこちにある。宮崎の高千穂、島根の出雲、岩手の遠野、そして関西の南宮。この四つが大きな八咫烏の拠点。そして大社北高校の教職員や生徒こそが八咫烏の秘密基地なのさ」
「つまりあなたは神殺しでは」
「違う、違う。神殺しをする神を殺すという部分では神殺しみたいなものだけれど。私たちはあなたの味方よ」
ヨルがヒョイと本殿から飛び出して、賽銭箱に腰をかけた。
「そんな言葉。信じられるわけねーじゃん」
とヨルは言う。
「八咫烏だがなんだか知らないけれどさ。一体僕たちは何人もの人間に騙されてきたと思っているんだい?」
「えぇ、わかっている。あなたたちは恐らくそのようなことを言うと思った。だから信用してもらうためにとある好条件をつけたわ」
「好条件」
「えぇ。それはあなたたちにとってとてもいい条件だと思っている」
「だからさ。その条件って一体なんだよって話」
「うん。その条件と言うのは……大社北高校には生徒会室前に祠があるわ。そしてその祠で御供物をすることになっている」
「御供物って。お酒とかじゃねーだろうな。僕たちはそんなもの飲めないぞ」
「ヨルと同じく。私も」
「そうね。その御供物物は。シュークリームよ」
「なっ」
「なんと」
シュークリーム。その単語を聞いてヨルとイツは目を輝かせた。
シュークリーム。パリッとした外側にフワフワの生クリームを中に入れ込んだお菓子。そしてそのお菓子はイツもヨルも大好きであった。
「うちの学校の購買部にはシュークリームがあってね。それを購入してお供えすることが校則で決まっているの」
「なんと素晴らしい神想いの校則!!」
とイツもうんうんと頷いている。
「どう? 入学する気になった」
「勿論だとも」
とヨルは即答をする。しかしそれに対して美鶴は
「ちょっと。ヨル!」
と静止する。
「しっかりして。人間のこと信用したらダメ!」
「ど、どうした。美鶴。普段はあんだけ人間に対してヘラヘラしている癖に」
「そうだけれどさ……だけれども。学校には神社なんて比べ物にならないぐらいたくさんの人がいるのよ。それでヨルが暴走をしたら」
「それは心配ないさ」
と女性は言う。
「大社北高校には一般生徒はたくさんいる。それと同時に呪術者もたくさんいる。半々ぐらいだ。更に、大社北高校は神に不敬行為をしたものは即退学と言うほど厳しい。神を信じないものは入れない学校になっているからそこで、本殿に石を投げるような不敬行為する輩はいないだろう」
「そうだけれども」
「このヨルという神様の暴走を止めれる人はあの学校には気持ち悪いぐらいたくさんいる。だから大丈夫よ。それに、イツもいるだろ」
と言われる。イツはキョトンとした表情をする。
「そこのヨルという神様は話が早くて助かるわ」
「いや、でも。学校は、人間社会は、危険よ」
「そんなこと言っても。美鶴だって憧れていたんだろ。高校生活」
「そ、それは」
「だからさ……イツに決めてもらおうぜ。高校に入学するか。今まで通り、この神社の敷地でゆったりと暮らすか」
「わ、私が……?」
そしてイツは考える。
――ごめんね。イツ
その時、遠く昔からイツの母の声が聞こえた。その母の声は泣いている。
――本当は、普通の子供として産みたかった。だけれどもそれは叶わなかった。ごめんね
別に謝る必要などない。イツはこの世界に生まれて幸せだ。
だけれども。もし願いが叶うのであれば、ほんの一瞬だけでも。普通の生活というものを経験したい。高校生活というものを体験したい。
高校生活を体験?
それはどういうことだ。高校に行ってどうする?
美鶴を見る。ヨルを見る。そうか。
この2人と一緒に高校に行って、つまらない授業を受けて、放課後どこかによって。そんな平凡なありふれた生活。部屋の中にたくさん積んである漫画のような、ベタすぎる生活を送ってみたい。そう考えていた。
そしてイツは真っ直ぐ、女性の方を見る。
「別に。もしこの人が神殺しだったら私は全力であなたを殺す。それだけだし」
「イツ!!」
「ごめんね。美鶴はヨルのことが心配だから。あまり高校に行かせたくないと思っているかもしれない。だけれどもね。もしここで高校に行かないという選択をしてしまったら。多分私たち。世界が終わるまで後悔しそうなんだ」
「だけれども」
「行こうよ。高校。私たち3人で。平凡な高校生活を送ってみようよ」
「それじゃ、君たちは入学してくれるということでいいのかい」
「そう。それでいい」
「そっか」
イツは笑みを浮かべながら美鶴の方を見た。
彼女はしょうがないわね。と小さくつぶやいた。
「ようこそ。大社北高校へ」
そして3人は大社北高校へ進学をすることになった。
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