第6話

 イツは、またあの物が散乱している家で目を覚ました。

 そして冷蔵庫前に転がっている、ゲドーの尻尾を掴む。彼は死んでいる。目は硬く閉じたままだ。


 そのゲドーの頭をフワリと撫でる。


「……いつまで死んでいるんでしょうか。行きますよ」


 そういうと、そのゲドーは薄らと目を開けた。


「相変わらず人使いが荒いな。折角死んでも死なせてくれない」


「うるさいですね。あなたは私と一緒です。そう簡単に死にはしないのです」


「そうだな。俺たちは運命共同体だ」


「本当、嫌な運命共同体です」


「あぁ。それで、本日はどんなトラブルかい?」


「ヨルが暴れているらしい」


「あぁ、あの雷神様がか。よく暴れるよな。アイツは」


「えぇ。なので、何とかしてその暴走を止めないといけないのです」


「成程な。それで大丈夫なのか?」


「大丈夫というのは。ヨルの暴走ぐらい一瞬で止めることできます」


「違う、違う。そうじゃなくて、あんたがよ。外の世界に出ても大丈夫なのかということだ」


「それは……」


「君はイツツカサ教の教祖様なんだろ?」


「そんな宗教……私は知らない」


 イツツカサ教。教祖は神宮イツ。と言っても、その団体は決して神宮イツが作ったものではない。むしろ神宮イツが知らない間にその団体は出来ていた。


 教義やら教えを読んでも神宮イツは分からない。世界平和だとかそのようなこと。イツは考えたことなどない。それなのにその団体はそのようなことを謳っている。そして神宮イツを信仰すればきっと世界は救われるとか。気持ち悪いと思う。


 それだけならまだマシである。その団体には怪しい噂が出始める。団体内での暴力行為、金銭詐欺のやり取り。さらにその団体があちこちで一般人に関して暴力行為を行ったりするようになる。そうなるとその教団は世間から白い目で見られるようになる。


 そしてそれの首謀者は教祖様。つまり新宮イツだという風に言われてしまう。事実は名前貸し、それも無許可であるのに関わらず。


「明治の神社合祀というのはこういうことを防ぐ目的もあったんだよね。神様が有名になると、その教えを良からぬ解釈をして暴走する輩が出る。そうなるとその宗教の信仰というのは薄れ、簡単に言うと宗教のアンチが湧く。そうするとその宗教アンチ者は別の神を信仰する。そして今ある宗教を力によって支配しようとする。これが宗教戦争と呼ばれるものさ。その力は国家転覆をする可能性だってある。だから由緒ある神社以外は無くしたいし、オカルトのようなものは廃止したい。だから神社合祀によって確かに、なくなってしまった信仰も神社もあるのだけれども、それによって守られていた神様だっている」


「……そうだね」


「うん。人はすぐに権力に乗っかりたくなるものだからさ。有名になってしまえば、その名前を使って悪用する人はいつの時代だって、いるものさ」


「知っているよ。そんなこと」


「そうか。だからこうやって世界を救おうとすると、そして有名になるとまた同じようにその名前を利用するものが現れる。そうするとイツはまた世間から叩かれる。どんないい事をしていてもそういった怪しい輩がいる限りはイツの名声なんて上がることなんてない。それでも、君は」


「何か、ゲドーは勘違いしているよね」


「勘違い?」


「そう。私は別に世界が滅びても、どうなってもいいと思っている。今でも世界は嫌いだよ。あんな自分勝手我儘いう人たちのために世界を救うだなんて、真平ごめんだと思っている」


「それじゃ、君は何のために外にでる」


「何のためって……そんなもの。別に大袈裟なものではないよ」


「大袈裟なものではない?」


「そう。ただちょっと友達に会いに行く。それだけの事だよ」


「友達……」


「うん」


 イツは窓を開ける。分厚い真っ黒な雲が何重にも空に重なって光を閉ざしている。そしてゴロゴロと不機嫌そうに音を鳴らしている。これから雷が起こるだろうか。

 外には誰も人がいない。人の住んでいる気配などどこにも感じられない。寂しい世界が広がっていた。湿っぽい、生暖かい気持ち悪い不吉な雨の香りが鼻に刺さる。恐らく、きっとこれから大雨が降るだろう。その雨はノアの方舟のように、この街全てを飲み尽くしてしまうかもしれない。


 そんな感じがする。

 そして声が聞こえる。友の寂しがる声が。こっちに来て。そう言っているような声が。


「取り敢えず行くよ」


 イツとゲドーは外へ出る。


 イツが知らない間に世界は終わっていた。そう思わせるぐらい、街には誰も人はいなかった。時刻は15時過ぎ。だから下校中の小学生などが歩いていてもおかしくはないはずである。


 空は渦を巻いている。風はイツの行く手を阻むように、強く吹く。

 ヨルの能力はここまで天地に影響させるものではない。だからこれらは恐らく偶然であろう。とは思う。

 しかし。それでも。ヨルは神であるのだから偶然を身につける事だってきっと出来る。


 そして彼女は立ち止まった。


「おい、どうした。イツ」


「いや、何でも」


 そこは学校があった。

 大社北高校。

 もしかしたらイツが行く可能性のあった高校である。


 無機質な四角のコンクリートから、この暗闇の世界とは真逆の光が漏れている。こちらの世界とあちらの世界が切り離されたような感じがしていた。

 こんな暗闇でもあちらはあんなに明るい。

 高校生か……


 イツは人間が嫌いだ。それでも高校生活にはずっと憧れを抱いている。漫画の中のようなキラキラとした高校生活を送ってみたい。


 友達と、学校帰りにファミレス行ったり、真夏の通学路でサイダーを分けあったりしてみたい。そんな理想がある。だけれどもそんな夢。きっと叶わないだろう。自分は神である。周りとは違う。特別な力を持っている。その特別な力を特別なものに使えと、自分よりももっと上の特別な神様が言っている。そんなもの……自分はただ普通の人間になりたいのに。そのような声すらも届かない。


 この学校での生活というのは、みんなにとっての普通が、イツにとって異常であり、侵入不可能区域だった。あれだけ普通に幸せに生活をしているのに。あいからず人間というのは傲慢であれやこれやと欲望を言ってくる。


 普通でいいじゃないか。そんな特別になる必要など。一体どこにあるというんだ。


「ねぇ、ゲドー」


「なんだ」


「あのさ。私、普通の高校生になることできるかな?」


「無理さ。諦めろ」


 とゲドーは短い言葉でそういう。


「無理なの?」


「あぁ、無理。イツは神としてこの世界で働く。そう言った条件でこの世界を生きているからな」


「だけれども」


「普通に生きようとするな」


そして、ゲドーは高校に背を向ける。


「まぁ、ともあれ。早く行くよ」


「うん……」


 と言いつつ、彼女は足を動かせることが出来なかった。

 昔、一瞬だけ小学校に通っていた。普通の人間として生活をしていた。その頃の日々が平和で楽しかったから。もう一度、あの時間が帰ってくればいいなと思っている。


 しかしそんな時間はきっと、もう二度と来ない。


「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」


 と後ろから声が聞こえる。振り返る。

 そこには白装束を着ている女性がいた。


「えっと……」


「あなた! 今何時だと思っているの!」


「何時って。今は15時ですけれども」


「そうでしょ! 15時に学生さんがどうしてこんなところに。もしかして不良生徒か!」


「違います」


「違わない! 大社北高校神学科、神学科特別教諭の私としてあなたみたいな不良少女、見過ごせるわけなーい!!」


「ちょっと、ちょっと待って。神学科というのは何? キリストの学校なの?」


「ミッション系ではない。というかどちらかと言えば神道に近いかもしれない」


「それでその神学部って何を学ぶの」


「何を学ぶ……簡単に言えば神様への感謝の仕方とか?」


「感謝?」


「そう。こうやって私たちが平和に生きているのは紛れもなく神様の力のお陰なの。だから正しく感謝を伝える必要がある」


「例えば」


「そうね。例えば、お酒をお供えすれば喜ぶとか」


「……喜ばない」


 当然のことながら、イツたちは未成年である。そのためお酒は飲めない。だから神社でそのようなものをお供えされると毎回困るのだ。


「とにかく私たちの学校で勉強をすることと言えば、神を感謝する方法。そして神を操る方法とかね」


「神を操る……」


「そうそう。日本の神と言うのは、全てが善いものというわけではない。中には菅原道真のような怨霊神がいるわけ。この怨霊神は厄介なもので。時に日本を滅ばせてしまうぐらいの事をしてしまう。そうなったら出来ることは三つ」


「三つ……」


「そう。一つはその神に御免なさいをすること。これは天満宮を作った道真と同じだね。そしてもう一つは神と同化して抑えること。そして最後。神を殺すこと」


「神を……」


「そう。神を力で抹殺する。そうするとその神は神であったことが人々の記憶から消えていく。例えば、平将門が実は神だったと言うのを知っている人はいない。ただあの人は首だけでも生きて人々を困らせた悪魔と認識されている。だけれども考えて見て。菅原道真と平将門。最後にしたことは変わらない。ただ人を呪い苦しめただけ。そこに何か違いがあるとすれば神として祀られたのか、それとも鬼として退治されたのか。その違い。もし平将門が偉大な神様として祀られていたら、もしかしたら太宰府天満宮のような、現代でも有名な神社の一角になっていた可能性がある」


「成程」


「平将門は神として崇められなかったのは、単純に殺した方が早かったから。だってもし神として崇められてしまったら毎日、誰がそれの面倒を見るの? 今だったら観光客とかが参拝をしてくれるかもしれない。だけれども、その当時は平氏から源氏に歴史が変わる頃。つまり権力者は平氏の存在を邪魔なものだと思っていた。そこを態々神として崇める。信仰するなんて言うことは考えにくい。左遷されて、その場所で死んで怨霊になった菅原道真とは話が全く違う。当時、朝廷から畏怖されていて戦争で討伐された将門だ。それを神としてしまうのは本末転倒になってしまう。だから退治された。そこで」


 彼女は空を指差した。


「この天気。神の仕業だとする。この場合、恐らくその原因になっている神を殺した方が早かったりする。というか神殺しなんて実はそう難しいものではない。知識などいらない。力でねじ伏せればいいから」


 そしてその女性はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 恐怖を感じた。この女性なら本当に神を殺すことぐらい。何ともないだろうと思ってしまったからだ。この女性の正体は一体。


「つまり神という権利を剥奪すれば、これは」


「それはダメ」


 とイツは声が出た。


「神というのは人間と同じ四つの魂でできている。和、荒、奇、幸と。そして悪と善の二面性というものも絶対に持っている。例えば、雨の神様。日照りが続いている地域からすればそれは善い神様。だけれども、洪水に襲われているような地域からすれば鬼のような存在。人によって評価が変化してしまう。だから少し暴れているからと言って退治してしまったら神のバランスが崩れてしまうわけで」


「いやいや、それは違うよ。神が1人死んだところで世界のバランスなんて崩れない。800万の神様が日本にはいるんだよ。そのうちのたった1人がいなくなったところでどうする。誰も気づきはしない。そりゃ、天照様とかがいなくなったら大騒ぎするかもしれない。だけれどもそれ以外はどうだ」


 その女性の目はイツと同じように柘榴を埋め込んだような色をしていた。


(同業者か)


 恐らくこの女性も普通の人間ではない。むしろこちら側の人間である。それはすぐに分かった。


「私には分からない。神だから特別視するとか。神だから人間を1人殺されても裁かれないだとか。神だから天地自由に操って人様に迷惑をかけてもいいだとか。分からない」


「なっ」


「神だって人間と同じ。喜んだり悲しんだりするのだから。人間と同じように扱わないといけないのではないか。人を殺したら同じように裁きを受けたりする必要があるのではないか。なんて思う」


「それだったら、世間だって神を差別しないようにしないといけないのでは」


「あんた勘違いしている?」


「勘違い?」


「そう。勘違い。どうして神だから特別扱い受けているだとかそんなことを勝手に思っているわけ? この世界、人間でも特別扱いされている人もいれば見下されている人もいる。平等なんていうものは元々なかった。ないのだけれども、この世界の体裁を保つため、秩序を保つために、人を殺してはいけないという道徳があるわけで。神だってその道徳を無断に破ってもいいわけではない。それを許してしまうと、それこそ世界はノアの方舟のように誰もいなくなってしまうわけで。だからさ」


 女性は両人差し指と親指をくっつけて丸を作った。


「人を傷つけようとする神は殺さないといけないわけで。それがこの世界の正義なわけで」


 その輪からメラメラと赤く燃える炎が出てくる。


(こんなところに神殺し……?)


 神殺し。それはイツたちが一番恐れている人たちである。

 元々、平安時代などは神も神殺しも同じ能力者であった。しかしやがて神が鬼と名前を変えて暴れるようになり、それ以降は神だろうが鬼だろうか、その能力者たちは世界のために抹殺するようになった。


「私の祖先は野良市子であった。市子ということは巫女であり、神の血を引くものであった。そして野良ということは旅人でもあった。昔、江戸時代というのは村社会である。そして人身御供というものがあった。だから誰か1人生贄を毎年必要としていた。しかし村社会ということはそれぞれ村の繋がりがある。そうなると生贄を誰にするか選んだ方も、村八分の対象となる。そうなれば、来年その親族から生贄を出すことになる。だから生贄を選ぶのも生贄を指す出すのも躊躇った。

そこで無宿人や野良市子がその生贄の対象となった。特に体格の良い無宿人は鬼と見なされ、野良市子はその村からしたら邪教であり、邪神そのものであり畏怖される存在であった。だから表向き、歓迎をして宿に泊まったところ脳天一発。食らわせてそのまま絶命させて人身御供した。さらに、人身御供をされる前。性的対象と市子はされ子供を身籠ることもあった。私はその血を引くもの。

さて。これってどうさ。おかしいことでしょう。神が命を差し出せと言うのもおかしいし、それを信じる人々もおかしい。歪んでいると思う。

私はその歪みを正す為に戦う。私こそ正義」


彼女は息を吐く。そして


「火炎の術」


 彼女のその手から火が出る。そしてそのままその火はイツの方へ向かい、爆発した。


「おやすみなさい。バケモノさん」

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