第5話
深夜2時。ヨルは1人。ボンヤリと星を見ていた。
疫病でとても日本が混乱しているとは思えない空であった。風は生暖かく、心地よい。
美鶴はあの後。帰宅して寝ている。
ヨルは、お腹は空くけれども、夜は眠くならない。これは神様特有の力なのか。それとも、元々自分が夜型なだけなのか。知らない。
ヨルが学校へ行きたいと言った本当の理由は二つほどあった。
一つは美鶴のこと。
彼女は神である。と言っても実は、神としての力は微力である。ヨルみたいに、力が暴走して他人に危害を与えてしまう。そのようなことはなかった。そもそも美鶴の能力はどちらかと言えば守護天に近いものである。つまりは守りの神様。他人を攻撃する力がなかった。
だから美鶴も小学校へ行っても問題ない。しかし彼女は学校へは行かない。
彼女曰く
「ちょっと人間関係が面倒臭いからね」
と。それを学校に行かない理由としている。それは嘘だとヨルは知っている。
本当は誰よりも美鶴は学校に行きたいと思っている。だけれどもヨルが学校に行けない。その中で自分だけ学校に行くということに対して後ろめたさがある。
(自分のことなんて放っておいて、自分だけ幸せになればいいのに)
それこそ、この神社に参拝来る人のように。
ここの神社に来る人の祈りなんて。彼女が欲しいだとか、お金持ちになりたいだとか。ほとんどは独りよがりのものばかり。ヨルはうんざりしていた。
どうして他人の幸せを願うことが出来ない。どうしてみんな自分のことを優先する。
そしてどうしてみんな、自分に感謝しない。
こうやって世界が平和なのは、自分のような神のお陰であるはずなのに。ほとんどの人は感謝しない。それどころか、神様というのはオカルトの世界の人物だと言う人だってある。侮辱するものもある。そして、ヨルはどうして自分は神なのか。そして世界のためにここにいるのかを考えるようになった。
考えれば考えるほど、人間の姿を見るのが億劫になる。疲れる。だからヨルは出来るだけ人間との距離を取るようにしている。
だけれども美鶴は違う。彼女は人が好きである。
巫女として、そして1人の人間としていつも他人に手を差し伸べようとしている。
彼女は人間の友達を欲しいとも思っているはずだ。
それでも美鶴が学校に行かないのは、ヨルに遠慮をしているから。同じ神様のヨルが学校に行けないのであれば、自分も学校に行ってはならぬ。そんな正義が彼女の中にあるのだろう。
自分もいつか、学校へ行かなければならない。
そう考えていると、神社の端の方からゆらゆらと白い球が揺らいできた。そしてそれはゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
(なんだ、生霊か?)
しかしここは神社である。死を穢れとしている場所にそんなものがこんな場所に紛れ込んで来るとは考えにくい。
そうなると、あの魂は……
どんどん大きくなる。そしてボンヤリと人影も出てくる。あれは……生身の人間だ。
その人間の頭の上に金輪を乗っけている。そしてその金輪4本に蝋燭をつけている。
(丑の刻参りか?)
いや違う。
その人は、ヨル達と同じぐらいの歳の少女である。そして。お賽銭を箱に投げた。
「神様。私がこんな格好をしているので驚いたでしょう。何、これには深い意味などありません。丑の刻。人に見られずに釘を打ち続ければ呪いが完遂するというものがあります。だけれども不思議じゃないですか。それなのにあんな目立つ格好をしなければ行けないと。金輪に蝋燭をつけないと行けないと。あれは神様にここにいると存在をアピールしているのです。人には見つかってはいけないけれども、神様には見つかってもらわないと困る。だからああやって、灯りを共しているのです。要は蟷螂と同じです。ただ灯籠を持ち運ぶ程の怪力は誰も持っていないから、こうやって頭に火を共しているのです」
とその少女はペラペラと言う。
「そういえば、この頭の物。五徳とも金輪といいます。仏教では宇宙というのは丸い筒のようなものと考えられています。風輪の上には水輪があります。その上には金輪があります。この金輪にはたくさんの島があり、海があります。この金輪と水輪の境目が金輪際と言います。金輪際は人間からしてみれば遥か海底にあります。つまり金輪際というのは底の底という意味です。さてそのことにかけまして。金輪際。つまり底の底までのお願いです。神様」
何だこいつ。ヨルは思う。
そしてその少女の目。ザクロを埋め込んだような目をしている。
「私の眷属になってみませんでしょうか?」
それがヨルとイツの出会いであった。
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