第4話

 これはオカルト禁止令出る前の話。ヨルたちが人間の歳で言う12歳の時の話である。


 嶺明ヨルは昔から神社の敷地外に出ることはなかった。

 それは彼女が力の制御というものを出来なかったからである。


 彼女の神力というのは、ヨルの意志など関係なしで発動してしまう。例えば、自分が道に歩いて車に轢かれそうになったら……彼女は車に轢かれることなどない。その車を運転していた人が木っ端微塵になって死ぬのだから。


 例えば、チンピラに絡まれたなら。

 それでも、彼女の神力は発動する。力の調整など出来ない。そのチンピラも、その周辺にいた人だってみんな死んでしまう。


 そうなったら審神によってギルティーを受けるだろう。その瞬間、彼女は神から零落をして妖怪と呼ばれる類になる。事実、そのような事例というのはたくさんある。柳田國男が書かれた妖怪談義でもそのような話はたくさんある。


 ともあれ、神の力を守るために、ヨルは神社の外に出ることなど出来なかった。


 しかし特にそれで不満などはなかった。そもそもヨルは人間が嫌いだ。

 どうして人はあれほど個人的なお願いをするのだろうか。大学受験合格したい、レギュラーを取りたい。そう言ったものは運ではない。自分の実力である。自分の行動したいである。


 それを自分の行動を振り返ることなく、他力本願。いや、違う。

 浄土真宗の他力本願は、確かに困難なことが発生した時に阿弥陀仏の力によって救われるという教えがある。これは神道だって似たようなもので。


 ただこれは決して他人任せにするとか、神に任せるとかそういった意味ではない。そこを履き違えている人が多すぎる。神や阿弥陀様に祈りを捧げたどころで、結局は自分で頑張らないといけない。阿弥陀様は最後の最後にほんの少し背中を押したりはするかもしれないが。


 とにかく、ヨルは傲慢な人間が嫌いだ。ほとんどの人は神に感謝をすることなく自分の願いだけを言う。普段はオカルトとか馬鹿にしている癖に、こういった時だけ神頼み。

 そんな好き勝手言う人間がたくさんいる街など。窮屈で行きたくない。


 とは言っても、彼女はお腹が空いたりする。彼女は神でありながら人の実体を持っている。


「ヨル、ヨル」


 本殿まで、加茂が毎日3食。食事を持ってきてくれる。しかもハンバーグが食べたいと言えばちゃんと手作りで持ってきてくれる。


 この加茂という少女は、空瀬神社の宮司の孫で巫女である。物心がついた時から加茂はこの神社の巫女として仕えている。


 そして加茂も神であった。


 そもそもかつての巫女というのは姫神である。

 日本最初の巫女は菊理姫神と言われている。

 日本の太陽神天照だって女性神だし、卑弥呼だって女性である。このようにかつては巫女と呼ばれる女性神が世界を支配していた。しかしそれがやがて男性の支配に代わる。それは何故か。

 男性は女性を畏怖したからだ。

 女性は生命を生み出す力がある。いつだって神を産んだのはイザナミなどの女性神である。逆に男性だけで世は反映しない。生命を生み出す力などない。


 しかし力はあった。だから力で支配をした。そして男性権力が大きくなりやがて巫女の力は零落していく。

 そして時代が進み、巫女というのは神の眷属的位置ではなくそもそも神そのものであったということを覚えている人はいなくなった。


 また巫女というのはいくつかの種類がある。まず、加茂のように神社に属する巫女。そして神社に属さない市子と呼ばれる巫女。新宮は後者である。他にも生まれつき巫女としての力を持つもの。ある日突然、託宣を受けて神の力を得るもの。


 加茂は生まれた時から、背中に丸い痣があり、それが神の証。つまり神として生を受けた。

 しかし加茂は和魂の性質が強い。神でありながら、直接的に人間に攻撃を与えることが出来ない。


 それに対してヨルは荒魂である。

 ヨルは元々、雲伯地方の生まれであり加茂美鶴とは血の繋がりはない。しかし生まれた時から歯が生えそろっており、髪も生えており、そして言葉を喋ることが出来た。これは普通の人間ではない。そう思って、村の祈祷師に占わせたところ、この空瀬神社の神の血を引く物という託宣を受けた。


 確かに。空瀬神社の先代荒魂巫女様は、丁度ヨルが生まれる1週間前に亡くなっている。だから彼女は本当の親の顔を覚える前にこの空瀬神社にやってきた。そして加茂家が世話をすることになる。


 ヨルは基本的に加茂家のことを信用している。悪い人ではないと思っている。

 特にこの美鶴という人物に対して。年も同い年なので時折友達のように接する。


 ただし、ヨルは美鶴に対して気に食わないこともある。それは彼女が人間に対して異様に甘いということである。

 昔から神社の広場でサッカーなどで遊ぶ小学生がいる。ボールが摂社に当たることだってある。


 それに対して美鶴は注意しない。それどころか、「まぁ、子供がやることだしいいんじゃない」と肯定的なことをいう。


 アンタも同い年の子供のくせに。とヨルは思う。


 また、犬の散歩を神社に置いて帰る人もいる。それに対しても嫌な顔せず美鶴は拾う。

 ヨルから言わせてみれば、そう言った不敬な奴らは天罰を与えても問題ないのではないかと思う。


 それでも美鶴は言う。


「悪い人なんていないのだから。人誰しもが荒魂も和魂も持っているだけなのだから」


 と。

 その部分はヨルはやはり理解が出来ない。


 しかしそれ以外のことに対しては美鶴のこと。大いに信用している。


「今日はハンバーグ定食よ」


 と美鶴は本殿の中に置く。すると奥の方から人が出てくる。頭をツインテールに結んでおり、パッと見たらただの小学生である。


「これを作ったのは誰だ?」


「私のお母さん」


「そっか。それなら伝言して欲しい。流石に1週間連続でハンバーグはキツイと」


「えっ、でも。ヨルはハンバーグ好きでしょ」


「好きだ。好きなんだけれども。流石に飽きる」


「食べないの?」


「いらない」


「私のお母さん、悲しむよ?」


 それを言われて、彼女は舌打ちをする。


「分かったよ。食べればいいんだろ」


 そして口にそれを運ぶ。あぁ、まずいまずい。そう文句を言いながらどんどん口へ入れていく。

 その途中。手を止める。


「そういえば、珠瀬高速道路計画、どうなった?」


「あぁ。あれね。珠瀬道路を作っている最中に500年ぐらい昔の人骨が出て工事が中断になったという話」


「そうそう」


 南宮市では話題になっている。

 南宮市というのは南北縦長の市である。南は高速道路の終点だったり、私鉄の巨大駅があったりと随分と栄えている。高層マンションもあちこちに立ち並んでおり、住みたい都市ランキングもいつも上位に組み込んでいる。しかしそれはあくまでも南部だけの話である。


 空瀬神社は丁度南と北の中間にある。

 南側を向けば、たくさんのビル群。しかし振り返ってみれば険しい山道。北部は山であった。この山の奥には珠瀬町という街がある。


 そこも人口自体はそこそこいる。かつてはニュータウン計画すらもあったほどだ。

 しかしその途中、蓬莱山という巨大な山があるために鉄道は通っておらず、国道も片道1車線と随分と狭い。通勤ラッシュの時には酷い渋滞をする。


 そこで国はその国道を拡張することにした。これが珠瀬高速道路計画である。


 しかし珠瀬高速道路計画に反対するものがいた。地元住民ではない。彼らは我の法と名乗っている団体で、世間一般では何をしているのか。いまいち認知されていない団体である。


 その我の法がこの工事を中止するように言う。さもなければ、呪いでみんな死んでしまうと。


 科学が発展した現代。そのような言葉に耳を貸す人は誰もいなかった。みんな馬鹿馬鹿しいとそう思っただろう。


 ただ。その工事を進めていくと、まず人骨が発見された。それは200年も300年も相当昔の人骨だろう。恐らく江戸時代に、ここには処刑場らしきものがあったのではないか。そう推測された。


 さらにそれから工事を進めていくと、落盤事故が発生して従業員が数名大怪我をした。


 そこら辺からこれは本当に呪いなのではないか。と思い始める人が出てくる。

 そしてその呪いを恐れて工事中止を訴える人が出てくる。


 それに対して、国が取った行動は……空瀬神社に厄祓いをすることであった。

 ヨルはこういう。


「いや、知らん知らん」


 と。

 更に、国のお偉いさんがこの神社で祈祷をしたいと言う旨があった。加茂も返答に迷った。ここで数万受け取ったら、彼女たちも何とかしなくてはいけなくなる。

 出来ることであればお断りしたい。そう思っていた。


 そんなことがありヨルはこの珠瀬高速道路計画に関してほんの僅か興味があった。


「まず絶対に、我の法の呪いだろ。あんなの」


「あれ、ヨルは我の法の人たちと知っているの?」


「いや、知らん知らん」


「嘘よ。知っているくせに」


「本当知らんって。噂ぐらいしか」


「そうなの」


「そう。それで珠瀬高速道路の計画はどうなった?」


「それが中止になった」


「なんで? 我の法の呪いに負けたのか?」


「違う、違う。今、日本全体で経済がストップしているのよ」


「例の疫病のせいか」


「そう。疫病のせいで、みんな外出できないの」


 今、正体不明の疫病が流行っている。

 その疫病に罹患してしまった場合、まるで誰かに乗っ取られたかのように激しく痙攣し、意識障害を起こし、場合によっては命を落とす。


 当初はウエストナイル熱のようなウイルス性だと思われていた。しかし現代までその疫病の原因が特定出来ていない。

 有効な治療薬もなく、そもそも感染力がどのようなものかも分かっていない。

 その癖、この疫病に罹る人が増えていき、病院は人で圧迫するようになる。既に医療体制は崩壊していた。だから日本政府は不要不急の外出禁止令を出した。


 その結果。スーパーなどの生活必需商業施設以外は全て閉鎖となった。


「これも我の法の力なのかしら」


「アハハ。そんなわけない。神でもここまでの疫病を作ることが出来ないのに」


「でも、これだけ正体不明の疫病が蔓延しているのだから。きっと呪術の力」


「呪術の力。うんもしかしたらその可能性はあるかもしれない。というか、美鶴はどうして呪術が一般の人に認知されないか知っているか」


「それはオカルトだから?」


「違う、違う。実例件数が少ないからさ。例えば風邪。1000万件あったらその1件は呪術だ。割合で言えばそれぐらいしかない。それだけ少なければ医者は過去の科学の事例でこれは風邪だと診断するわけ。科学が発展するとそれほど事例を当てはめやすくなる。そうなると呪術をうまく隠しやすくなって、現代ではそんなものはないと認識されるわけ」


「そうなの?」


「あぁ。そもそも平安時代にも医者はいた。胃潰瘍とかそれぐらいであれば薬などの治療もあったとも言われているぐらいだ。だから胃潰瘍っぽい症状があったらそう診断。逆に事例がない症状があったらそれは霊力によるものだということにした。そして陰陽師などに祈祷を頼んだわけだ。時代が進めば病気の事例が次々に増えていく。そうするとこの病気はこれだと当てはめれる回数が増えていく。逆に正体不明と呼ばれる症状が減る。例えば、美鶴が咳こんで辛いと感じたらどう思う? 呪術だと思う?」


「それは風邪だと思う」


「そうだろう。それは過去の事例でそういった症状は風邪だと教えられているから。だけれども実際には誰かの呪術かもしれない。知らないうちにかけられて、知らないうちに治っているだけかもしれない。このように科学的事例が増えると呪術的展開を疑う人が減ってしまう。よって自然と呪術は闇へと隠れていく。むしろその方が呪術者にとって好都合さ」


「好都合? どうして」


「どうしてって。呪術者が一番恐れることは、その呪術の特定だからさ。呪術者の死因1位は何か知っているか?」


「そんなの……相手の呪術にやられてとか?」


「違う。自分の呪術さ。呪術を解除する方法はその呪いを、呪った人に返すというものだ。これは因縁調伏と呼ばれる物である。そしてそれは元の呪術よりも何倍も強くなる。さてもし因縁調伏されてしまった呪術者はどうするか」


「どうするのか……」


「因縁調伏の因縁調伏をする。そうすることでまた自分に罹った呪いは解除される。とまぁ、もし自分の呪術がバレてしまったら自分が相手が、はたまたその両方が死ぬまで呪術のキャッチボールをするわけだ。だから科学が発展した現代の方が呪術者に取って呪いがかけやすい」


「なるほど。つまり呪術という言葉が一般化していた平安時代の方が呪術をかけるのが難しく、現代の方が簡単ということなのね」


「そう。平安時代なんて釘を持っていただけで今から呪術をかけるだろと疑われてしまうからな。現代では釘を持っていたとしても誰もそれを呪術だと疑わない。だから現代の方が呪術による疫病で社会を混乱させやすい」


「それじゃ、今の社会混乱も意図されたもので」


「それは分からない。もしかしたら本当にウイルス性かもしれないし」


「そうだとしたら早く呪いを何とかしないと」


「別にそんな焦る必要はないんじゃないかな」


「焦る必要がない?」


「そう。これだけ派手に社会を混乱させているわけだ。何人かの呪術者は気づいているよ。これは何者かの呪いだと。そして先ほども言ったけれども、この呪いの発生源が特定されれば困るのは呪術者だ。つまりこれからこの疫病を流行らせている呪術者は大人しくなっていくだろう」


「そっか。バレたら何倍もの呪いが」


「そうだ。それも数万人分の呪いが自分に返ってくる。これはただ死ぬだけでは済まない。死んだ後も激しい苦しみと痛みを追うことになるだろう。地獄に行ければまだいい方かもしれないな」


「それじゃ……」


「今回のこの疫病の件は何もしない方が吉だ。これで間違って自分に呪術が飛んで来ても嫌だしな」


「成程。だけれども、今回のこれ。不謹慎だけれどもチャンスじゃないかな」


「チャンス?」


「うん。ヨルが外の世界を歩けるチャンス」


「何を言っている?」


「いや。普段は人間がたくさん歩いているからさ。もしかしたら能力が暴走するかもしれないからさ。だから外を歩けなかったけれども。今は外出出来ないから誰もいない。ヨルと私だけの世界だよ」


「別に、外の世界なんて興味ないし」


「そんなこと言って。本当は伊勢神宮とかに行きたいと思っているでしょ」


「何故伊勢神宮に」


「だって、伊勢神宮には天照さまがいて」


「別に僕は天照に会いたい訳ではないさ」


「そうなの?」


「そうさ。どうして僕がわざわざ伊勢まで行って神頼みをしなければいけない」


「それもそっか」


「そうだろう。だからもっと別のところへ」


 ヨルは天を仰いだ。


「なぁ、美鶴。学校ってどんな場所なんだろうな」


「どうしたのよ。急に」


「いや。ほら、よく小学生たちがここに遊びに来るけれども。学校って楽しい場所なのかな」


「そっか。どうだろうね」


「そう。そして小学生たちは言っていた。この神社で毎年子供祭りがあると」


「そうだね。だけれども今年は疫病のせいでないらしいけれども」


「知っている。もし、叶うのなら。僕、その夏祭りに参加したい」


「そうなの?」


「うん。何だが楽しそうだし」


 と言ったら、彼女は微笑んだ。


「どうして笑うんだい?」


「いや、意外だと思ったから」


「意外?」


「そう。ヨルはそう言ったものに興味がないと思っていた。そうやって引きこもっているのが好きだと思っていた」


「いや、違う。別に祭りの興味がある訳じゃない。ただ、人の敷地であんなにはしゃいでいたら気になるじゃないか。ゆっくりと睡眠をとることが出来ないじゃないか」


「そうね。うん、そうかもしれない」


「だから人の敷地であんだけ騒いでいるのだからさ。その。僕も参加する権利あるのではないか」


「成程ね。確かにそうかもしれない」


「それ以外に、もう一つ。最近うちの神社で絵馬に物騒なことを書かれているのが気になるし」


「大社小学校の夜の幽霊がいなくなりますように」


「そう。そこの敷地に夜、妖怪が出て暴れているとか何とか」


「その妖怪を見た人が次から次へと体調不良になっているとも言っていたわね」


「そのせいで何人もの小学生が恐怖で学校に行けなくなっているとか何とか」


「うん」


「だから夜に学校に忍び込んで、その正体を突き止めて見たいし」


「……もしかして参拝に来る小学生のために」


「そ、そんなことはないけれどさ」


 ないけれどさ。とヨルは力なく言った。


「意外だよね。ヨルは人間が嫌いだから。そう言った願いとかは聞き入れないと思っていたけれども」


「勘違いしている。僕が嫌いなのは信仰心も何もないのに肝心なときだけ祈りに来る馬鹿者だ。願いが叶えば自分のお陰。叶わなかったら神様が悪い。そんなことを言ってくる奴が嫌いなんだ。しっかり僕のことを信じている人に対しては、耳に入れるぐらいのことはしてやる」


「ふーん」


 と言いながら美鶴はニヤニヤとしていた。

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