第3話
ひとふたみうよむゆゆななやここのたり
ふるべゆらゆらとふるべ
そのような声が聞こえる。そして新宮が目を覚ました時、視界は真っ白な世界にいた。その真っ白な世界でただ新宮の顔よりも大きい球が振り子のように右へ左へと動いている。
またここに来てしまった。
ここはモナドモニエと呼ばれる世界。一般的には死後の世界。だけれども普通の人はこのような場所には来ない。まずは黄泉の国へ送られる。この死後の世界に来れるのは特定の神だけ。
「鎮魂の鎮は安であり、人の陽気を魂という」
どこからか遠くでそんな声が聞こえる。しかし全く人の気配などない。
「君はまたこの世界に来たのかい……全く。何度やっても元の世界に戻されるのに」
その声は女性にしては低すぎて、男性にしては高すぎる声である。
「かつて世界を救った人の死が食中毒だとか、そんなストーリーの筋書き。高天原の住人も許さないだろう」
「世界を救ったとか。そんな大層なこと……」
「いや、君は世界を救ったんだ。君のお陰で今の世界がある。だから、もう一度。力を使わないか」
「嫌です。すみません。どうか私をこのまま黄泉の国へ送ってください」
「それは無理だ。君はスポンタニアスレミッションが発動する。何度死のうとしても元の世界に戻されるんだ」
「嫌だ、嫌だ。あの世界にいるのは嫌だ」
「なぜ」
「どんなに助けても人々は感謝しない。それは別にいい。それどころか、私を批判する。悪魔扱いをする! そんなくだらない世界にどうしていなければ」
「だからどうして。君は世界を救おうといつもする」
「それはあなたたちが私にこんな力を与えたからでしょ!」
「別に。私は誰も世界を救えだなんてそんなことを言ったつもりはない。全て君が勝手にやっていることだ」
「そんな。色々な人に世界を救えとお願いされて」
「だから、お願いをされただけだろ。別にその力を使わない選択肢も、使う選択肢も君にあったはずだ」
「そんなもの」
「あのな。君は金をたくさん持っているからと言って、ほんの少し貧乏そうな人にでも金を配ったりするか?」
「いや、だから……」
「そうだね。君にいいことを教えてやろう。かつて不思議な見えない力のことをイツと読んでいた」
「イツ?」
「そうイツだ。そしてイツを使えるものを纏めて神と読んでいた。しかし、全員がそのイツを正しく使えたわけではない。中には不器用な使い方しか出来ないものもいた」
「間違った使い方?」
「そう。例えば、貴船の高竈神は雨の神である。だけれども、その力を使いすぎると洪水が起きてそれは逆に信仰を失う対象になる。高竈神は人々の信仰と力の分配が上手だったために現代でも人々はありたがい神として拝められている。だけれどもこれが雨ばっかり降らせる脳筋な水神だったら? 事実、同じような水神でも人々の恐怖の対象になった神もある。例えば、その神の力を抑えるために人質を差し出す自治体もあった。討伐の対象の神もいた。いやその場合は人々は妖怪や鬼という言葉に置き換えるようにした」
「鬼ですか?」
「そう。元々は鬼も神も意味は違わない。イツを持つものという意味であった。特に鬼の語源は諸説では隠の訛言葉だと言われている。つまり隠れている見えない力という意味。そもそも魂というのは、どんな悪魂も善魂も平等に神の力を持つと考えられている。例えば、菅原道真とかがいい例だろう。多くの怨霊で人を殺したのに、現代では天満宮の立派な神様だ。つまりはイツの力を持つものは全員神である。そのはずなのだけれども、使い方を間違えてしまえばそれは鬼となり、人々の討伐対象になる。酒呑童子などが最たる例だろう」
「何が言いたいのですか……」
「そうだね。話を戻すと、君の大事な友達が力を使い間違えようとしている」
「力を……」
「そうさ。神の力を持っておきながら、今何の力も持たない人を殺そうとしている」
「そんな」
「もしそれをやったらその神は信仰を失うだろう。社会の名声が無くなる。それだけではない。討伐の対象となる」
「討伐の」
「そうだ。科学が進んだと言え、鬼立隊はまだ生きている。ただその姿を公に出ていないだけだ」
鬼立隊。かつて酒呑童子や九尾の狐などを討伐したと言われている呪術集団。
「あいつらもイツの力を持つ神だ。そして安倍晴明の系統を辿る陰陽師。呪術者でもある。更には彼の法やら、熊森残花やら、表舞台で姿を現れていないだけで、そいつらはまだ組織として機能をしている。中には呪術を使いたくてうずうずしている輩だっている。しかし今暴れているその神はまだ危害を出していない。危害を出していなければそれはただの神だ。ただの神を殺すことは出来ない。仮に殺してしまったら今度はそいつが鬼となりみんなから狙われる対象になるからな」
「だから何が」
「君の力……別に全員に守らなくてもいいのではないか。親友を守るために使えばいいのではないかと言っている」
「守る」
「そうさ。嶺明ヨルが今暴れている。さて、君はどうする」
嶺明ヨル。久しぶりにその人の名前を聞いたと神宮は思う。
その人は神宮にとって数少ない友達であった。
その人が今、鬼になろうとしている。そんなことは。
新宮は許せるはずがなかった。
「分かったよ。モナド様。審神様に伝えて置いて欲しいんだ」
出来ればこんな力。思いっきり捨ててしまいたいものだと。ずっと思っていたのだが。
だけれども、もしたった1人。大事な人を守れるのであれば。
その力を使うしかなかった。
「私はヨルの元にいくよ。そのためにもう一回現世に戻るって」
「よし、伝えておくぞ」
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