1.追放の日
迷宮都市タンデム。
数多の宝物と危険なモンスターを携えこの世界に突如現れる不可思議な存在、
天高く
ゆえにここは迷宮都市であると同時に、冒険者都市でもあるといえよう。
この街で暮らしていれば、否が応でも日々華々しい活躍をする冒険者の話を耳にすることとなる。
その都市で生まれ育った俺、アデムが冒険者に強い憧れを抱き、それを目指すのは極々自然な流れだろう。
幼少よりその夢を追い始めた俺は、とにかくがむしゃらに努力した。引っ込み思案な幼馴染を巻き込み、今思えばどうかしていたんじゃないかというほど頑張った。
子どもながらに伝手という伝手を使いつくし、様々な
結果として大抵の者達は最終的に折れて、その技術や知識を教えてくれた。
俺はそれらを幼馴染とともに片っ端から覚え、完全に己のものとしていった。
勢い余ってほぼすべての
年齢に関しても十二歳以上と定められており、俺は素直にそれを待った。
しかし、いざその年齢になり
俺には極端な程に魔力が備わっていなかったのだ。
魔法職はもちろん、近接職ですら魔力なしには戦えない。
技を使うのにも、身体能力を底上げするのにも魔力は無くてはならないものだ。
魔力の総量を成長させることは出来るが、それは基本的に微々たるものだ。それが俺の場合どうだったかは言うまでもない。
技術も理論も完璧にした。しかしそれを形作るために最も必要なものが俺には欠けていたのだ。
俺は深く絶望した。
ただ、それでも俺は諦められなかった。
片端からジョブを授かり、次々転職を重ね、自分でも冒険者をできないか躍起になって模索し続けた。
既存の術式をより小さな魔力で発動できるように改造したり、消費したそばから魔力を吸収、生成できる術式を編み出したり、とにかく出来ることはすべて試した。
幸いにして幼馴染は欠陥などなく、むしろ人並み外れてさえいたので術式の試用などを協力してもらった。
そうして神託によってのみ得られる一部の特殊なものを除いたすべての
最もオーソドックスな近接職である剣士が一番魔力の総量に依存することなく、かろうじて自分でも冒険者としてやっていける職だと判断したからだ。
それに、俺にはひとつの希望もあった。
迷宮には様々な宝物がある。その中には、人知の及ばぬ
そういった遺物の中に、もしかしたら俺の魔力の少なさという欠陥を解決できるものがあるかもしれない。
まだ、諦められない。その一心で俺は冒険者となった。
◆
「いやー、楽勝だったっすね!」
「本当、ちょっとやりがいないくらいね」
「皆さん、お怪我がなくてよかったです」
「……」
危なげなく迷宮を攻略した帰り道、仲間たちは特に疲労した様子もなく余裕綽々といった感じだ。俺はというと、同様に疲れていないが、仲間たちが力量的に文字通り余裕であったからなのに対し、そもそもほとんど何もしていないからだ。
より正確にいうなら、何もさせてもらえなかった。遭遇するモンスターのことごとくはゲルドとエルシャが出合い頭に瞬殺してしまう。稀に先手を取られて飛んでくる攻撃も、ホムラが防御魔法で完全に防いでしまうので、まず当たらない。結果として、このパーティーにおける唯一の近接職、剣士である俺は何もすることがなくなってしまった。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。彼らとパーティーを組むようになってまだ1年ほどだが、当初はこんな出鱈目な強さはしていなかった。それどころか、むしろ彼らは他の冒険者に比べても頼りないくらいだったのに。
だが、教えられる範囲のことを教えているうちに彼らはどんどん成長し、今ではこの有様だ。何というか、誰かさんの時のことを彷彿とさせる……。
「この調子ならA
「おぉ、いよいよ天下にアデムさんの名が轟くわけっすね!」
A等級。それは冒険者ギルドにおける実質的な最上級に位置する位だ。一応その上にS等級が設けられているが、一部特例を除き、余程大きな功績を打ち立てなければ到達することはなく、相応の実力以上にそういった案件に立ち会える運も絡んでくる。だが、こいつらであればA等級といわずに例えS等級であっても、その機会さえあれば到達してしまえるのではないだろうか。
S等級冒険者。“塔”への挑戦権が得られる全冒険者の憧れ。果たして俺にそれだけの力があるだろうか? S等級どころか、この先A等級相応の迷宮でついていけるのか。というか俺の力は必要だろうか。
答えは否である。この先俺はきっと、彼らの足を引っ張ってしまうだろう。何より、彼らとともに冒険をしていても俺は強くなれない。
「そうだ、前祝いってことで今日はパーっとやらないっすか!」
「前祝いって……ゲルド、あなた、ただ騒ぎたいだけでしょう」
「いやぁ……まあそれもあるっす!」
「あはは、まあいいじゃないですか、最近はあんまり騒げていませんでしたし。ね、アデムさん?」
「ん? あ、ああそうだな」
彼らは俺のことを何故かやたらと過大評価し、慕ってくれている節があるが、このままの関係はきっとお互いにとってよくないだろう。
俺は内心で静かに決意を固めた。
◆
「俺はパーティーを抜けようと思う」
俺の放った一言によって、宴の席は静まり返った。食堂でも特ににぎやかだった一角における異変に、周囲の客が何事かと様子を窺う。
「え、ど、どういう意味っすか……? な、なんかの冗談っすよね……?」
恐る恐る口を開くゲルド。
「冗談じゃない。もう一度言うが俺はパーティーを抜けたい」
「ちょ、ちょっと! 急すぎるわよ! 私たち何か悪いことしたっ?」
エルシャが思わず立ち上がって声を上げた。ホムラは未だ衝撃から立ち直れないのか、ポカンとした表情のまま固まっている。
「いや、お前らが悪いんじゃない。強いて言うなら俺の不甲斐なさが原因だ。……何にせよこのままではお互いにとって良くないと判断した。勝手ですまない」
「……っ」
エルシャが何か言おうと口を開くが、上手く言葉が出ないのか、すぐに閉口して唇を噛んだ。
「り、理由! もっとちゃんと説明してください! でないとこんな……納得できません!」
涙目でそう訴えてくるのは、放心状態から立ち直ったホムラだった。その様子には、少なからず心が痛む。
「……甘えを断ち切る為だ。このままじゃ……ただの足手まといにもなりかねない」
「……!!」
そう、足手まといだ。改めて自分で口に出すその言葉は想像以上に苦々しかった。こいつらは既に国でも最高峰の実力に迫っている。もう少し実戦での経験さえ積めば誰もが認める最強パーティーとなれる筈だ。そこに今の俺は相応しくない。
俺の言葉に、パーティーの面々はより一層沈痛な面持ちになった。それはそうだ。信じてついてきたリーダーがこの様なのだ。情けなくてとても見てられないだろう。
「で、でもやっぱり納得できません……! だ、ダメです! 絶対ダメです!」
しばらく黙っていると、耐えかねたという風にとうとうホムラが泣き出してしまった。
他の二人も責めるような、それでいて縋るような視線を向けてくる。
何とも言えない居たたまれなさに俺はたじろぐが、翻意のつもりはない。俺は意を決して口を開いた。
「……分かった。なら、お前らはこのパーティーを追放だ。リーダーは俺なんだ、文句はないな?」
あえて選んだ、突き放すような強い言葉。
ホムラは目を見開いたかと思うと、顔を蒼白にさせて俯いた。か細く漏れる啜り泣きの声に、喉元まで出かかった撤回の言葉を必死に飲み込む。
「……もし」
しばしの沈黙を破ったのはゲルドだった。
「今よりもっと強くなれたら、また俺たちと組んでくれるっすか?」
エルシャもこちらをじっと見つめる。俺がもっと強くなれた時、か……。考えるまでもなく答えは決まっていた。
「……ああ、その時は喜んで。むしろこちらからよろしく頼みたい」
「!」
俺の言葉にふたりが顔を輝かせる。
俺は涙が出そうだった。こんな身勝手で不甲斐ない俺をメンバーは待っていてくれるのだという。きっと、きっと彼らに恥じない実力を身に着けることを俺は心に誓った。
「俺たち、きっともっと強くなるっす! だから待っててくださいっす!」
「お、おう?」
そういって強く頷くふたり。……いや、流石にそんな気合入れてそっちも強くなってたら追いつけるか分からないというか……。
「よっしゃ、そうなったら今日はひとまず最後の祝勝会っす! 大いに騒ぐっすよ!」
「……ええ、そうね。いつまでもクヨクヨしてたらリーダーも困るわよね。ほら、ホムラも」
エルシャに促されてホムラが顔を上げる。幾分か血の気は戻ってきているが、その目は赤く、今も涙が流れている。
「うう……。アデムさん、わたし、わだじぃっ……!」
「あーもう、ほら泣き止んでってば、よしよし。今生の別れってわけじゃないんだから……」
「とにかく、今夜は飲むっすよ! もっと盛り上げるっす!!」
俺の小さな戸惑いは彼らに届くことはなく、少しだけ元気を取り戻した皆が仕切り直す宴の喧騒にかき消されていったのだった。
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