2.放流
「あれ、今日はアデムさんはご一緒ではないんですね」
その日の早朝、冒険者ギルドの受付に立っていた職員、カリネはとあるパーティーの日常と異なる光景を目にし、思わずその疑問を口に出した。
彼らは現在、結成されて1年程とまだ日が浅く、メンバーも若い面々ながら異例の速度で昇格を続ける新進気鋭のパーティーだ。魔法使いのゲルド、狩人のエルシャ、僧侶のホムラ、そして彼ら3人を率いるリーダーの剣士アデム。バランスの良い構成だ。強いて言うならあとひとり程前衛がいてもいいかもしれないが、そこはパーティー唯一の前衛職であるリーダーの手腕なのだろう、その点の問題は聞かない。
とにもかくにも、この今話題のパーティーの仲の良さはギルド職員内でも有名であり、特にメンバーのアデムへの信頼は篤い。平時であれば、だいたい全員揃っているか、アデムと誰かの組み合わせなのだが、今日は珍しいことにアデムだけがいない。
「その件なのだけれど、私たちパーティーを解散することになったの」
「解散って……え、ええぇ!?」
神妙な顔で告げられた言葉に思わず大声が出る。あれだけ関係もよく、実績も積み上げつつあるパーティーが何故突然? しかも彼らはもう少しでAランクに到達するという段階だ。
「ど、どういうことですか?」
カリネが動揺しながらもそう問いかけると、やや表情を曇らせながら、ぽつぽつと事情を語り始めた。
「俺たちの力不足っす……」
「私たち、今までアデムさんを頼り過ぎていたから……」
「それはどういう……」
「今までアデムさんは私たちに合わせて冒険をしてくれていました。そのことに甘えて、私たちは今まで何でもアデムさんに任せてたから……だからきっと愛想を尽かされたんです……」
震える声のホムラは、今にも泣き出してしまいそうだ。
「思えば、アデムさんがあまり稽古をつけてくれなくなったのも、私たちが自分の力で強くなるのを期待していたからなのかもしれないわ……」
エルシャは多分に後悔を含んだ声音でそう言う。実際はアデムが教えられるようなことはとっくの昔になく、稽古をつけたところで、「まぁ……いいんじゃないか?」くらいしか言えなくなっただけなのだが。
「アデムさん一人ならもっと上にだって行けるっす。でも俺たちが足を引っ張ってしまってたっす……。だから、俺たちは一度アデムさんから離れて自分を鍛え直すっす!」
「なるほど……?」
どうにも要領を得ないところがあるが、ようは親離れのようなことだろうか。もともとアデムは一人で活動することの多い冒険者だったのが、問題を抱えていた彼らの面倒を見るようになってから正式なパーティーを組んだのだ。それで、それぞれがもう一人でもやっていけるようになったと判断し、次は自分に頼らなくともやっていけるように一度パーティーを解散、とそんなところだろう。
ははぁ、とカリネは小さく感嘆の息を漏らした。流石はアデムさんだ、と。
このカリネという受付嬢、アデムとそこそこ付き合いが長い。ギルド職員として働き始めの頃、何かと上手く行かずに思い悩んでいた時、アドバイスをくれたり、相談に乗ってもらったりしていたのだ。
彼は人にものを教えるのが上手く、知識も豊富だった。冒険に関わることはもちろん、何故かギルド職員の業務に関しても妙に詳しく、同様にアデムに助けられた職員や冒険者も多かった。面倒見のいい彼は他のギルド職員内での評判もいい。
ただ、アデムが冒険者として明確に迷宮探索で活躍し始めたのは彼らとパーティーを組み始めてからのことなのでカリネとしては思うところもあるのだが、自分が何か口を出すことでもないと判断し、自身の業務を果たすことにする。
「ところで、パーティーの解散後は皆さんどうなさるんですか?」
「ひとまず私たち3人は活動を続けようと思うのだけど……」
「俺たち、3人とも後衛職っすからね」
「はい、なのでまずは誰か前衛職の方を探そうかと」
「なるほど……。ではパーティーを探している前衛職の方を何人かご紹介させていただきますね」
「ええ、お願いするわ」
パーティー解散の手続きを終えた3人に先ほどまでの憂いはすでになく、その瞳には確かな決意の火が宿っていた。
◆
「あ、アデムさん。おはようございます」
「おう、おはよう。カリネ」
パーティー解散の手続きをするため昼前に訪れたギルドの受付で、馴染みの職員に声をかけられた。
「つい先ほどメンバーの方々がいらしてましたよ」
「あれ、そうなのか。ということは……」
「はい、解散の手続きをされていきました」
先に済ましておいてくれたのか。いつも手続きだなんだということは俺が率先してやっていたから、なんだか新鮮な気分だ。同時に、これが最後だと思うと一抹の寂しさも覚えた。
「皆さんは新しい前衛職を加えてパーティー活動を続けるとのことでしたが、アデムさんはどうされますか? 」
「ん、いや、特には考えていないが……そうだな、しばらくはまたひとりでやるとするよ」
そう言い残して受付を離れる。
もとよりパーティーも成り行きで組んだものだ。それがまたひとりに戻るだけだ。
あとまあ、昨日の今日で新しいパーティーにというのも、なんかねぇ? ちょっとあいつらに申し訳ないというか。
ともあれ目的は既に達せられてしまっていたわけだが、このまま何もせずに帰るのも何だな……。
適当に依頼でも取ろうかと考えていた時、賑やかなギルド内にひと際大きな叫び声が響き渡った。
「エド! どういうことだッ!?」
騒ぎのもとは先程まで俺がいたのとは別の受付窓口の前だった。様子を窺う野次馬に交じって俺も踵を返して静観する。
「どうしたもこうしたもないさ。お前とのパーティーを解消したって言ったんだ」
「だから、それがどういうことか僕は聞いているんだ!」
受付前には四人の人影。
その中で、
どうやらパーティー内での不和か何からしい。ギルド内での騒ぎなどさして珍しいわけでもないが、しかしパーティー解散がどうのとは俺にとっては何ともタイムリーな話だ。
「あのな、リンファ。皆お前にはもうついていけないんだよ」
エドの言葉に、パーティーメンバーであろう他のふたりが控えめな頷きを返す。
「ッ! おい!!」
リンファと呼ばれた彼は、フードで表情が窺い知れなくてもその激情が伝わる挙動でふたりに詰め寄ろうとする。
「やめろ!」
「ッ……!」
が、エドがその間に割り込むことで止められた。
「……そういうところだよ。とにかく、もうパーティー登録は解消した。それで話は終わりだ」
「…………」
拳を握りしめ何も言わなくなった少年を尻目に、青年らは一瞥もくれることはなくギルドから去っていった。受付の職員は困り顔だ。
後に残されたのは項垂れたままの彼だけだった。
しばらくの間は皆遠巻きに憐憫、嘲笑、奇異、様々な視線を向けるのみであったが、彼の立つ場所は受付の前だ。用がある者にとっては邪魔でしかないだろう。
「おいあんた、心中は察するけどよぉ……ちょっとどいちゃくれないか」
間もなく、しびれを切らした冒険者の男が彼に声をかけた。
「…………」
「チッ、おい聞いてんのか」
それでも反応のない少年にいら立った冒険者が、彼をやや手荒に押しのける。
「ッ……」
たやすくバランスを崩した彼はそのまま尻餅をついた。そこまで力をいれたつもりはなかったのか男は少し驚いた表情をしたが、なおも反応がない様子を見るとすぐに興味を失ったように受付で会話をし始めた。
……ずっとそこでへたり込んでいるつもりなのだろうか。他の冒険者はもちろんだが、ギルドの職員も彼に関わるつもりはないようだ。別にギルド内で暴れているわけでもなければ不干渉らしい。
俺だってわざわざ面倒事に首を突っ込みたいとは思わないし、当然の対応か。
そう、関わるべきではないしその必要もない。ない、のだが……。
「……はぁ」
俺はひとつため息をつくと、未だ動く気配のない少年のもとへ足を進めた。
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