第21話
「ところで次の休日、本当に僕と買い物につもりはあるか?」
「え?まぁ別に休日やることなんて勉強くらいしか無かったし、その予定も消えたし構わないが……ジャック卿は欲しい物でもあるのか?」
「僕は欲しい物を探しに出掛けるのも好きだが、ただ適当に歩いて欲しい物を探すのも好きなんだ。だからコレと言って明確に欲しい物は答えられないんだが……強いて言うならお前さんとデートをする時間が欲しい。お前さんが本来王子様の為に使う大事な時間を僕に少しだけ分けてくれないか?」
勿論二人きりで、なんて言われてしまいひっくり返ってしまいそうになる。この男には驚かされてばかりだ。
そうだった。この男は私に好意があるのだった。
分かりやすく、しかも高頻度でそれを伝えられて分かりやすく動揺してしまう。キリアン王子は一度のプロポーズだけでその前後に何かあったとか、何を言われたとか、何をされたとかは一切無く、ただただ放置され続けていた。
何度自分から王子の元へ訪れても業務報告だけだったし、何度手紙を送っても返事は無し。それなのにこちらが少しでも王子の好みに合わないことをすればその都度嫌味っぽく言われながら直すように言われていた。
ついこの前まではそれでも幸せだった。王子という職務は忙しいに違いないと思っていたし、手紙も返事は無くても読んでくれているのは分かっていた。手紙に何気無しに書いた花を育て始めた話に対して、貧乏臭いからやめろと業務報告の時に言ってきたのだからそれは間違いない。
比べてしまうのはあまり良くない行為だろうが、そんな王子と5年も過ごしていたのだ。ジャック卿のアプローチの量にいつかパンクしてしまうのではないかと本気で心配してしまう。
でも何故だかそれを嫌に感じない自分も居る。
好きでもない相手からのデートの誘いなんて寝言は寝て言えと突っぱねて無視することもできるだろうに、それをするのを躊躇うということは少なくともジャック卿の事は嫌いではないのだろう。その自覚はちゃんとある。
だがそれはあくまでも同じ騎士としてだ。きっと、たぶん、おそらく。
……もしかしたらそう思い込みたいだけかもしれない。たった一度振られただけで王子から別の男性にすぐに心変わりをするような軽い女だと思われたくないのかもしれない。だからこうして私はまだキリアン王子が一番だと言い張りたいのかもしれない。
もう自分で自分の気持ちが分からない。私は結局今をどう生きたいのだろう。
今私に手を差し伸べてくれている彼にどんな顔でどんな感情でどんな言葉で何を伝えればいいのだろう。
「悪い悪い、またお前さんを困らせちゃったみたいだな。デートなんて大層な言い方をしたが、内容はさっき言ったようにただの買い物だ。日用品を買い足す程度の考えで着いてきてくれるならそれでいいんだ。今はまだそれ以上は望まないさ。」
今はな、今は。とまたしても今を強調される。
その時だけで終わらせたくないかのように振舞う彼の言葉遣いは未来を見据えているようで嫌いじゃない。聞くたびに今すぐじゃなくてもいいのだと焦る気持ちが少しだけ落ち着く感覚がする。
とりあえず現状は王子に振られてほんの少し自由の身なのだ。周りの目とか本当の自分の感情だとか騎士だとか人間性だとか男だとか女だとかそんなのは抜きに流れに身を任されて流されてしまうのも良いのかもしれない。
少なくともジャック卿はそんな私の姿を見ても悪いようには思わないだろう。
「……欲しい本があるんだ。あと、花の種も買いたい。ジャック卿が嫌でないなら洋服も見繕いたい。一日中付き合わせることになってしまうがそれでもいいのなら買い物に付き合ってくれないか?」
「喜んで。むしろ身に余る光栄だな。」
ただの買い物だ。デートなんて耳触りの良いものでもない。
それでも何となく次の休日がほんの少し楽しみに思えた。
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