第15話


取られたままの手をそのまま彼の口元に引き寄せられ、リップ音を鳴らされる。

音だけで唇は触れていなかったにも関わらず熱が集中した。プロポーズをしてくれたキリアン王子ですらこんな事はしてくれなかった。耐性なんてあるはずがない。

思わず勢いに任せて手を引っ込めると、ジャック卿は残念と言葉をこぼしながらもケラケラとこちらの反応を見て笑った。

……調子が狂わされる。

しかし不思議と心は軽くなっており、フられた心の傷は消えずとも明日について冷静に考える事が出来るようにはなっていた。

彼が来てくれるまでは先の未来なんて真っ暗で何も見えなかったというのに。


「さて、流石にもう夜も遅い。女性を一人で帰すのも気が引けるからな、家まで送ろう。」

「馬鹿にしているのか?私はお前と同じ騎士だぞ。」

「別にお前さんを女性扱いして馬鹿にしてるわけじゃない。お前さんが魅力的だから、もう少し一緒にいる口実が欲しいと思ってそれっぽい理由を並べているだけさ。」


本当に私への好意を隠す気は無いのかと驚愕した。

こんなにも歯の浮きそうなセリフをよく淡々と言えるものだなと感心すら覚える。

ひとつひとつがとてもこそばゆくて落ち着かない。だが妙に心地良さも感じる。

涼しい夜風が熱と混ざり、少しぎこちない足取りの合間をすり抜ける。自然と狭くなる歩幅に合わせてくれる彼の横顔は、どことなく幸せそうにも決意を込めているようにも見えた。


「ジャック卿。また、明日。」


家の前に着いて、自然と明日の約束を取り付ける。

本来ならば何も考えずに社交辞令で言ったり別れの挨拶の言葉として流れのまま使ったりする言葉だろうに、今ここで使ったそれは重みを感じて仕方がない。


「あぁ……セシル。また明日な。」


まるで暫く会えないと勘違いしているのではないかと思う程名残惜しそうな声色に思わず吹き出してしまった。

そんな声を出さなくても明日には私も彼も騎士の業務があるというのに変な男だ。


家の扉を完全に閉めるまで、ジャック卿は私に手を振り続けていた。

その顔が少し不安の感情を帯びていたなんて、その時の私は知る由も無かった。

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