第8話
ああ、ああ、ああ、本当に、本当に、筆舌に尽くし難い。
でもこれだけは分かる。私はどうしようもない馬鹿だったのだ。
恋は盲目なんてよく言ったものである。ロマンス小説の読み過ぎでつい絆されてしまったらしい。
一般人の自分が王子に声をかけてもらえた。更にはずっと見ていたなどと言われ、完全に舞い上がってしまった。
詰まる話、私は王子という肩書の男に見初められた一般人の自分……そのシチュエーションに恋をしていただけなのだ。
恋に恋をして5年間、ひたすらに生きてきたなんてとんだ恥さらしだ。穴があったら入りたい。
そんな衝動を抑えながらひたすらに橋の欄干を握る。隣に立っていたジャック卿は私のそんな様子を見て色々と察したらしい。特にこちらを責めたり笑ったりしなかった。今はそれが一番有り難い。
ひたすらにただ、海に消えていく夕日を眺めていた。
いつしかそれは完全に見えなくなり、背後に月が出始めたのだろう。自身の影が海に浮かぶ。
当然そこに自分の表情までは映りはしないが、なんとなく情けなくて腑抜けた顔をしているような気がしてならない。果たして明日からどんな顔をして騎士の業務をすればいいというのだ。
そもそも王子に振られたからと、若い少女に負けたからと、あれだけ努力していたのに妃になれなかったからと馬鹿にされて騎士としての誇りすら打ち砕かれてしまうのではないかとすら思う。
チラリと隣に居るジャック卿の顔色を伺う。
彼は基、私がどんなに努力をしようがしまいが気にしていない様子だった。こちらが昇進しても、手柄を上げても、周りの騎士たちからチヤホヤされるようになっても、こちらを気にせずマイペースにしかし着実にエリートと呼ばれる地位に昇り詰めていた。
しかしながらほぼ変わらぬ立ち位置の人間がここまで急に落ちぶれてしまったら少なからず『ライバルがいなくなってラッキー』と歓喜したり『同じ騎士として恥ずかしい』と不名誉に思ったり『こちらにもシワ寄せがきてしまったらどうしてくれるんだ』と不快に感じたりするかもしれない。
だが彼の表情を見ても何も分からなかった。
こちらの醜態なんて、まるで恥ずかしいものと思ってないかのようだ。
横目で見ただけだからそう見えるのかもしれないと顔をジャック卿へと向けるとバチリと目が合った。
すぐに視線を逸らしたかったが何故か彼の黒い瞳に惹きつけられるかのように、思うような動きができず固まってしまった。
彼は目の形は変えぬまま、ニコリと口元を緩める。そんな何気ない行動すら、こちらが向ける視線を捕らえて離さない。
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