第5話


国と国の外を繋ぐ大きな橋のど真ん中。下に海が広がる美しいこの場所で……ポトリポトリと涙を流した。

数年流していなかった汚い涙を落されても尚、この世界の海は綺麗なままだ。

きっと汚い自分自身を落されても綺麗なままかもしれない。


橋の細い欄干らんかんに足をかけ、背を伸ばす。

体幹が優れているからか全くふらつかない。重心を前に傾けない限り落ちることは無いだろう。

そう、自らの意思で海へと身体を委ねない限り。

ゴクリと息を飲む。私は騎士だ。何度も命を懸けた戦いをしてきたし、死にそうになったことだって何度もあった。その度に恐怖を押し殺して何度も立ち上がったものだった。

そんな私ですら今のこの状況は多少の恐怖を感じる。騎士としてはまだまだ未熟なんだと思い知らされる。

しかし、これから精進しようにも頑張れる自信もとうに失せた。

悲しみに背を丸めそうになる。このまま前かがみに体が傾きかけたが__


「なるほど、ここに立って見る景色は壮観だな。でも僕は海は橋の上よりも橋の下から見るほうが好きだけどな。」


隣から声をかけられ、丸みかけた背が瞬時に伸びる。

騎士である自分が気配を感じなかったなんて……と驚き隣を見ると、納得したと同時に戸惑いの気持ちが増加した。

眩しい銀色の髪に、それに対比する様に真っ黒な瞳。少し小柄だが鍛えているのが分かる体つき__私と同じく橋の欄干に立って海を眺めていたのは騎士の仲間の一人、ジャック・ユルティスだった。

彼は騎士の仲間の中でも自分と同じくエリートに属する程優秀で、唯一騎士の中でも女だからという理由でこちらを馬鹿にしたり贔屓したりしない男でもあった。

そんな彼の事は私なりに騎士として好感は持っていた。しかしだからと言ってベタベタとくっ付いて仕事をしたり話したりはしない関係だ。

だからこそ気配無くここにいることにも納得はいったし、突如話しかけられたことに戸惑った。


「ジャック卿。今見たことはくれぐれも__」

「皆には内密に、か?僕は別に構わないぜ?愛した男にフられた上に別の若い女を引き合いに出されたんじゃ死にたくもなるだろうしさ。」

「な、何故それを……!?」

「何だ、当たってたのか?僕はロマンス小説によくありがちな話を適当に述べただけだったんだけどな。」

「お、お前!私を馬鹿にしているのか!?」

「あぁ、してる。良かったじゃないか。馬鹿にされるような死に方をする前に自分で気付けて。」

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