第4話


城を出て、門を潜り、門番に一つ敬礼。

そのまま真っ直ぐ。とにかく真っ直ぐ歩き続けた。

沢山の店が並ぶ街並みへと姿を変えると、道行く人達から一斉に声がかかる。


『セシルちゃん!今日も見回りかい?いつもありがとうね。』

『セシルさん、今度俺の店でイベントやるんだよ!是非来てくれよ!』

『セシルお姉ちゃん!遊ぼう!』

『セシルお姉ちゃん!お勉強教えて!』

『こらこら、セシルさんはお忙しいんだから、あんまり我儘言っちゃダメよ?すみません、セシルさん。この前はうちの子がお世話になりました。』


暖かい人達。暖かい言葉。私はこの国の人々が大好きだ。


でもこんなに良くしてくれるのはきっと、私が国王と王子公認の妃候補だったからに過ぎないのかもしれない。

もし婚約破棄されてしまい、妃になる女性が別の人になったと知ったら……皆きっと、今の様な扱いはしてくれなくなるだろう。

心が苦しい。ここまで築き上げてきた人間関係すらも簡単に崩されてしまったら、今度こそ心が折れてしまいそうだ。

だがここでもまだ私はドゥメルク王国の騎士だ。善良な民の目の前でみっともない姿を見せるわけにはいかない。

優しく微笑みかけてくれる人々に笑みを向け、いつも通りを貫く。しゃんと背筋を伸ばし、胸を張って真っ直ぐ歩かなくてはならない。そう、民の視線がこちらに向かない場所に辿り着くまで。


何も考えたくない。楽になりたい。消えてしまいたい。


そんな思考で頭が埋め尽くされる。

今まではキリアン王子の為、この国の為、国の民の為に努力する事は苦ではなかった。むしろ生き甲斐にすら感じていた。

しかし一番の頑張る糧だった王子の裏切りを皮切りに全てが失われてしまった。もう何を目標に努力をすればいいのか分からない。

大切なものの為に努力が出来る事。それが私の一番の魅力と言われてきたし、その自負はあった。

だけどもう疲れてしまった。数少ない魅力も消え失せた。

ああ、ああ、本当に、本当に、もう、最悪だ。

まるで昔読んだロマンス小説かのような光景を目の当たりにした瞬間、自分自身がその世界の主人公ではなかったのだと思い知らされた。

あの小説に出てきた主人公もかなり若かった。とても綺麗な容姿をしており、更には聖女のような立ち振る舞いに儚げな印象もあった。

可憐で愛らしく、王子様はそんな少女をこの世の危険から守ろうと何度も悪に立ち向かっていた。

私はどれにも当てはまらない。彼女の様に若いわけではないし、綺麗なブロンドの髪も持っていないし、儚さとは無縁だ。

筋肉と傷で構成された太くたくましい身体付きに、騎士としての凛々しい立ち振る舞い。

王子に守ってもらうどころか、逆に王子を守ろうと躍起になっていた。

どちらかといえば王子側の立ち位置に居るのが私なのかもしれない。そう思える程には私は男らしかった。

何度も何度も自分と相手を比べては落胆を繰り返す。

最初から分かってた事じゃないか。それなのにたった一度妃にしてやるなんて言われただけでここまで努力をし続けて、その結果が今だ。

悔しかった。情けなかった。やるせなかった。

いつの間にか誰もいない場所へと着いていたが、伸ばした背は慣れてしまったが為になかなか崩せない。

何処で誰が見ているか分からないから騎士としての立ち振る舞いはどこであってもし続けなくてはならない……その信念を5年も貫いてきたのだ。当然だ。

だが、今だけはいいだろう。だって5年も頑張ってきたんだ。


本当に一度だけ、一度くらいはいいだろう。

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