第20話
「いいのか? 置いてけぼりだぞ」
「殿を務めただけのことッ。長官と未来の希望の為、この身を此処に沈めることすらッ、厭わぬ‼」
肩を見るためですら見上げなくてはいけない程膨れ上がった体躯。鬼の持つ力のひとつだ。私生活で不便になる程の筋肉を有する鬼は、文化的な生活に適応するために身体を萎める術を会得した。それを解き放てば体躯は二倍近くに膨れ上がる。
そんな強大な握り拳は俺の手のひらより大きく、受け止めるには無茶なことだろう。
腕の太さで言えば四倍程か。筋肉量というのは押し合いにおいて絶対的な差を生み出す。なら、筋肉の塊といえる鬼に純粋な筋力勝負で勝てる種族はまずいない。一握りなんてレベルじゃない程に。
ただ、相手が悪かった。
「ぬうっ⁉」
片手。片手で振るわれた拳なら止めるのも片手で十分だ。
「暴れすぎだ」
人にとって、死と同義である鬼の拳を受け止める。踏ん張る為のフローリングはひび割れ、砕ける。
普通の人間が鬼の拳を一時止められても、背骨か足が先に逝くだろう。ただの人間ならな。
「――《
ごぽっ。と空いている掌から紅い血が零れだしていく。
血液を操る力。鬼の肉体圧縮と同じ種族特有の力。特質。
それで生み出される
ただの杖というわけではなく、触れていないところで
「ほら、よッ」
鬼の巨躯が浮く。杖で体の軸を突き浮かせる。重いが突くべきポイントを見誤らなければ力を使えば、できないことではない。
ようやくあの天使が外に出てくれたおかげで止めがゆっくりできる。あんまり暴れすぎると壊しすぎだと怒られてしまう。だから完全に一対一になったのはありがたい。
「ユキ、いつまで寝てんだ」
椅子と机はすでに壊れた。バカが好き勝手に拳を振るうもんで。
まだ意識が戻りきっていないユキに近寄ってやれば軽く頭をひっぱたく。そんなことをしていたら当然、拳が振り下ろされるわけでそれを受け止めてやる。
そこでようやくユキは目を開いたわけだが。
「ほら、外に逃げていったから追いに行け」
「っ、ごめんなさい。急ぎます」
抑えていた拳を流し、追撃の一撃を弾けば、その間にユキは外に向かって駆け出していった。
扉を出ていった後に、その後ろ姿は消えて天使のところに行けたのだと確信する。
「ほら、早く俺をどうにかしねえと、お前んところの次世代が負けちまうぞ」
「彼奴は負けん。少なくとも菜の河ユキには」
「なめ過ぎだ。ばぁか」
幾つもの拳の雨を左右だけの動きで避けていく。時々手で弾いてやったり、カウンターを打ち込んでやったり。半分遊んでいる気分だ。俺一人を体力の続く限り抑えておくつもりだったのだろうが、ユキが動き出したことでそっちに行きたいのだろう。打ち込んでくる拳は速度がどんどんと上がって攻撃に熱が入っている。だが。
「知恵不足だ、出直してこい」
渾身の一撃のつもりなのか、大振りの一撃が繰り出される。細かに打った連撃ですら避けられているのに、どうしてそんな大振りを振るうのだろうか。
回転をかけた回避で勢いをつけ、空を切った大振りの一撃で空いた隙にカウンターを一発。
常人がこれをしても、別に大した一撃にならないだろうが、残念ながら純粋な人間ではないもので。
腹に拳が沈んでいく。鬼人種の筋肉はだいぶ強靭だが、強固だとは思えなかった。
「後、トレーニングもだ」
鬼人種の男は血と吐しゃ物が入り混じったものを吐き出したが、そんなもんを頭から被りたくはない。
振るった手から血を溢れさせ、膜を作る。吐き出されたものがその上に落ち、血の膜に包まれていく。男が倒れる音を聞きながら指をならせば血膜の袋が炎に変わり、血混じりの吐しゃ物を焼き消していく。
「人類相手で満足するなら、そのままで十分だとは思うがな」
さて、どうしようか。遊びすぎたな。樫野は帰していいが、涼は取り戻さねぇと。
ユキが行ったしわざわざ手を出しに行くのも面倒だが、ユキがあれに勝てるとは限らない。無理とは思わないがそこそこの苦戦をするだろう。だからひとつ、手助けをしてあげよう。
自身の血を使って鳥を形成してみる。そこそこ出来がいいのではないだろうか。
指先に留まらせていたその鳥を飛ばしてやる。自分で作ったものだ、意志なんてものはないし俺が動かしてやっているのだが、やっぱり面倒だ。
せっかく精工に作った鳥を変化させ、太刀筋のような形に変えてやる。だが、それは大空を飛ぶ鳥のように宙を舞って外に出ていく。
「飛閃しろ――《
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