第21話 作戦はちょっとえっちです

 仁村が私の家に泊まることになった。

 お母さんが全ての元凶なのは分かっている。けど、あそこで断りきれなかった仁村にも非がある。


 一応表面だけでも謝ろうと思って口を開いたのだけれど、案の定自分の非を認めてくれた仁村は隣でお水をがぶ飲み中。

 お水ってそんなに美味しい?なんてことを思いながらも、目から光が消えていくのが分かった。


 まるで学校での振る舞いのような、己の感情を隠す顔。

 今日見なかった顔が、今私の前に現れている。


 別にこの顔を見たって変な感情は湧かない。哀れとも思わないし、苛立ちも湧かない。

 けど、その顔よりもずっと私に見せていたあの顔のほうが似合ってると思う。


 グビッとお水を飲み込んだ私は空のコップを机に置き、キッチンへと戻ったお母さんを見ながら口を開く。


「仁村くんってどこで寝るの?」


 当たりどころのない会話の始まり。けど、この泊りに関しては大きな内容。

 まぁでも、お母さんが言おうとする答えは分かっている。


「澄麗のベッドに決まってるじゃない」

「えー!お父さんのベッドじゃダメなの!?」


 大げさに反応を見せる私と同じように、隣の仁村も大きく目を見開いて「そうっすよ!」とこれまた当たりどころのない言葉を発する。


 仁村を私の家に連れ込んだ以上、こうなることは分かっていた。

 仁村が言った通り『負けが確定している試合もある』ということだ。


 ここでどんなに抗おうが、お母さんは是が非でも私たちを2人で寝させるだろう。終いにはお父さんに電話だってするはずだ。

 だから私は表面上だけは『嫌だ』と示し、横目で仁村の様子を窺っていた。


 さすれば、案の定仁村は諦めたように息を吐いて肩を竦め始める。


「分かりましたよ……。中越さんが良いって言うなら寝ますよ……」

「なら大丈夫ね!澄麗は許可出してるわ!」

「まだなにも言ってませんけど!?」


 なんて、騒がしい言葉たちがリビングを包む。

 偽りの言葉だけを口に出して、極限まで心を殺して。


 こうして一緒に寝ることが確定した今だからこそ言う。

 私はこれから、この男を暗殺する。

 自分の身体を捨ててこの男を始末する。


 そのためにも、今日楽しんだこの心を殺さなければならない。

 少しでも情が湧いてしまえばこの作戦は失敗する。ちょっとでも気を許したらこの作戦は失敗する。


 初めての試み。けれど、相手は男。それも年頃の。

 私が我慢すれば絶対に成功できる作戦。ここで終止符を打ち、暗殺者として立派になる。


 それがどんな手であろうと、この男を始末する。

 そこから私の暗殺者人生が進むのだ。





 お風呂から上がり、髪を乾かし終えた私たちはリビングでテレビを見ていた。

 お母さんは未だにキッチンに立ち、明日のご飯の準備をしている。


 そろそろお風呂に入ってほしいのだけれど……そんな気配は微塵も感じない。

 暗殺に使う道具はお父さんに貰ったやつがある。けれど、なにも知らない母親がいる目の前で暗殺は行えない。


 ……まぁ、家に泊まりに来てる人を暗殺する時点でちゃんと言わないといけないんだけどね。

 でもそれは事が終わった後に伝える。考えたくはないけど、一応失敗という道もあるのだから。


「あっ言い忘れてたけど、私この後また飲みに行くから〜」

「また?さっきまで飲んでたんじゃないの?」

「もう酔いは覚めたから大丈夫〜」

「ほんと……?」

「ほんとほんと〜」


 なんともタイムリーな母親の言葉。

 酔っているのか酔っていないのかもわからない、のほほんとした口調なのだが、決して止めることはない。


「すぐ行くの?」

「これが終わったらね〜」

「分かった」


 かれこれ30分ぐらい仕込みをしてるのを見るに、そろそろ終わるはずだ。

 だったら場を整えるためにそろそろ仁村を私の部屋に連れて行こう。


 ツンツンっとテレビに集中する仁村の腕を突く私は、どことなく重たい瞳を持ち上げて顔を見やる。


「そろそろ部屋行こ?眠たいかも」

「……あいよ」


 どことなく赤くなった頬を気にするわけでもなく、テレビの電源を消した仁村は眠たそうに言葉を返してくる。

 そんな言葉に続くように私は腰を上げ、仁村の前を歩いてリビングを後にした。


 私が今回行う暗殺術はかなり刺激が強い。

 皆まで言わなくても分かると思うけど、私はこれからこの男を襲う。お母さんが家を後にした途端この男のことを襲う――つまり、エッチをする。


 かなりぶっ飛んだ思考だとは自分でも思う。けど、年頃の男相手にはこれが一番手っ取り早いと思ったのだ。

 それに、お父さんが作った避妊道具を使えば暗殺も容易い。


 実際に中身を見てないからわからないけど、お父さんの説明だとゴムの内側にジェルがあり、そのジェルを毒に変えたとかなんだとか。

 私自身初めて使うものだからあまりわからないけど……このチャンスを見逃すわけには行かない。


 筋力差があったとしても、絶対襲う。

 さっさと終わらせて楽になりたい。


 なんてことを思いながら、階段を登る私はハタハタと服を仰ぐ。


「なんかあっついね?」


 もちろんこの行為は色気を出すもの……なのだけれど、結構本当に暑い。

 室内気温はまだ26度ぐらい。なのにも関わらず、身体は異常に暑く、気を許せっば汗がでてしまうほど。


 お風呂の余韻があるとも思えないし、この一瞬で熱が出たとも考えにくい。……だったらなに?

 色々な憶測が頭の中で飛び交うが答えは出ず、私同様に服を仰ぐ仁村に耳を傾けた。


「だよな。でもただ暑いってわけじゃないんだよな……。なんかこう血が燃えるような、物寂しさがあるような……」


 体温を測るように赤い顔に手を当てる仁村は目を顰め、同時にこの暑さの考察を立て始める。

 階段を登り終えた私も同じように思考を張り巡らせるのだが、やっぱり答えはでない。


 でも、分かったことがいくつかある。

 まず1つ目は仁村と同じ症状を私が負っているということ。

 そして2つ目が……なんというか、すっごくムラっとする……。


 確かにこれからこの男を襲うって決めたよ?でもこんな感情が出てくるのはおかしくない?

 だって暗殺のために襲うんだよ?それなのになんで?なんでこの男を見ようとするの?


 顎に添える手にグッと力を込め、なんとか顔を固定する私だけれど、思考とは他所に身体は隣の男を求めるばかり。

 少しでも油断してしまえば誰かに操られるような気がして、少しでも気を許せばこの男の顔をジッと見る気がして、ただこの状況が怖かった。


 初めて触る感情がただ怖く、思考を置いていこうとする身体が気味悪い。

 今の私は本当の私なんだろうか。ここは夢ではないのだろうか。そう思ってしまうほどに、この感覚に怖気を抱いていた。


 なんとかして自分を落ち着けようと腕を擦ってみるが、感じるのは高くなった体温だけ。

 怖気を感じさせないほどに身体は暑く、鳥肌のひとつもない。


 ――暗殺……できないかも……。


 この状況を良い方に言えば勢いで襲えるだろう。けど、意思がないその身体に暗殺ができるのだろうか。ちゃんとゴムを付けてくれるだろうか。


 暗殺者たるもの、こんな感情に負けてはいけない。

 そんなことぐらい分かってる。分かってるけど……こうして抑え込むので精一杯だった。


「……とりあえず、お邪魔します……かな?」


 部屋の前で立ち止まった私の隣で言ってきたのは仁村。どんな顔をしているのかは分からないけど、多分困惑しているのだろう。

 そんな詰まり詰まりの声が全てを物語っていた。


「そう……だね」


 堪えるように口を開いた私はドアノブを握り、やおらに回して扉を開く。


 今の本音を言うのなら、この男と一緒に寝たくない。

 私がなにを知れすかも分からない今、絶対一緒に寝たらダメだと頭が何度も命令している。


 のにも関わらず、こうして扉を開いたということは、私の身体は一緒に寝たいと言っているのだ。

 ……今だけはほんとうにこの身体が嫌い。


 電気をつけ、チラッと避妊具がある机を一瞥した後私はベッドへと歩いていく。

 そんな私とは違い、足を止めた仁村は目を合わせることなく口を開いた。


「その……なんだ?ちょっと体調が悪いかも……しれん……」

「私も悪いから……大丈夫」

「なんの大丈夫だよ……」


 自分のことで精一杯だったからか、完全に頭からスッポ抜けていた。

 この男も私と同じ症状を持ってる。だからこんなに苦しそうな声で……そして距離を取っているんだ。


 だったら私も我慢しないと……。こんな感情に怖気を抱くんじゃなくて、しっかりと対抗しないと……。

 そのためにも、ちゃんと目を合わせて会話を試みよ――


「――入るよ〜」

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