第20話 慣れたように振る舞う
家をつくまでに色々と自己紹介を済ませ、中越母――改め、中越
それ以外には専業主婦だとか中越の小さい頃のエピソードだとか、全く持って興味がわかない話を聞かされたが……これも我慢だ。
暗殺者たるもの、こういう場面で自我を出してはいけない。
要するに、どんな状況でも我慢しろってことだ。これは父さんがよく口にしていた言葉。
『思ったことをすぐ口にするのは良くない』だとか『乙女心を大切にしなさい』だとか、本当に必要か?と思う言葉も何個かあったものの、ちゃんと心に刻まれている言葉。
だからちゃんとすべての内容を覚えてこの家へとやってきたわけなのだが――
「それでさー?澄麗ったらこんなに可愛いのに彼氏できたことなくてね〜?」
「お母さん!それは言わなくていいじゃん!てか仁村くんは彼氏じゃないから!」
――なげぇ……。
懲りずに長々と、多分1時間ぐらいずっと1人で……いやたまに中越がツッコミ入れてるけど、ほとんど1人で口を動かしてる。
けれど当然表情には出せないので、「へ〜そうなんすね〜」と適当な相槌を打ちながら開かれた玄関を潜る。
そうして訪れたリビング。相変わらず話が絶えない由美さんはキッチンへと入り「なにかいる〜?」と冷蔵庫を開きながら問いかけてきた。
「あ、ではお水を」
「は〜い」
ホワホワとした言葉だけがリビングには響き、明らかに口数が少ない中越は居心地が悪そうにソファーに腰を下ろす。
何度も由美さんが言ってる通り、こいつは家に友人を招き入れたことがない。だからなにをすればいいのか分からないのだろう。
ちなみに俺もクラスメイトの家に来るのは初めてだ。だからなにをすればいいのかさっぱり分からん。
ましてや泊まりだしな。なんてことを思いながら扉の前で動けなくなる俺。
そんな俺に、背もたれに腕をおいた中越は慣れない手つきで手招きをしてくる。
「そんなところ立ってないでこっちおいで?」
そんな慣れない手つきとは裏腹に、どことなく先輩面を感じる中越の言葉。
そこでなんとなくなのだが、こいつがなにを考えているのかが分かった。
「おう」と軽く言葉を返した俺も平然を装ってソファーへと歩き出す俺。
多分、こいつは俺に対して強がっている。
『私は慣れてますよ〜』『連れてきたことはないけど、これぐらいのことは出来ますよ〜』と言う声が顔や言葉の節々から溢れ出ているのが見え見えだ。
「遅くなったけど、ごめんね?お母さんが変なこと言っちゃって」
「それはまぁ……断れなかった俺にも非があるし、中越が謝ることじゃないよ」
――実際迷惑だったがな?いきなり泊まれと言われて迷惑この上ないけどな?
そんな俺の思考なんて他所に、背もたれに体重を預けた中越は安堵の息を吐きながらニコッとはにかみ、
「だよね〜」
「……お世辞だということを知れ」
「えぇ?聞こえな〜い」
まるで学校での中越を彷彿させる言葉が宙を舞う。
幾度となく見た赤面を忘れさせるような、記憶から落とされるような、どことなく偽りを感じる言葉が胸に刺さる。
学校での中越と、今日見た中越とでは歴然と言わんばかりに性格が違った。学校で見る中越を一言で表すならば『策士』だ。
まぁ出会い方もあったのだろうが、かなり頭が切れるやつだと踏んでいたのだが、今の印象は『初心』と言ったところだろう。
事あるごとに頬を赤らめ、慣れてませんと言わんばかりの態度を取っては覚束ない言葉を並べる。
学校での中越とは似ても似つかないそんな姿に、最初こそは首を傾げていた。
だが、今こうして変な感情が胸に刺さっている。
その観点を見るに、多分俺は学校での中越を嫌っているのだろう。刹那に赤面となる中越に何らかの感情を抱いているのだろう。
「は〜い、お水持ってきたよ〜」
「ありがとうございます」
ソファーの前にある机にコトンっと音を立ててコップを置いてくれる由美さん。
至極透明なコップに包まれているこれまた透明な水は波紋のひとつもない純粋な水。
ごく一般家庭に警戒心を払う必要はないのだが、暗殺者としての癖というものだ。
誰かに飲み物を出されたら毒が入っているかどうかを確かめるのが当然。暗殺対象の母親となれば特に。
先に中越が喉に液体を通してから俺も唇を付けて喉を潤わせる。
味もなにもなく、ただの浄水。一口目でそう理解した俺は、いっきにコップいっぱいの水を胃の中へと通した。
中越に抱いている感情を流し込むように。これから暗殺を行う決意とともに。
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