第18話 当然暗殺は
電話を終え、扉を引いた私はチーズの香りに包まれながら足を動かす。
チーズという表現をしたからには今の私が温厚なのかと思うけれど――周りには温厚そのものですと言わんばかりの表情を見せているけど、私の内心はすごく苛立っていた。
というのも、先ほどの電話相手であるお母さんが口にした一言。というよりかけてきた理由にうんざりしたからだ。
だって電話に出ての一言目が『彼氏とのデート楽しい〜?』だったのよ!?なーにが彼氏よ!誰があんな男と付き合うっていうの!というかなんで知ってるの!
それで他にも用事があるかと思えば『私も今外にいるから会うかもね〜』って……会うわけ無いでしょうが!このお店は私の家からかなり遠いよ?電車なら二駅分離れてる!
それで会うわけがないでしょうが!
こんなことを頭の中でぶつぶつと言っているけど、当然お母さんにも言おうとしたよ?
けど、自分の言いたいことが終わるや否やブッチするんだもん!私がなにか言う前にブッチしたんだもん!
怒らないわけなくない!?帰ったら怒鳴りつけてやるんだから!
苛立つ感情を心の奥底で爆発させながら、けれど表情に出さない私はこれまた丁重にパスタを食べずに待っていた仁村の対面へと腰を下ろした。
どことなく深刻そうにも見える面持ちは私のことを捉えるや否や頬を吊り上げた。
「おかえり。だいぶ早かったね?」
「お母さんが悪戯電話かけただけだからね……」
確かに真顔だった仁村なのだけれど、会話した感じはいつも通り。
なにかを隠している様子もなく、ただ私を真顔で待っていただけなのかもしれない。
そんな仁村から苦笑を浮かべた私はカルボナーラへと視線を下ろし、フォークとスプーンを持ち直して粉チーズが目立つパスタを巻き始めた。
「さすがにちょっと冷めちゃったかな?」
「かもな。でも冷めてても美味いぞ?」
「おっ、それは楽しみだねぇ」
母への苛立ちはどこへ行ったのやら。
完全にパスタへと気を取られてしまった私は、念の為フーフーと息を吹きかけてパスタを頬張った。
「ん〜おいひ」
チーズとミルクのまろやかさがしつこくもなければ甘すぎることもなく、ベーコンを噛めば噛むほど出てくる塩味を優しく包みこんでくれる。
ん〜ほんと美味しい。
良い店を教えてもらった〜。また今度1人で来よ〜。
上機嫌に、自分でも分かるほどに頬を緩ませる私はホワホワとした思考でパスタを食べ続ける。
そんな私を見てか、唖然とする仁村はジッとこちらを見てきた。
「なにー?」
「あー……いや、うん。美味しいなら良かった。紹介した甲斐があったよ」
「ほんとありがとね〜」
◇ ◇
モキュッモキュッとまるでリスかのように頬いっぱいに入れ込んだパスタを、これまた美味しそうに食べる中越は分かりやすく頬を緩めた。
……なんかこいつ死なないんだけど?
そんな様子を目に入れればこの疑問が湧いてくるのも自然の摂理。
俺は確かにあのパスタに毒薬を入れた。そしてあいつは毒入りパスタを頬張って体内に入れた。
ならすぐに倒れるはずだぞ?首を抑えて悶え苦しむはずだぞ?なんで倒れないんだ!
フォークとスプーンを握った両手に無意識に力が入る。
憎しみからか、それとも悔しさからか、はたまた驚きからかはわからない。でも、俺の勇気が踏みにじられた気がしてたまらなかった。
どれだけの葛藤を得て毒を盛ったと思ってるんだ。
どれだけお前のことを考えて暗殺しようと思ったことか。
どれだけ中越のことを考えたことか!!
今でも渦巻く変な感情。
毒を盛ってからは感じなかったはずの変な感情が再度湧いてくるのに嫌悪を抱く。
だって、その変な感情から漏れ出す安心感が酷く憎いのだから。
「あれ?仁村くんは食べないの?」
「食べるよ。美味しそうに食べる中越さんを見てただけ」
「そっかそっか〜」
当然、嫌悪を顔に出すわけには行かないので平然を装ってパスタを巻き始める。
こうして今、頬を緩ませた中越が俺に問いかけている。
ということは、俺の暗殺は失敗に終わってしまったということ。
認めたくない事実。だが、変わらない事実でもある。
なんで失敗したのかなんてわからない。もしかしたらこいつに毒耐性があったのかもしれないし、カルボナーラの中に解毒剤が仕込まれていたのかもしれない。
やおらにパスタを口元に持っていくと、ため息交じりに口を開けて口周りにつかないように食べる。
そして、変わらず美味しいカルボナーラを味わった。
暗殺者でありながら、2度も暗殺を失敗してしまった。
それも、同じ人物が関係している中で。
なんという屈辱。
なんという悔しさ。
暗殺者として恥じらうべき。
帰ったら父さんになんて言われるんだろうな……。
そんな事を考えながら、憂鬱な気を背負ってカルボナーラを食べ続けるのだった。
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