第16話 道連れ作戦

 服屋を後にしてもなお手首を捕まえてくる中越にシラけた目を向ける。


 ――なんかしらんけど照れてきた。


 頬だけでなく、耳まで真っ赤にさせた中越は分かりやすく照れていた。

 俺のなににやられたのかは知らん。笑った所にやられたのか、はたまた奢ってくれた所にやられたのか。


 けど、これだけは言える。

 こいつほんとに可愛――じゃなくて……ちょろいな?


 他の男にもこんなすぐに頬を赤らめるのかどうかはわからない。でも、学校でのこいつからしてこんなに頬を赤らめるのは珍しい気がした。

 どことなく偽っている気がして、けれど本音も混じっている気がして。掴みにくいイメージしかなかった中越が、今現在俺の目の前で盛大に頬を赤らめているのだ。


 いやまぁ確かにこの前の弁当事件でもこいつは照れてたけどさ?その時はとことん褒めたら照れたじゃん。

 でも今回は褒めに対しては照れず、その後のどこかしらで照れたんだ。


 だからこの前の照れも、本音に偽った演技――だなんて一瞬でも考える俺がいたのだが、そんな思考はどこへやら。

 今では服が入っている紙袋を片手に、ズシズシとショッピングモールを後にした中越にシラけた目を向けていた。


「なぁ中越さん。俺より前に立ってレストランに行けるのか?」


 多分、今の中越について言及すればこの女は激怒する。

 そんな経験はないのだが、暗殺者としての勘――男としての勘がピンピンと働いていた。

 だから顔になんて出てませんよ〜と言い張るべく表情を整えて言葉を口にしたのだ。


「あぇ、あぁ……うん、そうだね」


 歯切れの悪い言葉が立ち止まってこちらを振り向むく中越から出てくる。が、これまた分かりやすいことに俺の目を見てくれない。

 学校では男慣れしてるんだなと思ったのだが……案外ピュアなんだな?こいつ。

 そんな感想を胸に、チラッと未だに掴まれている手首に視線を落とす。


「というか手首掴んだままなんだが?」

「あっ、ごめん……。つい無意識に……」

「いや別にいいよ。気にしてない」


 ――もちろん嘘だ。

 女の子らしい小さな手が、誰にも握られることがなかった俺の手が、いま彼女によって握られているのだ。


 そんなの気にしないわけがない。

 表情を出さないのはお手の物。だが、精神状態を保てるかどうかは別物だ。


 現に、今の俺の心拍数は100を容易に超えているだろう。それぐらい、この目を泳がせている女が愛お――ってなに考えてるんだ俺は!

 気にしてない!うん、断じて気にしてない!


 脳内に稀に湧いて現る知らない自分をコブシで打ち消し、いつものように平然を装って――


「ほ、ほんと?なら……もうちょっと繋いでて……いい?」


 ――突然のことだった。

 目を泳がせながらも、けれどしっかりと俺に向けて手のひらを伸ばしてくる中越が、まるで恋人にお願いするように言ってきたのは。

 危うく見開きそうになる目を制御できたが、更に早くなる鼓動を制御することは困難に覆われた。


「…………いいぞ」


 絞り出すような声。そして震える手だけは制御しながらやおらに乗せてやる。

 この行動は、暗殺者としてあるまじき行動。もちろん自分でもそんなことぐらいわかってる。


 わかってるんだが……その時の俺には断るという選択肢がなかった。

 なぜかって?……死ぬほど動揺してたから反射的に頷いたんだよ……。


 ギュッと手を握ってやれば、ふにっと柔らかな感触が手に伝わり、更に鼓動を早くさせる。

 無性に顔が熱くて、今すぐにでもこの女から目を背けたくなるほどに。


 でも、人は自分よりも焦っている人を見れば安静になるという。それと同じ原理なのだろう。

 俺と手を繋いだ彼女は、爆発するのではないかと思うほどに真っ赤にした頬を背けてきたのだ。


 まるで学校での姿とはかけ離れた表情で、そんなギャップ的な姿が堪らなく可愛――って違う!やめろ!?変な俺やめろ!?これはあれだ!そう!脅しだ!

 そう!脅して手を繋ぎたいと言っているのだ!


 ブンブンっと今度は内心だけでなく、表でも顔を勢いよく振る俺は邪推を飛ばし、こちらの様子にも気づかない中越を横目に見下ろす。

 そして手のひらが湿らないことを意識しながら、先行するように中越と隣歩く。


 どこでこの手を離そうか考えながら。



  ♡  ♡



 私だけがただ恥ずかしがるなんて悔しい。


 だから!秘技――道連れよ!


 チラチラと恥じらいながら相手の目を見て、学校でのギャップ萌えを感じさせる!そして手を繋ぎたいとわがままを言って動揺させる作戦――だけだったはずなんだけれど……なんで?


 今、私はこの男と手を繋いでいる。

 まるでカップルであるかのように、まるで好きであるかのように。


 なんでこの男は了承しちゃったの?

 冗談じゃん。誰が見ても冗談じゃん!私たちまだ会って間もないんだよ?なのに手を繋ぎたいなんて言うわけ無いじゃん!好きじゃないんだから!

 というか恥ずかしいなら繋がないでよね!?


 尻目に見えるのはいつもの無表情からは想像のつかない耳まで赤くなった仁村の顔。けれど、自分では気づいていないのか飄々と真顔を貫いている。

 そんな彼の姿が面白く、この繋いでる手からも落ち着きが得られる――じゃない!落ち着きなんて得られないし面白くもない!


 テレビで見るお笑い芸人にも笑わなかったし、お父さんやお母さんにも落ち着かなかった。なのにも関わらず、この男なんかに落ち着くわけがない。

 暗殺者である手前、誰かに落ち着きを得るということは油断を意味している。


 私は誰にも油断なんてしない。ましてや私の存在を知られているこの男なんかに油断なんてして溜まるものか。

 だから、その気持を克服しようとチラッと仁村を見やり――バチッと視線が交差した。


「は、恥ずかしいね?これ」


 慌てて背けようとする視線をグッと堪え、今できる最大限の笑みを浮かべて演技をする。

 すると、仁村は対抗するように笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「だな。流石にちょっとな」


 顔は赤い。けれどもどこか余裕を感じる笑み。

 慣れていないのは私だけ?なんて対抗心が胸中で燃え盛るけれど、今はそんなことを考える暇はない。


 今すぐにでも、どうにかしてこの手を離さなければならない。

 じゃないと暗殺者としての威厳が無くなるどころか、私がどうかなっちゃいそうなのだ。


 グルグルと心のなかでは対抗心以外の嬉しいような、楽しいような、けれどそれを否定する自分がいて――とまぁ、グチャグチャな感情が心の中で暴れまわっているのだ。

 だから一刻も早くこの手を離さないといけないんだけど……誘った手前、離す理由付けが出来ないでいた。


「ま、まさか繋がれるとは〜」なんて言葉を繋いですぐの時に言えば離してくれただろう。

 でも、あまりにも動揺しすぎて言葉が出てこなかった。ただ目をそらすことしかできなかった。


 もう!数秒前の私!なんであんなこと言っちゃったの!

 なにが『道連れ』だ!私の誰にも触れられたことがない神聖な手が……。もし運命の人に出会ったら捧げようと思ってた私の手がこんな男に……。


「とりあえずレストラン行きましょうか」

「そうですね。行きましょう」


 なぜか敬語になる私は視線をそらすことなく、第六感で前から来る人々を避けながら、なにも思ってませんよというアピールをするために相手の目だけを見る。


 仁村も私の目を見てきているが、そんなのはどうだっていい。

 私にその気がないって分かってくれればそれで良い。けど、絶対に始末してやる。


 私の初めてを奪った男だろうが、関係ない。

 暗殺者として、絶対にその命を頂戴するから。


 ふつふつと湧き上がる怒り。されど羞恥は静まることなく、結局レストランに入るまでこの手は繋ぎっぱなしだったのだ。

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