第15話 ギャップでやられた?

 目の前でふむふむと満足そうに頷く仁村。

 そんな仁村に、心の中だけで険しい視線を送る私は身体を捩って着飾る服を見下ろす。


 ……自信ないんじゃなかったの?

 今着ている服に満足はしている……けど、自信ないんじゃなかったの?


 私はあまりボーイッシュな服は着飾らない。

 確かにボーイッシュは動きやすくて簡単なのだと思う。でも、お母さんが買ってくる服の中にボーイッシュ系なんてひとつもないのだ。


 だから着飾ろうにも着飾れず、時間が過ぎる度にボーイッシュのことなんて忘れて動きづらい清楚系の服へと手を伸ばしていた。


 ……だからだろう。余計に私がこの服を気に入ってしまったのは。

 そして何度も言う。私はこの服に満足している。けど、それと同じぐらい不服なのだ。


「やっぱ仁村くんファッションセンス良いじゃん」


 口だけではそう言う。

 されど本音は、なんで私よりもファッションセンス良いの?という純粋な嫉妬。そして、なんで女性物のファッションが分かるの?という疑問。


 薄々この男が女慣れしているということは分かっていた。私なんかとは違って。

 学校ではそんな動作は微塵も感じられなかったのに、2人きりになれば度々この男は優しくなる。


 それが堪らなく不服なのだ。

 確かに今は自分への尻拭いというていで遊んでいる。けど、私と遊んでいる事実に変わりはない。


 なのにも関わらず、この男は他の女で授かった慣れを、揚々と私に対して使ってくるのだ。

 脅している立場でありながら、私のことをまるで1人の女性としてみるように。


 暗殺者だということを知ってもなお、この男は私に優しさを見せる。

 その事実が堪らなく不服なのだ。


 あまりにも愚鈍すぎて。


 脅している立場なのなら命令するなりなんなりすればいい。されどそれをしないということは、純粋に私との距離を近づけようとしている。

 その行動がほんっとうにバカだと思ってしまう。


 腕を組み、未だにふむふむと頷く仁村を白けた目つきで見やった後、すぐに表情を取り繕って言葉を紡ぐ。


「これも買って良い?」

「もちろんだ」

「やった」


 見せつけるようにガッツポーズを決める私。

 この男は宣言通りになんでも奢ってくれる。まともに値段なんて見ず、私の要望に微笑みを浮かべて縦に頭を振る。


 私としたら嬉しいよ?何でも買ってくれて、ボーイッシュコーデにも出会ったんだからこの上なく嬉しいよ?

 でもさ、なんでこんなに尽くしてくれるの?


 ただ純粋な疑問。

 本人に聞いて良いものなのか迷える疑問は、ただ私の脳内で渦巻くばかり。


「んじゃ、着替えてくるね」と言い放った私は仁村の前から姿を消し、カーテンがちゃんと閉まっていることを確認してからコテンと鏡におでこをくっつける。


「……これ以上はちょっと……まずいかも」


 不意に出てくる小さな言葉。

 そしてこの言葉と同じように湧き上がってくる胸の高鳴り。

 これまで味わってこなかったからか、彼の優しさが新鮮に感じてしまう。


 きっとそれのせいだ。この胸の高鳴りはそのせいだ。

 私が優しさに慣れていないから動揺してるんだ。

 うん!絶対そう!


 何度か鏡を曇らせた私は、自分の胸に手を当てて鼓動が収まるのを待つ。

 頭を空っぽにして、騒音なんかに触れず、風すら感じることもなく、ただ自分の胸を落ち着かせる。

 まるで暗殺デビュー前日のように。


 そうして高鳴りが落ち着いたのを感じ取った私はおでこを離し、カッターシャツを脱いでハンガーに掛けた。


「おまたせ〜」


 カーテンから姿を現せた私は、いつものようにキャラを作って言う。

 靴を履き、籠を手に持った私は仁村の隣に立つ。

 さすれば、小首をかしげる仁村は私のことを見下ろし、


「それだけでいいのか?」

「人のお金で買いすぎるのはね……」

「俺は全然いいぞ?もっと買ってくれて」

「さ、流石に大丈夫です!私の罪悪感も考慮してくださいー!」


 唇を引き伸ばし、前かがみになる私はまるで子どものような演技をする。

 男というものは、何かしらのギャップがあったら落ちるという。


 学校での私は自分で言うのもなんだが子どもっぽさは微塵もなく、明るいけれど真面目なキャラを通している。

 だからこの動作にもギャップを感じると思うんだけど……この男、ほんと表情変えないわね……。


 視線を泳がせることもなく、頬も赤らめることもなく、ただ私の顔と籠の中を交互に見やるだけ。

 確かに「ハハッ」と笑う仁村なのだが、それ以外にはなにも――


「――って待って?今笑った?」


 見間違いじゃない。

 私が見間違えるはずがない!

 今、確かにこの男は笑った!


 瞬間、抑えていた胸の高鳴りが溢れ返し、今の私は素で飛び出した笑顔を披露しているだろう。

 そんな自分を認識できてしまうほど、私の心は満悦してるのだから。


「な、なんだよ……。俺だって笑うぞ?」

「いやいやいやいや!学校ではもちろん、今日も声に出して笑うことなかったじゃん!」

「そうか?」

「そうだよ!なんで自覚ないの!?」

「自分の表情を意識することなんてないからなぁ……」


 セルフレジへと向かう私の言葉に、思わず苦笑を浮かべてしまう仁村。だが、トントンと何度か自分の顎に人差し指を当てた後、「あっ」となにかが分かったかのように声を上げた。

 そして私の方へと顔を向けるや否や、どこかいたずらっぽく、けれど純粋な面持ちで、


「中越さんと一緒にいるのが楽しいから笑ったのかもね」


 刹那、ボフッと顔が爆発するように熱くなった。

 そんな言葉なんて私には通用しないはずなのに、演技すらも忘れた私の心に直接響く。

 まるで一般人の女の子であるように、ただ純粋に、照れるという感情を表情に出してしまったのだ。


「おぉ……顔あっかいな……」

「そ、そんなことない!私は至って平然です!」

「んには見えねぇけどな……」


 そうだ。私は一般人じゃない。

 だからこのあっつい顔もすぐに収まるはず……なんだけど!なんで収まってくれないの!?

 なに?私がこの男のギャップにやられたってわけ!?そんなわけ無いじゃん!だってこいつは暗殺対象なのよ!?


 脳内では自分の意見を肯定するために頷き、表では自分の顔は赤くないと否定するために横に顔を振る。


 私は!断じて!この男なんかに現を抜かさない!

 この胸の高鳴りも気のせい!すぐに収まるはず!


 脳内で頷く自分の胸ぐらをつかみ、怒鳴りつけるように言ってやる。

 さすれば、脳内の自分も「そうだ!」と言わんばかりに腕を上げてくれた。


「ほら!早くレジに行くよ!」


 そんな頭の中の私に背中を押されるように、仁村の手首を掴んだ私はセルフレジへと足早に向かうのだった。

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