第14話 なんでも似合う女

「持ってきたぞー」


 ピンク色のカーテンに向かって声をかけてやれば、顔だけを覗かせる中越がこちらを見上げてくる。


「あ、あれ?随分と早いね?」

「ある程度決まってたからな」


 籠をカーテンへと突き出しながら答えてやると、カーテンから伸びてきた手で握りながら「ありがと」と紡ぐ中越。

 そんな中越がどうしても不自然で、思わず首を傾げてしまう。


「試着したのか?」

「え?あーうん……まぁ……」


 誰が見ても分かるほどに歯切れの悪い言葉と斜め上を見上げるまなこ

 そんな様子を見ればますます首を傾げてしまう。


 なんだ?似合ってなかったのか?

 お世辞でもなんでもないが、中越はファッションセンスがある。

 だから似合ってないってことは考えられないんだが……というかこいつ顔いいから何でも似合うだろ。


 どこか投げやり気味の言葉を喉まで通した俺は慌てて飲み込み、別の言葉を口から紡がせる。


「見てもいいか?」

「うーん……あまり、自信はないんだけど……」

「んなことねーだろ。中越ファッションセンスあるんだから」

「うぐっ。プレッシャーが……」


 まるで心臓を撃ち抜かれたようにカーテン越しに胸を抑える中越だけど、俺の眼差しを見てか小さくため息を吐きながらも渋々口を切る。


「分かったよ……。絶対笑わないでね?」

「もちろんだ」


 この性格を貫き通しているからか、俺は笑わないことに長けている。

 だからか、失笑することなんてないし、友達との会話で笑うことなんてない。


 俺と話している人からすれば笑ってほしいだろうけど……ほんとすまん。嘘ついて笑う方法が分からん。

 なんてことを考えている間に、最後の確認のためにかカーテンの中へと姿を消した中越は、しばらくすると「い、行くよ」と不安げに言ってくる。


「あいよ」


 端的に言葉を返す。

 すると、シャーっとカーテンが擦れる音とともに姿を現したのは――


「……なにを不安視してたんだ?」


 ――思わず口にしてしまった言葉通り、カーテンから姿を現した中越が着飾る服たちはとてつもなく似合っていた。


 袖のタックがポイントになっている黒のトップスに、足首がちょっと見える白色のワイドストレートパンツ。そして白黒のボーダーが特徴的なカーディガンを肩に巻き、俗に言うモノトーンコーデで大人っぽさが溢れる組み合わせになっている。


 もう一度言うぞ?なにを不安視してたんだ?

 素の面持ちで首を傾げる俺に、目を伏せる中越は「だって」と言葉を続けてくる。


「背伸びしてるみたいで……なんか恥ずかしいじゃん?」

「自分のこと過小評価しすぎじゃね?すっげー似合ってるぞ」

「ほんと?お世辞じゃない?」

「なんでここでお世辞を言うんだよ」


 この言葉に嘘なんて微塵も混じっていない。


 ポニーテールだったはずの髪の毛を下ろし、ポケットに手を入れている様は、どう足掻こうが背伸びしているようには見えない。

 なんなら大人だと言われても勘違いしてしまいそうなほどに似合っていた。


 自分のことを過小に見るのは確かに良いことだ。慢心するよりも遥かにいいことなのだが、こいつの場合はし過ぎだ。

 何度も言うが、こいつの顔は整っている。俺は思わないが、世間ではこれのことを可愛いと言うだろう。


 それぐらいに顔が整っているし、ファッションセンスも良い。

 だから俺は素直に褒めてやった。


「な、ならこれも買う」

「いいぞ?好きなのを買え」


 シャーっとカーテンの中へと姿を消した中越に対し、まるで父親のような言葉を返す俺。

 実際に父さんにこんなことを言われたこと言われたことはないのだが、多分娘を溺愛している父親はこんなふうに散在するのだろう。


「つ、次のも見てもらってもいい?」


 なんてことを考えていると、試着室からは遠慮気味の声が聞こえてくる。


「いいぞー」


 一応スマホを見下ろし、まだ時間があることを確認してから言葉を返えす。

 さすれば「やったっ!」というこれまた子どもを彷彿とさせる言葉が聞こえてきた。


 そんな言葉に、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 背伸びをしてるってそういうことか。この子どもっぽい言葉から、背伸びしてると感じたのか。


 んまぁでも、それもギャップ萌えってやつでいいんじゃないか?俺には効かないけど、他の男には効くだろ。知らんけど。

 なんとも便利な言葉で思考を止めると、着替え終えた中越がおずおずとカーテンを開ける。


 次に姿を現したのは、ハーフアップに髪を結んだ清楚系の中越。

 先程とは打って変わり、物静かな雰囲気を放つコーデに素直に頷く。


「似合ってる。てかまじで何でも似合うな」

「そ、そうかなぁ?なら嬉しいなぁ」


 分かりやすく頬を緩める中越だが、それを隠すように手の甲を口元に抑える。

 そんな姿がとてつもなく様になっていて、見惚れ――そうになんてなってない。似合ってるだけで、それ以上の感情もそれ以下の感情もない。


 表情には出さず、内心でブンブンと頭を振る俺は微笑みを浮かべる。

 さすれば中越はカーテンを閉め「次は仁村くんが選んだ服着るね!」と楽しげに言ってくる。


「あいよー」


 端的に言葉を返し、衣類が擦れる音には耳を傾けずにゆっくりと辺りを見渡す。

 ここが女性の衣類しか置いていないのもあってか、客の殆どは女性。稀に男性客も見えるが、そのほとんどが手を繋いでカップルだということを示していた。


 多分、はたから見れば俺と中越もカップルに見えるのだろう。

 この店にいる間は都合がいいからそれでもいいのだが、本音を言うなれば絶対見られたくないの一言に尽きる。


 だって俺は脅されてるんだぞ?本職を見抜かれてるんだぞ?

 もし付き合うものなら彼氏だと言い張って奴隷にして、あることないことを吹き込まれ……。


 そんな事を考えた途端、嫌な汗が背中を伝い、全身には虫酸が走る。

 そして自分の身を温めるように腕を組み、優しく腕を撫でてやる。


 うん、今日絶対に始末しよう。

 まだ脅されてはいないが、こんなやつと一緒に居たらろくなことにならないのは目に見えている。


「着たよ〜」


 なんて声が聞こえ、早々に思考を停止させた俺は「どぞー」と言葉を返す。

 そうすれば中越の手によってカーテンが開かれ、


「やっぱり似合ってんな」


 ふむふむと頷く俺は、足元から舐め回すようにポニーテールを見上げる。


 今ポニーテールに髪を結び直した中越が着ているのは、淡い黄色のTシャツに、前を開けた大きめの袖を折ったカッターシャツ。そして、デニムパンツの裾も折って踝を覗かせる至ってシンプルなコーデ。

 されど、そのシンプルさ――もとい、ボーイッシュさが中越が最初にしていた髪型――ポニーテールを活かせると思ったのだ。


 というよりも、中越は籠に服を入れる時ボーイッシュ味がある服は入れてなかった。

 だから少しアクセントを入れるために選んでみたのだが、我ながら良いファッションセンスをしているな。

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