第12話 心底面白くなかった映画

 ショッピングモールへとやってきた私たちは、何気ない会話をしながらエスカレーターを登って、内部にある映画館へと入る。

 そして真っ先に販売機の前に移動した私と仁村は同じ液晶板に顔をのぞかせていた。そんな中、仁村が代表して液晶板を操作する。


「13時30分のやつでいいよな?」

「そうそう〜。というか、ほんとに奢ってくれるの?」

「いいぞ。今日ぐらいはな」


 映画館に入ってから伝えられた「今日はなんでも奢るからな」という言葉。

 どうして仁村がそんな言葉を発したのかも、どんな目的があるのかもわからない。


 もしかしたら、ただただこの前のお弁当のお返しのつもりなのかもしれない。

 けれど、それにしては至れり尽くせりが過ぎる。


 ……というか、罪悪感がすごいからできればやめてほしい。

 私はあのお弁当を使って仁村を暗殺しようとした。結局は失敗に終わったけれど、変わらぬ事実。

 ほんと……罪悪感がすっごい……。


 少しでも気を抜けば押し潰されてしまうような、それでいて後悔が押し寄せてくる。

 この男の姿を見るに、相当今日という日を楽しみにしていたのだと思う。

 そんな純粋な心が、私の悪を酷くいたぶる。


 どうしてこんなことをしているんだろう。

 どうして暗殺なんてしてるんだろう。


 そんな、暗殺者としてあるまじき言葉が脳裏を過ぎり続ける。

 だから今日はこの男を楽しませるためにわざわざおしゃれな服を買って、常に笑顔を向けて、ちょっとあざとい動きをしてみた。


 なのにこの男は私のことを楽しませようとしてくる。

 もしかして私に男らしいところを見せようとしてるの?優しい系で行こうとしてるの?だとしたら相手が間違ってるわ。


 クヨクヨと悩んでいる身でありながら、これでも暗殺者である。

 だから恋愛になんて現を抜かさないし、男を意識することなんてまずない。


 今日はあなたのことを楽しませてあげる――いや、思う存分にしたいことをすればいい。

 私に奢りたいなら奢って、この映画が見たいのなら好きなだけ見たらいい。


 けど、私の後悔もここに置いていくからね。罪悪感も明日には消えてるから。

 なんやかんやで了承した遊びに乗ってあげたんだから、失敗した暗殺もチャラよ。また明日からその命を狙い始めるから。


 半ば投げやり気味に財布からお金を取り出す仁村にキッと睨みを向ける私は――刹那に表情を戻してあざとく背中を突いてやる。


「ほんとありがとね?かっこいいよ?」


 なんて言葉は嘘。

 どうせこの男のことだ。かっこよさを狙ってやっているのならこの言葉が効くはずだ。

 今日ぐらいあなたを煽ててあげる。せめてもの償いよ。


「お?おぉ。ありがとな」


 突然のことに動揺を示しながらもお金を投入する仁村。

 そんな仁村に「動揺すんな」ってツッコミを入れたくなる口を抑えながら、落ちてくるチケットを2枚取り出すのだった。





 あー……退屈だった……。

 スクリーンが暗くなり、辺りが明るくなるのを感じながらそんなことを思う。


 隣の人はこのアニメが好きだということは分かっている。けど、だからといって私が好きになるわけじゃない。

 確かに私が映画館に行こうよって誘ったよ?でもそれはこの男を楽しませるため――もとい、私の罪悪感を少しでも拭えるならと思って。


 現に、隣の人は映画が面白かったらしく、ニヨニヨと口角を上げている。

 もちろん私だってちゃんと見た。「語り合おう」と言った手前、「やっぱり見てませんでした〜」ではまかり通らない。


 そのぐらい分かってる。

 分かってるけど……ほんっっっっとうに面白くなかった。


 なに?主人公がヒロインを助けるために悪党を倒す?なんで暗殺者が私事を入れてるのよ。

 というか、恋愛なんかに現を抜かしたせいでヒロインが悪党に捕まったんでしょ?なんで悪党だけが悪いみたいになるのよ。主人公とヒロインも大概じゃない。


 やっぱり恋愛はするものじゃないわ。

 恋は盲目というように、周りが見えなくなり、警戒心が緩くなる。

 この映画の主人公のように、誰かに見惚れていたら敵に隙を晒してしまうことになる。


 再度暗殺者としての心得を確認することはできた。でも、それ以外はダメね。

 暗殺者になるならそれ相応の弁えをちゃんと心に宿すべきよ。


 なんて言葉を語る内容として頭に思い浮かべる私だけれど、当然口にすることは出来ない。

 映画館に入る前もそうだが、学校での会話でも私は「面白いよね」とこの男に言葉を返している。


 故に、形相を変えて「面白くない」と言い張るのは不自然が過ぎる。

 だからまぁ、嘘でも面白いと口にしなければならないのだ。


「面白かったね〜」


 次々に椅子から腰を上げる人々の中、余韻に浸って腰を上げようとしない彼に言葉をかける。

 さすれば、ピクッと肩を跳ねさせた仁村は取り繕うようにしてこちらを見下ろす。


「な、なに?」

「あーいや、なんでもない」


 眉を顰めて首を傾げる私を視界に入れた途端、これまた誤魔化すように視線をそらした仁村はスクリーンの方を向いてしまう。


 ……もしかしてだけど、私にニヤニヤを見られたと思って焦ってる?

 いやまぁ確かに見たけど……そんなに?


 なんてことを考えながらも、悪戯な笑みを浮かべる私は仁村の腕を突いてやる。


「もしかしてニヤニヤ見られたのが嫌だったの〜?可愛い所あるじゃん〜」


 ――ていうのは嘘。全然可愛くもない。


 けれど、こうして悪戯的に言葉を紡ぐのにはちゃんとした理由がある。

 私は今、この男に弱みを握られて脅されている状況。そんな状況の中、強く出ようものなら脅されて、あることないことをさせられる未来は目に見えている。


 そこで、私が取った行動は『思ったことを口にする女子』を演じることだったのだ。

 さすれば、立場が弱い状況でもなんとかなる。というか、この男が私に惚れさえしてくれたらなんとかできる。


 今日のために服を買ったのも、もちろんこいつを楽しませるためでもあるのだが、それと同時にこいつを落とそうとしている。

 恋に現を抜かさないと言いながらするんかい!なんていうツッコミが聞こえてくるが、私は断じてしていない。だからノーカンだ。


「お、思ってた以上に面白かったんだよ……」

「たしかに面白かったね。けど、まさかあの仁村くんがニヤつくなんてねぇ?」

「うるさいなぁ……。俺だって人間だぞ?感情ぐらいある」

「あっ、もしかして私だけに見せる表情ってやつ?」

「ちげーよ」


 半ば投げやり気味にも聞こえる言葉が耳に届くけれど、当然信じていない。

 まだ入学してすぐだけれど、この男が私の前以外で表情を変えるところを見たことがない。

 言ってしまえば、私だけに心を開いているということになる。


 私もあまり感情豊かな方じゃないから分かるよ?表情を変える時は心を許す相手だけだってことも、私だけに心を許しているってことも。


 あまり私のことを舐めないことね。

 あなたの心は丸わかりなんだから。


 内心で胸を張る私は清掃員がやってきたことを気に腰を持ち上げる。

 そうすれば、私に続くように仁村も腰を上げて、


「この後行きたい所あるか?」


 私に弱みを握られたからか、はたまたこの後のことを考えてなのかは分からないけど、分かりやすく話をそらす仁村。

 そんな仁村に、私もこれ以上話したくなかったので乗っかるようにスマホで時間を確認してから言葉を返してやる。


「服とか見に行っちゃう?時間的にもあと2時間ぐらいだしさ」

「あーいいね。中越さんのファッションセンス抜群だから楽しそう」

「前々から思ってたけどお世辞が上手だね?」

「お世辞?全部本音だけど」

「……本当に?」

「うん。めちゃくちゃ似合ってるよ」

「そ、そう……。ちょっとだけ気合い入れてきたから……嬉しい……かも?ちょっとだけ……」


 視線を泳がしながらチラチラと仁村の顔の色を伺うように上目遣いを披露する私。

 けれど、そんな言葉たちは嘘百鉢。


 まぁ褒められる分には確かに嬉しいけれど、これほどまでに目を泳がせるほどではない。

 こうした方が可愛いかなぁという私の作戦だ。


 だからこの前の弁当のときのように顔は熱くならないし、微塵も高揚感も湧かない。

 というか、その言葉がすんなり出るってことは相当言い慣れてるよね?

 そこがちょっと癪だわ。私に向ける言葉が嘘みたいで気に食わない。


 そんなことを思う私だけれど、当然口には出せないので静かに仁村の隣を歩く。


「というか、仁村くんもファッションセンス良いよ?その辺の男子よりも断然」


 色々と嘘の言葉を吐いてきたけど、これは正直な言葉だ。


 バケットハットを使ったストリートコーデと表現すれば良いのだろうか。黒のカーゴパンツに、腰回りにむかって裾が広がっていくAラインシルエットの白のTシャツ。

 正直バケットハットがなくてもおしゃれな気もするけれど、帽子を被ることによって更におしゃれさが引き立っているのだろう。


 ……これも癪だけど、この男は地味に顔がいいから何でも似合いそうだ。


「まじで?あんま自信なかったんだけどな……」

「うっそ。すっごい似合ってるよ?なんなら仁村くんに仕立てて貰うために服屋を提案したんだよ?」

「そ、そんなにか?」

「そんなにそんなに。だから仁村くんも選んでくれない?もちろん私も色々と見て回るけど」

「……あんまり期待しないでくれよ?」

「よしっ!」


 右の拳を握り、見せつけるようにガッツポーズを決める私は、仁村の隣を並んでエスカレーターを降りる。


 別にお世辞を立てるつもりではないが、正直期待はしている。

 暗殺対象に抱く気持ちではないと思うけど、これからの任務で使う可能性があるのだ。

 だったら始末する前に色々搾り取ろうという寸法だ。

 この男自身、始末される前に私の役に立つのも本願だろうし。


 エスカレーターを降り、服屋へと足を踏み入れた私は籠を片手に目に入る良さげな服たちを丁寧に入れていく。


 この男が今どれだけの予算を抱えているかはわからない。

 けれど、全部奢ってくれると言うのだ。ならばそれなりの予算はあるはず。


 現に、この男は私に対してなにも言ってこない。

 ということは、それぐらいなら全部買えるよということなのだろう。

 調べた限りじゃ仁村のご両親がお金持ちってわけではなさそうなんだけど……まぁ細かいことは気にしないでおこう。


 搾り取るのなら徹底的にだ。

 て言ってもまぁ、脅されている以上加減はするんだけどね。

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