第11話 待ち合わせ

 そうしてやってきたのは約束した日である土曜日。

 待ち合わせ場所は無難に駅前の時計台。少しばかり来るのが早かったのか、現在の時刻は午後12時40分と、約束の時間の20分前に到着してしまっていた。


 時計台を見上げていた首を下ろし、そっとあたりを見てみるが、やはり中越らしき気配はない。

 前日も暗殺への緊張からかあまり寝れなかったし……。


 そっと手すりにもたれかかった俺は、バケットハットを深々と被ってこれからの作戦を思考する。

 中越がここに来たら、まず俺達は中越に提案された映画館へと向かうだろう。


 よく分からないアニメの映像を眺め、1時間51分を無駄にする。

 暗殺を遂行するための1つの任務だと思えば憂鬱ではないのだが、どうせならもっと面白い映画を見たかったのが本音。


 でまぁ、映画を見終わった後はイタリアンレストランへと向かいながら道中で目に入った店に入る。

 あいつがなにに興味を示すのかは知らんが、最後の日ぐらい楽しませてやろう。それこそイタリアンレストラン同様に奢ってやる。


 けどまぁ、始末し終わった後にその荷物を持つのはこの俺だ。

 死人に手荷物なんて必要ないからな。


 ふーっと鼻から息を吐く俺は、宥めるようにポンポンっと優しくポケットを叩いてやる。

 今現在、俺の右ポケットには小さなジップロックに詰められた毒薬がある。


 父さんいわく、こいつは口に入れたものなら誰もが首を抑え、一瞬で泡を吹きながら倒れるほどの猛毒らしい。

 そんなやつを俺の手で扱えるか?なんてことを考えれば、自ずと優しく扱ってしまうのは自然の摂理だろう。


「あれ……?早いね?」


 刹那、パタパタと足音を立ててこちらへとやってくる少女が肩を揺らしながら声をかけてきた。

 慌ててポケットから手を離す俺は顔を時計台に向けて――って、まだ45分じゃないか……。


「暇だったからな」


 端的に言葉を返した俺は、少女――中越へと目を向ける。

 すると、膝から手を離した中越は呼吸を整えながら曲げていた背中を伸ばす。


「そんなに私と遊ぶのが楽しみだった?」

「……なぜそうなる」

「え?だって早く来てるじゃん」

「それは暇だったからだ。楽しみにしてたわけじゃ――」

「はいはいそういう言い訳はいいの。素直に『楽しみだった』って言えばいいのに〜」


 俺の言葉に聞く耳も持たない中越は腰の後ろで手を組み、前かがみに俺の顔を覗き込んでくる。

 そんな姿が可愛――くねぇな。なんだ?あざとい系でも狙ってるのか?だとしたら相手を間違えている。


 暗殺者たるもの、恋愛に現は抜かさない。

 この言葉は父さんのものではないのだが、父さんと母さんの様子を見ていたら嫌でもそう思ってしまう。


 なぜかって?んなもん毎日のように息子の前でイチャイチャしてるからに決まってるだろ。

 父さんは暗殺となったらキリッとしていてかっこいい。母さんも暗殺者だからか、そんな父さんのことを邪魔しようとしない。

 ……が、任務が終わってみればどうだ。


 どこそれ構わず手をつなぎ、ポワポワと背後からハートマークが浮いてきそうなほどにいちゃついているんだぞ。

 んなもん見たらこの心得にも納得だろ。


 というか、こいつも集合時間前に来てるんだから楽しみなんだろ。

 俺はあくまでも任務があるから早くに来たのであって楽しみなんかではない。


 だが、中越はどうだ?

 俺みたいに任務もなく、ただの一般人。そんなやつが早くに来ているのだ。

 楽しみ以外の何者でもないだろ。


「黙っちゃってどうしたの?もしかしてほんとだった?」

「……早くに来たという点なら中越さんだってそうだろ」


 このまま言われっぱなしでは癪に障るので、噛みつくように言葉を返してやる。

 さすれば、ピクッと眉を跳ねさせる中越は前かがみにしていた身体をやおらに起こす。


「違うけど?」

「おいなんで顔をそらす」

「あっちにUFOが見えたから」

「んなもんいねーよ。絶対核心突いたからだろ」

「いーや?別に?というか早く行こ?」

「ほーん」


 こいつが今日という日を楽しみにしていたことは分かった。

 けど、それを知ったところで俺の心境は変わらん。

 暗殺をすることはもちろんのこと、情けをかける気もない。


 だがまぁ、今日という日をお前のために尽くしてやってもいい。

 全力で楽しませてやってもいい。

 現に、奢ってやることは決まってるんだ。情けはなくとも男として楽しませてやる。


 なんてことを内心で誓う俺は、先を歩く中越の背中を追いかける。

 ……というか、こいつまじで楽しみにしてたんだな?服装からして分かるわ。


 手を当てている腰から下のボトムスを淡色のデニムで包み、茶髪のポニーテールを活かすように着飾っているのはピンクのカーディガンと白のTシャツ。肩からは小さなショルダーバッグを吊り下げている。

 そんな気合が入っているようにしか見えない服装を見れば、自ずと今日の本気度が伺えた。


 まぁどうせこいつのことだ。

 他の男にも見せてるんだろう。


「今日見るのってこの前話してた『アサシンブレク』ってアニメだよね」

「そうだぞ。主人公のギャグおもろいよな」

「あー分かる〜」


 ――すまん。頬を緩ませてるところ悪いんだが、俺はその作品を1ミリも見ていない。

 なんで主人公のことを知っているのかと問われれば、アニメのレビューでちょろっと予習をしたから。


 昨日学校から帰った後に見ようと思ったんだぞ?

 けど今日限りの暗殺のためにそこまでする必要はないなと思ったんだ。

 現に、こうして話が噛み合ってるわけなんだし。


 腰の後ろに組んでいた手をショルダーバッグの持ち手へと移し替えた中越は、チラッと尻目にこちらを見てくる。

 そんな様子に小首をかしげてみれば、中越は心配そうに眉を伏せた。


「本当にあのアニメ好き……?嘘ついてない……?」

「なんで嘘つく必要があるんだよ。好きだぞ?ちゃんと」

「ならいいんだけど……」


 はっきりと、堂々と嘘の言葉を並べる俺に、やっぱりと言うべきか中越は目を伏せたまま。

 けれど、すぐに気を取り直すように首を振る。

 さすれば、服装に見合った明るい表情を浮かべて言葉を紡ぐ。


「じゃあ目一杯語り合おっか!」

「おう。任せろ」


 そんな中越に親指を立てて反応をする俺は、一見ではいつも通りだろう。だが、内心はこの世の終わりだと言わんばかりに焦っていた。


 ――な、なんだ!?まじでバレたかと思ったわ!というかなんで好きじゃないって気付いた?いやまぁ結果的には誤魔化しきれたんだが……それでもなんでそう思ったんだ!?女の勘ってやつか!こっわ!!


 中越が前を向き、そのタイミングで腕を下ろした俺はカチコチになる身体を頑張って中越と同じ方向へと向けた。

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