第10話 私の手で始末する
結局、学校が終わってもなお仁村はピンピンと身体を動かしており、なんならいつもより表情が豊かだったと思う。
だから毒の回りが遅いという私の推測も外れ、弁当箱を片手にトボトボと玄関をくぐるのだった。
「なんで普通に動けてるのよ……」
半ば八つ当たり気味に靴を脱ぎ投げる私はリビングへと向かい、カバンを置いてキッチンへと向かう。
私は確かに、唐揚げを焼く前に小麦粉を付けた。それに、お父さんの隠し部屋からも毒薬を持ってきていた。
だから入れ忘れってことはないと思うんだけどなぁ……。
色々な憶測が頭の中で飛び回る中、綺麗に片付けられた台所を見渡し、そして収納棚を見やる。
けれど、やはりというべきか毒が入った袋は見当たらない。
「やっぱりあの男……毒耐性があった……?」
なんて冗談めかした言葉が脳裏に過るが、首を振ったことによってその思考は留まる。
そんな人が居るわけがない。ましてやファンタジーの世界ではあるまいし、蛇の毒を注射で体内に入れ続けた人物でもあるまいし。
「帰ってたのか」
収納棚を閉じ、腰を上げてみればリビングのドアノブを持つお父さんの姿が視界に入ってくる。
慌てて表情を貼り付ける私は小さく頭を下げ、
「先程帰ってきました」
親に対して正しい対応なのかと疑われるような言葉を返す。
もしお父さんが名を残した暗殺者ではなかったら「ただいま〜」と微笑みながら言葉を返していたと思う。
けれど今目の前に居るのは暗殺者として名を残したお父さん。
そんな人の前で易易と無駄口を叩けるわけがなかった。
「そうか。それで暗殺は成功したのか?」
「あ……」
別に、お父さんと出くわしたらこれぐらいの質問は来ると思っていた。
もちろんどんな言葉を返そうかずっと考えていた。授業中も、下校中も。
けれど変に言い訳をしたら帰って逆鱗に触れて……でも失敗したら怒られると思って……。ただ沈黙を貫くことしかできなかった。
「失敗したんだな」
私の様子を見てか、すぐに口を開くお父さんはドカッとソファーに腰を下ろした。
そして腕を組み、私のことを見ることなく言葉を続ける。
「暗殺者は焦ってはダメだ。冷静に行け」
「……はい」
会釈をしながら言葉を返す私は、カバンを持ってリビングを後にする。
私だって……。私だって冷静にいたいよ。
でも脅されてるんだよ!バレてるんだよ!そんな状況で冷静になるだなんて……。
お父さんには脅されていることは言っていない。
もし、もし言ったらあの男は問答無用で始末されるだろう。
どこか遠くから……いや、もしかしたらすぐ近くから、あの男は――仁村はすぐに始末される。
もちろん私の弱みを握られている以上お父さんに始末してもらったほうが安全、なおかつ素早い。
……でも、お父さんは好きにしろと言った。私が暗殺者だということがバレていると知ってもなお、好きにしろと言った。
なら、私があの男を始末する。
誰になにを言われようが、私はあの男を始末す――
『そういや今日眠そうにしてたけど、これ作るために早起きしたのか?』
瞬間、そんな言葉が脳裏に過った。
自分のお弁当を美味しそうに食べ、素直に感想を伝えてくれる彼の姿が。
――ってちがう!なに思い出してるの!
てかあいつのために早起きしたわけじゃないですぅ!始末するために早起きしたんですぅ!
なにが違うのか……とツッコミを入れられればそこまでだが、断じて私はあいつの胃袋をつかもうと早起きをしたわけじゃない!
私は!あの男を始末しようとして早起きしたんだ!
ドンッと階段を上がる私は壁におでこを勢いよくぶつけ、キッと目を開く。
「忘れろ。あんな顔なんて、あの男の言葉なんて。すぐに終わるんだから」
何度か壁に頭を打ち付けた後、真顔を手に入れた私は息を吐きながら自室へと入るのだった。
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