第8話 暗殺者にも羞恥心は湧きますし、照れます

 どうやら仁村はずっと私のことを考えているらしい。

 家でも、下校中も、今日の登校中ですら私が頭の片隅にいたらしい。

 つまり……つまり、そういうことよね?


 ――私のことをちゃんと友達と思ってくれているってことよね?

 じゃないとずっと私のことを考えるなんてしない。ましてや私みたいに暗殺の術を考えない限り。

 でも彼は暗殺者でもなんでもない。つまり、そういうことよね。


 この情報は与えるつもりはないけれど、私も彼同様にずっと頭の中に仁村がいる。

 寝るときですら、お風呂の中ですら、夢の中ですら、一時だって忘れることはない。あの時からずっと。


 まぁでも、仁村が私のことを友達として認めてくれたって今日でお別れ。

 私の頭の中からも仁村はいなくなる。


 あと3分もすれば昼休みに入る。つまり、死へとのカウントダウンが近づいているのだ。

 仁村にはなんの思い入れもないけれど、あの距離から私のことを見つけられたのは素直に尊重するわ。


「ちょっと早いけど授業はここまでだ」


 チャイムが鳴るまで残り2分。

 先生の言葉が教室に響き渡り、それとともに教室中の気が緩む。

 けれど私の気だけは緩まなかった。


 前回は失敗に終わり、実質今回が初めての暗殺となる。

 だからだろう。少し、怖気づいている自分がいる。


 机に吊るされているお弁当箱には毒薬が入っている。

 この毒薬が体内に入ってしまえば一瞬にして心臓の動きが止まり、泡を吹いて倒れてしまう。


 後始末はお父さんの部下がやるらしいから私は気にしなくていいらしい。

 だから私は暗殺に専念しなければならないのだ。


「ねね、仁村くん」


 チャイムが鳴り響き、椅子を引いて仁村との距離を近づける私は吊るされてあったお弁当箱を手に取りながら口を切る。

 すると、小首をかしげる仁村くんは「どした?」と相変わらずな悠然の言葉を返してきた。


「お弁当作ってきたんだけど、一緒に食べない?」

「…………お、おぉ。いいぞ」


 ピタッと身体の動きを止めてしまう仁村だが、すぐに動きを再開して言葉を返してくる。


「な、なんか反応遅くない?」

「初めてだから思考が停止しちゃってな」


 なるほど。確かに中学生までは給食がでていた。

 お弁当を作ってくれることなんて休日のお昼ご飯ぐらい。そう考えれば自然なことなのかもしれない。


「じゃあ場所変えて食べよ〜」

「ここでも良くないか?」

「なんかあれじゃん。視線が集まりそうじゃん」

「あー確かに。なら2人になれるところ行くか」

「うん〜」


 私の言葉にすぐに納得してくれた仁村は自分のお弁当袋を手に持って私よりも先に立ち上がった。


 脅す立場であっても、私からのお弁当は嬉しいのね?

 とっても分かりやすくてありがたいことなのだけれど、それは死の間際にいることを知らないから。


 彼はもう数分もすればこの世を去るだろう。

 私を見つけたのが運の尽き。哀れね。



 ♢  ♢



 いつにもまして真剣さが目立つ中越の表情。

「たかがお弁当を作ってきただけだろ?」と言いたいところだが、空元気に見える中越にはそんな言葉をかけることはできなかった。


 そんなこんなで俺達は校舎裏へとやってきた。

 一応ここまでの道のりでも会話はしていたのだが、砕けない言葉が返ってくるばかり。


「そうだね〜」だとか「うん〜」だとか。昨日までの積極さはどこにいったんだよ、と思わず首を傾げてしまったね。

 当の本人はそんな俺に気づいてない様子だったけど。


「そういや弁当作ってきたって言ってたけど、なんで俺と一緒に食いたかったんだ?友達がいるだろうに」


 どうせ脅しのためだと思うが……一応聞いておこう。

 もしかしたら違うかもしれないからな。


 そう思ったのもつかの間。ベンチに腰を下ろした中越は「え?」と言葉を漏らし、首をかしげてしまった。

 もちろんそんな姿を見てしまえば、よく分からない俺ももちろん首を傾げてしまい、


「仁村くんのためにお弁当を作ってきたんだよ?」

「え?」


 口からは呆けた言葉が漏れるだけで、それ以上の言葉は喉を通らなかった。

 なぜかって?


 そんなの――恥ずいに決まってるからだろ!

 そんな小首をかしげながら、至極当然の如く言葉を口にしますかね?

 俺のためにお弁当を作ってきた?んな恥ずい言葉を易易と口にできるその精神はどこから来てる!


 ……というか、今わかった。あの女子生徒が口にした言葉の意味を今理解した。

 俺……相当恥ずいこと言ってんな……?『中越のことをずっと考えてる』ってクソ恥ずいこと言ってんな!


 あぁあぁ!相手を詮索することに神経を研ぎすぎた!

 なにしてんだよ俺は!変な地雷を踏もうとするな!


「だ、大丈夫?いきなり悶えだして……」

「あぁ……。なんでも、ない」

「ほんと?見るからに頬が赤いけど」

「…………。んで、お弁当を作ってきたんだって?食べさせてくれよ」


 大舵を切るように言葉をそらす俺は熱せられる頬を中越の太ももへと向ける。

 すると首を傾げながらも、太ももの上にあった袋のジッパーを開き、赤色のお弁当箱を顕にさせた。


「あまり期待はしないでね〜?」


 言葉を紡ぐ中越は俺の顔を見ることなく、ゆっくりと蓋を開けた。

 瞬間目に飛び込んできたのは、お弁当のお手本かと言わんばかりに華やかな食材たち。


 緑、赤、黄色、オレンジ、茶色、白。見るだけで身体に良いと思わされるその弁当の主食は唐揚げ。

 俺とて料理が作れないわけではない。が、確実に俺よりもできるそれは胃液を活性化させるのだ。


「まじで自分で作ったのか?」

「まじで自分で作ったの。どう?美味しそう?」

「俺が見てきた中で1番美味そう」


 脅されているから嘘をついたとか、暗殺対象だからお情けを上げているだとか、そんなお世辞じみた言葉なんかじゃない。

 これは正真正銘の、俺からの素直な言葉だ。



  ♡  ♡



 仁村にそう言われ、カッと頬が熱くなるのを感じた。

 あまりにも私の心情に似合わないこの感情はなんなのだろうか。


 高揚感?歓喜?それとも羞恥?

 よく分からない感情がグルグルと胸の中を渦巻くけれど、数分後にはこの感情ともお別れ。


 お弁当袋からお箸を取り出した私は、心底食べたそうな目つきをする仁村に渡してやった。

 さすれば「サンキュー」なんて、仁村には似合わない言葉を返してお箸を丁寧に指に挟んだ。


 毒を入れたのは一番目立つ唐揚げ。

 片栗粉をつける際に混ぜておいた自家製の毒薬だ。


 即効性なんて比にならないほどの毒薬は、口に入れ、舌に触れた途端意識を失う。

 一瞬にして血管を細め、血流を止め、心臓の働きを停止させる……とお父さんは言ってた。


 そんな唐揚げに手を伸ばしていく仁村はお箸で掴み、丁寧に手を添えて口元へと持っていく。

「じゃあね」なんて言葉は口には出さず、心のなかで手を合わせる私は咀嚼する仁村を……咀嚼……する?え、咀嚼!?


「というか、なんで浮かない顔してんだよ。人に弁当作ってきたんだから自信もてって」


 淡々と口を動かす仁村は「んにしてもうまいな」という言葉を付け足すほどの余裕っぷり。


 ど、毒が効いてない……?いやまさか。即効性なんて比にならないほどの毒薬だよ?言ってしまえば猛毒だよ?なのにどうして悠然としていられるの……?

 い、いや……。うん、ちょっと効き目が遅れてくるのかもしれないわね。


 もしかしたら毒に少しだけ耐性がある人なのかもしれない。

 そんな人を見たことも聞いたこともないけれど、もしかしたらあり得る。だから気長にまとう。


 ――1分後


「下味がしっかりとついてるから噛む度にうま味が出てくるな。これ、昨日から浸けてたのか?」

「え、あ……うん」


 ――5分後


「中越さんも食べないのか?美味しいのに」

「い、家でいっぱい食べてきたから……」

「そうか?なら全部いただくぞ」

「う、うん……」


 ――10分後


「んにしてもまじでうまいな」

「あ、りがとう……」


 な、なんで!?なんで毒が回らないの!?即効性があるって言ってたじゃん!というか即効性がなくても10分もあれば毒は回るでしょ!!

 てかあっつ……!身体あっつ……!

 どうしてこの男に褒められたぐらいで照れてるのよ!


 ブンブンと頭を振り、冷静さを取り戻そうと努める私は相手の顔を見る。

 ……が、それが逆効果だった。


「そういや今日眠そうにしてたけど、これ作るために早起きしたのか?」

「……え?」

「ずっとウトウトしてたじゃん」

「っ!」


 彼の顔はごく自然。いつもの悠然な表情だった。

 逡巡なんて感じず、ポロッと口から溢れた言葉にしか聞こえなかった。

 だから……だから!恥ずかしいの!

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