第7話 あくまでも暗殺的なこと
中越と仲良くなったのはいいものの、あれ以来一言も話していない。
休み時間にでも話しかけてやろうかなとも思ったのだが、早起きでもしたのだろう。
尻目に隣を見れば、腕を組み、目を閉じてコクコクと頷くポニーテール姿の中越が視界に入る。
友達としても間もなく、入学してそこまで日にちが経っていないが故に、俺は全くと言っていいほどこいつの情報を持ち合わせていない。
情報屋に頼めばポンポンと出てくるのだろうが、俺の財産力では頼もうにも頼めない。
一応父さんにも頼んでみたんだぞ?でも『自分でやり遂げなさい』の一点張り。
俺の成長を見越しての言葉なのだろうが、生憎俺はまだ誰かを始末したことはない。
だから少しぐらいお情けをいただきたかったのだが……まぁ、うん。自分でがんばりますよ。
頬杖をつき、ノートにペンを走らせる俺はぶつぶつと心のなかで愚痴る。
すると、俺の視線に気づいてか、やおらに顔をあげる暗殺対象は細目で辺りを見渡し始めた。
「んっ、寝てた……?」
きっと、この声は俺以外の誰にも届いていないだろう。
それぐらい中越から発せられた声は小さく、風のようにどこかへ消えていってしまった。
「寝てたよ」
頬杖はついたまま、けれどしっかりと中越の目を見やる俺は小声で言葉を返す。
結局はこの女と会話しなくてはならない。
ならば、寝起きで気が緩んでいる今こそが絶好のチャンスというものだ。
「朝早かったからかな……」
「朝からなんかしてたのか?」
なにも知らない現状から、一歩踏み出す。
情報屋が雇えないのなら、自分で情報を集めるしかない。
昔の父さんもこんな風にしてたのだろうか?
なんてことを考えれば少し嬉しくなる。なんたって父さんと同じ道を歩んでいることにあるのだからな。
「朝は……お母さんと話した……」
おもむろな言葉が俺の耳を通り抜けていく。
瞳を見るに、嘘をついている気配は微塵もない。
けれどそれじゃあ情報が少なすぎる。
ランニングとか朝ご飯を作ったとか、そんな小さなことでも良いんだ。
そこに俺が合わせてやるから。
「ほかには?」
「んーっと……んーっと、ん?私寝てた?」
細かった目はわかりやすく開かれていき、完全に目が冷めてしまったのだろう。
いつものはっきりとした声が俺の耳を通り抜けた。
「うん、寝てたぞ?」
変わらず頬杖をつき、中越の目を見る俺は、表情は変えないものの、どことなく焦りが現れた中越に追い打ちをかけてやる。
さすれば、ふいっと顔を背けた中越は立てた手に顎を置き、
「変な顔見せてごめんね?」
とはにかみを浮かべ、黒板に目を向けてしまった。
「変な顔じゃなかったよ」と返す俺も、中越と同じように黒板に目を向け、思考に浸る。
たしかに言葉では情報を抜き出すことはできなかった。が、行動には目に見えるほど現れていた。
あの焦りの言葉、そして泳がせていた目を見るに、中越は寝顔を見られるのが嫌なのだろう。
まぁこれを知ってなんになるのだ?と問われればなににもならないのだが、中越は気を緩める時がある。
その情報を手に入れただけでも大きいぞ。
また今度寝たときがあったら毒薬でも食わせて――
「そんなことよりもさ、昨日帰ったあとなにしてたの?」
――己の恥じらいを紛らわすためにか、忽然として話しかけてきた中越はジッと俺の瞳を見つめる。
そんな中越に、表情は変えることはないものの、内心では警戒度を高めていた。
「帰ったあと?」
「そそ。誰かと遊んだのかなぁって」
「遊んでないよ」
「そうなんだ?じゃあなにしてたの?」
もしかして俺が暗殺に出てると思ってるのか?
昨日は特に行動はしてな――あ……もしかして、そういうことか……?
俺の昨日の行動を詮索してくる。それ即ち、どんな行動をしたか確認するため。
なぜ確認するのか――それは自分が『暗殺者』という言葉を握っているから。
……つまり、この言葉たちは俺のことを脅しているのだ。
こいつは『私の寝顔を忘れて』と俺のことを脅しているのだ。
クソッ……。ほんとこいつは極悪非道だな……。
「昨日は家で考え事してたけど」
一応周りの人たちに疑われないように質問にはしっかりと答え、こめかみを押さえながらパッと先程の寝顔を頭の中からどこかに飛ばしてやる。
そして『これでいいか?』と言いたげに顔を上げてみれば、うんうんと頷く中越の姿が視界に入った。
やはりこいつは頭が切れる。
言葉なしにここまで伝えてきているのだ。これからも警戒心を高めていこう。
「ちなみにその考え事ってなに?」
ズイッと距離を近づけてくる中越の顔には悪魔のはにかみがあり、表情からか、はたまたオーラからか、『さっさと言え』と強要されている気がしてたまらない。
白いカッターシャツに身を包んだ悪魔をこれ以上刺激するわけには行かない。
だったらどうする?素直に言う?いや違うな。ここは大事なところは隠して――
「中越さんのことを考えてたよ」
――怖気づくこともなく、近づけられた顔から仰け反ることもなく、端的に言葉を返してやる。
さすれば中越は「ふーん?」と鼻を鳴らし、頭を上げて更に言葉を紡いだ。
「私のこと、ね?」
「うん、中越さんのことを考えてた」
厳密には『中越を暗殺する術を考えていた』だけど、一切嘘はついていない。
当の本人は疑う目をしているが、そう思うのならそう思ってくれて構わない。
俺はあの日からずっと君のことを考えてるんだから。
「なるほどなるほど。ずっと頭の中に私がいるの?」
「ずっといるよ」
「ふーん?なるほどね?」
「なんだよ」
「いーや?別に?」
どことなく感情が感じられないはにかみから素で緩んだように見える中越の頬は俺からそらされ、黒板へと向いてしまった。
けれど今の俺はそんな事を気にしない。
なぜかって?それは周りに座るクラスメイトがこっちを見てるからだ。
俺、なにかポロッたか?
なんてことを思ったのもつかの間、前に座る女子生徒がチョイチョイっと手招きをしてくる。
素で小首をかしげる俺は招かれた通り耳元を持っていくと、
「どストレートに言うじゃん」
口元を隠すように手を添えた女子生徒が小声で言ってくる。のだが、どういう意味だ?
「どストレート?変なこと言ったか?」
「……なるほど。ピュアなのね……」
自己解決でもしたのか、何度か頷く女子生徒は俺から顔を離して前を向いてしまった。
ピュア?俺が?
変わらずに首を傾げる俺なのだが、答え合わせをしてくれる生徒は誰ひとりとおらず、疑問が渦巻く中、致し方なく黒板に照準を合わせるのだった。
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