第5話 暗殺案をねりました

 お昼休みに入り、友人である岩崎いわさき美沙みさとお弁当をつついていた。


 仁村と仲良くなったはいいものの、あれからの会話は全くと言っていいほどになし。

 男子が好きそうな笑顔を向け、わざわざ話しかけてあげたのに、なんであの男は私に話しかけてこないのよ。


 脅されないという観点で見れば確かにありがたいのだけれど、作戦的にはもっと距離を縮めたい。


「ん?考え事?」


 不意に問いかけて来る美沙はきょとんと首を傾げていた。


「んーん。なんでもないよ~」


 なんて、本当の私を知っている人が見れば引いてしまうのではいか?と思うような言葉を笑顔で返す。

 美沙とは中学の頃からの付き合い。だけれど、本当の私を見たことはない。


 というのも、私は仁村だけではなく、誰に対しても演技をしている。それはお父さんであろうと、お母さんであろうと、友人であろうと。


『敵を騙すにはまず味方から』という言葉がある。その言葉にのっとり、中学生に上がってから本性を隠すようになった。


 最初こそお母さんに心配されたけれど『お父さんに似たのね』と勝手に納得してくれ、お父さんに関してはすぐに察し、私の意思を尊重してくれたのを今でも覚えている。


「ほんと?私の目には悩んでるように見えるけど?」

「えぇ~?そうかな~?」

「私たち何年一緒にいると思ってんの。流石にわかるよ」

「さすがは美沙だね?じゃあちょっとだけ教えてあげる~」

「ちょっとだけってなによ……」

「だってちょっとだけしか悩んでないんだもん」


「ふーん?」と訝しむ目を向けてくる美沙だけど、全部嘘だ。


 一応端的な暗殺の作戦は考えているものの、手順が全くと言っていいほど頭にない。

 その悩みがオーラに出ていたのだろう。

 長い付き合いではあるものの、ほんと良く気づいたものだ。


「とある子にさ?何かあげたいんだけどなにがいいかな?」


 心の声とは全く違う声色を披露する私は卵焼きを齧る。

 すると、再度小首を傾げた美沙は――


「もしかしてだけど仁村さんに?」

「そうだけど、なんでわかったの?」


 表情は変えず、なんならはにかみを浮かべた私は残りの卵焼きを口の中に放り投げる。


「だって朝楽しそうに話してたじゃん」

「もしかして目立っちゃってた?」

「うん、すっごく」

「なるほど~」


 ――バレることなんて承知の上。

 私が積極的にいったのも、周囲に知らしめるため。

 私と仁村は友達になったよ、と知らせるため。


 あまりにも願ったり叶ったりの美沙には申し訳ないけれど、感謝でしかない。

 ……まぁ、近づいたからと言って暗殺方法はまだ思いついてないんだけど。


「バレたから言っちゃうけど、仁村くんになにかあげたいなぁって思ったの」

「それはなぜに?」

「だってほら警戒されている――


 脅されてる


 ――からさ?もっと近づきたいなと思ってね」


 眉を顰める美沙に、嘘の言葉を返す私は生姜焼きを咀嚼する。


 本当のことを言えるわけがない。

 ずっと友達でいようが、美沙には生涯私の秘密をばらすことはない。


「積極的だね。澄麗にしては珍しい」

「そうかな?いつもこんな感じだと思うけど?」

「いつもは男子に話しかけられてもあしらってるじゃん」

「だってしつこいんだもん」

「ふーん?なるほどね?」


 ミニトマトを頬張りながらどこか疑うような目を向けてくる美沙だけれど、それ以上の詮索をするつもりはないらしい。

 訳もなく何度か頷いた美沙は、尻目に仁村のことを見て、そして私のことを見やる。


 遅くなったけれど、私の問いに答えを出そうとしているのだろう。

 あくまでも距離を近づけるためのいちイベントに過ぎない。けれど、物によっては好感度が下がってしまう可能性がある。


 お父さんに頼めばネックレスやら腕時計やらはすぐに取り入れることができるのだけれど、そんなので釣れるとは思っていない。

 だから友達の知恵を頼ろうとしたのだけれど、うねるばかりで中々答えが出てこない。


 けれど、自分のお弁当箱を見て何かを思いついたのだろう。

 お弁当箱からやおらに顔を上げる美沙は、ジッと私の目を見つめてくる。


「お弁当は?」

「……お弁当?」

「女の子アピールが一番できると思うからね」

「別に女の子アピールしようとは思ってないんだけどね……?」


 でもなるほど。お弁当か。

 自分で言うのもなんだけど、私はかなり料理ができる。


 小さい頃からお母さんに教えてもらっていたのだけれど、正直いらないスキルだと思っていた。


 だって将来は暗殺者だよ?

 人肉を加工するわけでもないし、ましてや誰かに作ってあげるわけでもない。と、当時は思っていた。


 でもなるほど……。男子と距離を近づけるのに料理は手っ取り早い。

 弁当を理由に2人きりになれるし、話す話題も出来て、胃袋を掴むことができる。


 それでいて――毒を盛ることができる。

 相手を油断させて毒を盛ることができるのだ。


「どう?」と心配気に眉根を潜める美沙に、大げさに目を見開いた私はガシッと肩を掴んだ。


「めっちゃいい!それ採用!」

「割と冗談で言ったつもりだったんだけど……」

「いや!すっごい案だよ!」


 とまぁ、こんな感じでおだてたら大体の人間が――こんな風に頬を緩ませる。

 生憎私は男性経験がこれっぽっちもない。


 だから美沙の助言は色々とありがたいのだ。

 男性がどんなシチュエーションを好み、どんな女性を好きになるのか、美沙は大体のことを知っている。


 私もこの高校生活で精進しなければならない。

 さっさとこの件を終わらせて男性について学ぼう。


 そう心に誓った私は最後の白米を食べ終え、笑みを浮かべる美沙に頭を下げる。


「ありがとうね!ほんと!」

「いいよいいよ。頑張ってね」

「うん!」


 元気よく頷く私は弁当箱の蓋を閉め、無表情の頭の中で明日作るおかずを頭に思い浮かべるのだった。

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