第4話 友達として一気に距離を詰めてみた
俺を脅すためなのか、はたまた別の目的があるのかは分からないが、この女は俺を友達として取り込もうとしている。
俺も仲を深めようとしていたから好都合ではあるのだが――非常に釈然としない。
暗殺者を脅すというのだから、こいつはかなりのバカだと踏んでいた。
だが蓋を開けてみればどうだ?
俺の友人に対して直接あることないことを吐き出して逃げ道を塞ぐ。
油断してたとはいえ、暗殺者の俺を出し抜くとはいい度胸だ。
「というか仁村アニメ好きだったんだな。初耳なんだけど」
「そりゃ言ってないからな」
「ちなみにどんなキャラが好き?」
「白銀髪とかツンデレとか、いやでも結構色んなキャラ好きだぞ?」
「ほほう?まぁ俺、二次元のことはとんと分からないんだけどね」
「分からんのかい」
まぁ俺も全然分からんのだけど。
一応基礎知識だけは頭に叩き込み、友達作りの時に話を合わせられるようにしていただけ。
だからこの女のオタク趣味に付き合うのは少しばかり難儀なのだ。
『なんのアニメが好き?』だとか『この子いいよね』だとか、二次元に纏わることを話されてしまえば終わりである。
せめて今日だけでも乗り切れば色々と知識を蓄えることができるのだが……中越のやつ、結構積極的だからな。
もしかしたら話しかけてくるかもしれん。
その時は……スマホでカンニングでもするか。
「2人って本当に仲良くなったの?」
思考を張り巡らせていた時、肩から手を離した神埼が忽然として口を開いた。
「もちろん。どこか変なところでもあった?」
隣の中越が先陣を切って問い返してくれるが、神埼が思っている答えは――
「――俺達が話してないからそう思ったんだろ」
「え?そうなの?」
「おぉ大正解。よくわかったね」
「友達だからな」なんて言葉をニヤつきながら返してやると、わかりやすく頬を緩ます神埼が抱きついてくる。
まだ春だというのに暑苦しいったらありゃしないが、こうして友人を作っておくのは父さんいわく、暗殺者の基本……らしい。
そんなことはないと思うけどな?と昔も今もずっと思っているのだが、暗殺者として名を残している父さんが言うのだから本当なのだろう。
「嬉しいこと言ってくれるじゃん〜」
「あんまくっつくな……。中越さんの前だぞ?」
「私のことはお気になさらず〜」
「中越さんまで……」
中越の表情には微笑みがあり、先程の探るような言葉は見つからない。
油断するつもりはないが、中越も1人の一般人女性だ。俺みたいに表情を作るわけがない。
そして、そこまで重さを感じない神埼の体重を押し返すように身体を起し、
「なぜ離れない……」
「やっぱりマブは肌見離さず一緒にいるべきだと思ってさ」
「んなことねーだろ――ってほら、チャイムなったぞ?」
マブという言葉には触れず、スピーカーから落ちてくる聞き慣れた音色を利用して神埼を離させようとする。
「仁村はそんなに俺と離れたいのか……」
「うん」
「即答!?ひど!」
「まぁまぁ、先生も来るからはよ席に帰りなー」
「そこは冗談だと言ってくれよ……」
トホホと見るからに気分が落ちているからか、素直に俺から手を離した神埼は自席へと戻っていった。
そんな態度を見てか、小首をかしげる中越が俺の腕を突きながら口を切ってくる。
「私と全く話し方違うくない?」
「中越さんは女性だからね。あんな冷たい態度は取れないよ」
――うそだ。
極力地雷を踏まないように丁寧な言葉を使っているだけ。
普段の俺……と言ってもほとんどが偽りなのだが、その偽りの中でも俺は男女関係なくタメ語だ。
明らかに目上の人は別なのだが、同級生などには冷淡な言葉を返すタイプで貫いている。
それこそ、さっきまで神埼と話していたように。
……まぁ、このタイプでやりすぎて本当の自分がわかんないのもあるんだけど。
「確かに私は異性だけど……友達じゃん!敬語はやめようよ!私が馴れ馴れしい女みたいじゃん!」
いや実際そうだろ。
脅す脅さない以前に、中越の中身は明るすぎる。
それも相まってバカだと思ったんだがな。
「そんなことないですよ?」
当然、思ったことをバカ正直に口にするわけもなく、思ってもいない言葉を返してやる。
さすれば、リスのように頬を膨らませ、ジトッと湿った視線を向けてくる中越。
「絶対思ってないよね?私分かっちゃうよ?嘘ついてると分かっちゃうよ?」
「バレてましたか……」
「やっぱり思ってないじゃんー!というか敬語!」
俺の口元に視線を下ろす中越の表情には顰めた眉があり、言葉からはもっと仲良くなりたいという感情が伝わってくる。
脅してるやつがなにを言ってるんだ?なんてこと思うが、願ったり叶ったりなことなので否定的な言葉は返さない。
だが、願わくば敬語は使いたい。
理由としては目上と話している気分に陥り、地雷を踏みにくくなるからというものなのだが……これ以上敬語を続けてたら逆に地雷を踏みそうだな……。
「分かった。極力敬語はやめるよ」
「極力?」
「……絶対」
「ならよし!」
これ見よがしにはにかみを浮かべる中越は、先生が教室に入ってくるとともに前を向く。
そんな中越とは裏腹に、何とも言えない気持ちになる俺はそっと頬杖をついた。
なにがそんなに嬉しんだか。
でもまぁ、その笑顔を浮かべられるのもそう長くはない。
今ぐらい好きに笑えばいいさ。
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