第3話 隣の人に脅されています
友人である
俺との会話を試みようとしている?なんてことも思ったのだが、なんの接点もない俺たちに話す内容なんてない。ない……はずだったんだ。
「おはよっ
「お、おぉ……おはよ」
表情に出てしまうほどの動揺をしてしまう俺は、隣の席から伸びてくる手の主に慌てて言葉を返す。
トントンっと肩を叩いてきたのは暗殺対象の――
そんな中越には俺と裏腹の笑顔があり、友人と話すように声をかけてきたのだ。
「ん?私の顔になにかついてる?」
動揺した言葉を疑問に思ったのだろう。
小首を傾げる中越は椅子を摺りながら近づいてくる。
「んいや、まさか話されるとは思ってなくてさ……」
「なるほどね?突然ごめんね〜」
暗殺者たるもの、さすがに2回目は驚かない。
「おう」とひとつ返事を返した俺は、やおらに突っ伏した。
けれど驚かなかったのは表面上だけであり、裏では驚きを通り越して――
――え?俺の作戦が崩れたんだが?極力話さず、弁当に毒を持って加害者候補から免れようとする俺の作戦が崩れたんだが?
というかなんで話しかけてきた?やっぱり俺の事が見えていたのか?だとしたらとてつもない視力の持ち主だし、なんで暗殺者を信じた?
グルグルと脳裏で思考が回る俺に反し、頭上にいる中越はこれまた端的に口を開いてくる。
「眠いの?」
「ちょっと考え事してただけ」
身体を起こし、ポーカーフェイスを貼り付ける俺は悠然と言葉を返す。
ここで慌ててしまっては答え合わせをしているものだからな。
「……考え事?」
俺の言葉を聞いた瞬間、中越は初めて目を顰めて視線を落とした。
見てわかる通り、『考え事』という言葉に対して中越は異常なまでの反応を示した。
……つまり、俺が暗殺者だということはまだ知られてない……?
俺が考えることに対して目を顰めた。ということは、中越がなにかを隠しているということ。
それならば話しかけてきたこの状況にも合点が行く。
「うん、考え事」
追い打ちをかけるように言葉を返してやる俺は、相変わらずのポーカーフェイス。
今更だが、常日頃から誰かと話している時はポーカーフェイスを意識している。
『暗殺者たるもの、感情を顕にさせてはいけない。相手は顔色を伺いながら言葉を引き出そうとしてくる』
お父さんから貰った言葉なのだが、本当にその通りだ。
現に、俺は今中越の表情を伺いながら言葉をかけている。
隠しているものを自分の口から引き出させるために。
だけど、次に視線を上げた時には中越の表情は戻っており、
「ちなみになにについて考えてたの?」
「それは言わないよ」
「もしかして、暗殺的なことを考えてたんじゃないの?」
「……はい?」
はい!?な、え?なんなんだこいつ!
自分でも分かる。今の俺の顔は歪んでいる。
それこそ先程までの中越のように目を顰めているだろう。
俺が本心を探っていたはずなのに、不意を突かれて逆に探られ始めた……?
いやいやいや。こいつは素人なんだぞ?そんなことはない。断じてない!
というかなんで今『暗殺』って言葉を口にするんだ!もしかしてまじで分かってるのか?さっきまでの演技で、こっちが本命だったのか!?
荒ぶる心を落ち着かせるためにそっと視線を下ろした俺は、小さく息を吸って中越と目を合わせる。
きっと、その顔にはもう顰めっ面なんてないだろう。
先程までの悠然さを取り戻し、ジッと中越の目を見つめ返す。
「もしかしてだけど、暗殺者のこと信じてる?」
「その質問昨日もしてたよね?そんなに気になるんだ」
「私、結構アニメとか漫画が好きでさ?この日本にもいるのかなぁ?って思ったんだよね」
「流石にいないよ。暗殺者なんてファンタジーが過ぎるもん」
「やっぱりいないか〜」
どことなく感情が籠もっていない会話。
まるで信じていない言葉が俺の口――そして中越の口からも溢れてくる。
今の会話ではっきりした。
こいつは、この女は――中越澄麗は!俺のことを暗殺者だと分かっている!
そして、脅しだということを知らしめるために『暗殺』という言葉を使った。
私に逆らったら誰かにあなたの本性をさらすよ、と脅しているんだ。こいつは!
クソッ!直接口の中に毒薬を放り込んで昨日のうちに始末しとくべきだった!
脅されている以上軽率な行動は許されない。
この会話から一気に友達へと持ち込み、どこかでバレないように毒を盛ろう。
脅しなんて効かない場面へと持っていけば、俺のものだ。
――バチバチッ
確かに私と仁村の間には火花が散った。
そして、この会話から仁村がなにを考えているかなんてすぐに分かった。
彼は、この男は――仁村秀哉は私のことを『暗殺者』だということが分かっている!
だって私が『暗殺』という言葉を口にすると分かりやすく顔を顰めるんだよ?そんなの認めてるも同然じゃん!
そして!卑怯なことにこの男は私のことを脅そうとしている!
『下手な真似したらお前の悪事をさらすぞ』って言ってる!あの感情のない言葉がそれを伝えている!
でもそれが分かったからと言ってなにかができるわけでもない。
クラスメイトがいて、筋力差があって、それこそ脅されているこの状況で下手に動くことが出来なかい。
やっぱり昨日のうちに始末しとくべきだった!お父さんのバカ!なんで連れて帰ったの!なんで起こしてくれなかったの!
表面上は微笑みそのままで、けれど内心は荒ぶる私はジッと仁村の目を見る。
脅されている以上、浅はかな行動は許されない。
だから、この会話を通じて更に仲を深める。
脅しは脅し。けれど相手も私をコマとして使えるのならそれに越したことはないはずだ。
この男がどんな愚行をしようとも、私の本性を言わなければ私の勝ち。あなたを始末さえしてしまえば私の勝ちなの!
自分に強く言い聞かせる私は、おもむろに口を開いて――
「あれ?仁村って中越さんと仲良かったっけ?」
――突然やって来たのは仁村の友人の
私たちが話している間に用事を終わらせてきたのだろう。
普段通りの表情をする仁村の肩を持つ神埼くんに、私は縦に頭を振る。
「さっき仲良くなったの。ね〜?仁村くん」
友人に直接言ってしまえばこの男が『違う』と首を横に振ることはない。
もし『違う』と言ったら……は考えなくても良さそうね。
私と同じように首を縦に振った仁村はおでこを上げ、頭上にいる神埼くんに言葉を返す。
「いきなり中越さんが話しかけてきたんだけど、案外馬が合ってさ?仲良くなったんだ」
「ほへ〜。なに話したの?」
「アニメの話だとか漫画の話だとか」
「初対面でそこまで行ったの……?すごいね、2人とも……」
私が『アニメと漫画が好きだ』と言ったから合わせてくれたのだろう。
別に私は二次元に興味はないんだけど。
でも、こうして話を合わせてくれるのはありがたい。
本当は話も合わせられないほどのバカが良かったのだけれどね……。
この男は会話から分かる通り、かなり頭が切れる。
現に私に話を合わせ、友達となり、脅しやすい状況を作り出そうとしているのだから。
もしバカが私のことを脅しているのなら簡単に始末できる。
だって脅しだけでどうにかなると思っているんだもん。
……でも、この男は違う。
的確に私の話に合わしてくる手練れ。
この男と話す時は絶対に気を緩めないでおこう。
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