第16話 魔女は変な人に好かれやすい


「ねぇエミル……! エミルってば!」


 エミルは私の手を引いたまま、黙々と廊下を歩いていく。何度か名前を呼ぶと、前を向いたままのエミルが息を吐き出す気配がした。


「……留守番をおねがいしますと言ったでしょう」


「それは……ごめん。どうしても気になって……」


 留守番を頼まれたのについて行ったのだから、どう考えてもこちらに非がある。

 素直に謝った私に、エミルはもう一度静かに息を吐いた。

 もしかしたら、呆れられてしまったのかもしれない。……いつものことといえばいつものことなのだけれど。


 ――ていうか、私、まだ変装したままなのに。

 

 今の私の姿は、元の私とかなりかけ離れているはずだ。それなのに、エミルは躊躇うことなく普段通りに接してくる。


「いつから気づいていたの?」

 

 いつからバレていたのだろう。

 私はエミルの様子を伺いながら尋ねてみた。


「あなたがクラスルームの前にやってきたときです。まだ魔力が回復しきったわけではないというのに僕に気づかせないとは、さすが師匠だ」


 意外にも、街では気づかれていなかったようだ。

 不機嫌そうではあるが、言葉の内容が私を褒めてくれるものなのがエミルらしい。

 普通に受け答えはしてくれるが、エミルはずっと前を向いたまま。階段に差し掛かっても、一度もこちらを振り返ることなく、私の手を引いて降りていく。

 

「怒ってる?」


 もしかして、私はエミルを怒らせてしまったのだろうか。

 エミルは小言こそ言うが、今まで本気で私に怒ったことがない。

 尋ねた私に、エミルはゆるりと首を横に振った。

 

「いいえ。15年ぶりに目覚めたあなたが周囲に興味を持つのは当然だと言うのに、隠した僕が悪かったですから」


 その声音は静かなもので、そこに私への怒りは感じなかった。

 むしろ、自分を責めているかのよう。


 階段を降り切り、エントランスホールに戻ってくると、私の石像の前でようやくエミルは足を止めた。

 振り返って、私の手を両手で握りこんでくる。


 エミルの手は、記憶のものよりも随分と大きくなっていた。

 かつては私が彼の手を包む側だったのに、今は逆だ。私の手が、エミルに包み込まれてしまっている。

 

「……ただ、ヴィクターにあまり気を許しすぎないでください」


 エミルは絞り出すように言った。

 見上げれば、青の瞳が不安げに揺れていた。


「どうして?」


 ヴィクターは間違いなくいい人だ。

 少々言動が軽いように思うが、彼はエミルを助けてくれた。今日だって、偶然出会っただけの私に学院内を案内してくれた。なんだかんだと面倒見がいいお兄さん、といったイメージだ。

 私が生きていることを知っている数少ない人間の一人だし、気も合いそう。せっかくなら仲良くなりたい。

 

「あの人は……僕よりも師匠と歳が近いし、師匠が気に入る要素だらけだからですよ」


 確かに、親しくなりたいと思うほどにはヴィクターのことを気に入っている。

 しかし、エミルの言葉はそれとは違う意味をはらんでいるように思えた。


「なにそれ、どういうこと?」

 

「師匠は変な人が好きだし、変な人に好かれやすいから心配です」

 

 それは言外に、ヴィクターが変な人だと言っているということか。


「…………」


 ヴィクターが変な人なのかはひとまず置いておくにしても、私はエミルの言葉を否定できなかった。思わず言葉に詰まってしまう。

 元婚約者を先頭に、歴代のろくでもない彼氏未満の男たちが脳内を通り過ぎていき、私は遠い目をするしかない。


 だけれど、私に関わる変な人というなら、現在の筆頭はエミルな気がする。


「……それ、エミルに言われたくないわ。あなただって変な子でしょ」

 

 自分のことを棚に上げて言わないで欲しい、と私は思う。

 この弟子は、夜な夜なミシンをカタカタしてウェディングドレスを縫っていたはずだ。それも、結婚を了承していない育ての親用の。


「ええ、そうですよ。僕みたいな厄介で変な弟子に懐かれたのが運の尽きです」


 エミルは私の言葉を否定せずに深く頷いた。

 変な子だと言われたのに、何故かエミルは嬉しそうだった。

 まるで、私に変だと認められたかったようにも感じられる。


「僕は、師匠のことが好きなんですよ。ずっとずっと昔から。他の変な人たちよりも、ずっと深く」

 

 エミルは、握った私の手を自分の頬へと持っていった。

 目を瞑って、ただ私の存在を確かめるように顔を押し当ててくる。

 思ったよりもひんやりとしたエミルの頬が手の甲に触れて、私の心臓がどきりと跳ねた。

 その仕草はまるで、大切なものにすがっているかのようだ。


「っエミル」


 上手く声が出ない。名前を呼ぶのがやっとだった。

 

 本当に、おかしな弟子だ。

 実年齢は15も年上の育ての親に、愛を囁くなんて。


「僕はもう、師匠の背に隠れるだけだった無力な幼い子どもではありません。師匠を傷つける変な人たちは、僕が全て追い払います。たとえ……国王陛下相手であっても」

 

「……?」


 どうしてそこで、私の元婚約者が出てくるのだろう。


 私が首を傾げたその時、背後からバタバタと走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「先生! エミル先生待って! 今日もう帰っちゃうの!?」


 振り返れば、さっきクラスルームでエミルの袖を引っ張っていた少女がいる。ピンクの三つ編みを揺らしながら、階段を駆け下りてきていた。

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