第14話 初めて見る弟子の姿


 門をくぐり抜けた先にはレンガ敷きの道が広がっていた。通路の両側の花壇には、可憐な花々が咲いてゆらゆらと揺れている。

 先を歩くヴィクターの後を追いながら、私はパチンと指を鳴らして再度変装の魔法をかけた。


「……魔法学園?」


 私が最前線に立っていた15年前には、そんなもの存在しなかった。

 魔法は一族から学ぶものだ。一族から一人前と認められると独り立ちが許される。

 私の疑問の声に、ヴィクターが視線を少し向けて補足してくれた。

 

「15年前の生き残りの魔法使いたちを育成、研究する場所なんだとよ。10年前にアルフォンス国王陛下がお作りになったのさ」

 

 ――またあいつか。


 なんだかんだと忌まわしき元婚約者国王陛下の話を最近よく聞くなあと思う。聞きたくもないのに。今後会わないことを願うばかりだ。


「エミルならこの時間、クラスルームにいるだろうよ」

 

 言いながら、ヴィクターは教会のような建物の入口を開けた。

 広いエントランスホールの中央には、どこかで見たような石像が飾ってある。嫌な予感がしながらも、私はそろそろと視線を石像の顔へもっていく。

 案の定というか、なんというか……。そこにあったのは、当然私の顔を模したものだった。


「……これは」


「ああ、それか? この学園の目指す育成像が、英雄の魔女様なんだよ。エミルと国王陛下が熱狂的な魔女様信者だからなぁ」


 ヴィクターは私をチラ見しながらそう言うが、私は更に顔をひきつらせるしかなかった。


 ――エミルはまだ分かるんだけど、国王陛下も私の熱狂的な信者ってなに!?


 私の記憶だと、元婚約者のアルフォンス国王陛下とは修復不能なレベルで不仲で、最悪の別れ方をしたはずだ。

 この15年の期間で、彼に一体何があったというのだろう。


 ヴィクターは私の石像の横を通り、その奥に伸びる階段を上っていく。

 上りきった先には廊下が広がっており、片側には教室と思われる部屋がいくつか並んでいた。

 反対側は窓になっていて、私たちが入ってきた入口の庭を見渡せるようになっている。


「ほら、この部屋だ」


 ヴィクターが親指で示してきて、私はそっと部屋の様子を窓ごしにうかがった。


「エミル先生、遅いよ! この間教えてもらった風起こしの魔法出来るようになったから見て!」


「エミル先生ー、この魔法陣の書き方が分からなくて……」


「はいはい、分かりました。一人ずつ対応しますから並んでください」

 

 広いホールのような部屋の中では、エミルが数人の子どもたちに取り囲まれている姿があった。

 子どもたちの歳の頃はだいたい15、16といったところだろうか。それよりも幼い子どももいる。


 ――あんなエミルの顔、初めて見た……。


 子どもたちに囲まれたエミルは、大変そうではあるが楽しそうだった。

 子どもたちがエミルのことを慕っているのが伝わってくるし、エミルもそれを受け入れている。

 なんだかかつての自分とエミルの姿が重なるような気がして、目の奥が熱くなるのを感じていた。


「あの子たちは、いわゆる厄災やくさい孤児なんだ」


「厄災孤児?」


「黒の厄災の一件で、親を失った子たちさ」


 ――ああ。

 

 ヴィクターの言葉に私は納得する。

 15年前、黒の厄災がかつてないほどの被害をもたらした。

 多くの魔女や魔法使いが犠牲になった。

 ここにいる子どもたちは、その結果置いていかれてしまった子たちということか。……エミルと同じだ。


「そのせいか、見た目よりも言動が幼くてな……。だが、いい子たちだよ」


 室内へ向けられたヴィクターの視線は、とても優しいものだった。慈しんでいると言っていいだろう。

 室内では、いまだ子どもたちはエミルを取り囲んで楽しそうにしている。


 ――あ。

 

 その中で、一人の女の子がエミルの服の袖をくいくいと引いているのを見た。

 ピンクの髪を三つ編みにした、可愛らしい少女だ。

 

「ね、先生。後で話したいことがあるんだけど、いい?」


 ――なんか、もやもやする。

 

 エミルを見上げている少女から、大人と子どもの境目特有の危うげな色気を感じる。遠目から見ている私の心臓が、妙に嫌な感じにどくりとはねた。反射的にぎゅ、と自分の拳を握りしめてしまう。

 

「このままここにいたらエミルにバレるだろうし、移動しながら話すぞ」


 ヴィクターから声をかけられてハッとする。私は慌てて拳から力を抜いた。

 エミルと三つ編みの少女から目をそらす。

 胸に湧いていたもやもやは、見て見ぬふりをすることにした。


「……っええ」

 

 ――そういえば、この間街でエミルのことを「学園長」って呼んでたっけ?


 ふと街中でのことを思い出した私は、廊下を歩くヴィクターをちらりと見上げる。

 

「エミルって――」


「察してるとは思うが、エミルがここの学園長だ」


 学園長ということはここのトップということか。

 我が弟子は随分と出世したものだ。なんだか誇らしい。


「で、俺が副学長園だ」


「あなたが!?」


 ついぎょっと目を見開いて反応してしまった。

 

 確かヴィクターは、魔法が使えないのではなかっただろうか。

 魔法使いの学校の副学園長を、魔力がない普通の人間が務めていいのか。

 

 じろじろと視線を向けてしまった私に、ヴィクターはふっと悟ったような笑みを浮かべた。


「おっと……、リラが言いたいことはよく分かるぜ。魔法を使えないくせになんで魔法学園の副学園長なんざやってんのかって話だろ? 俺だってはなはだ疑問さ」


「……なんでそんな面白い事態になったのよ」


 私に尾行されているエミルのことを散々笑っていたが、ヴィクターのこの状況こそ十分笑い話だろう。魔法を使えないのに教える立場にいるなんて、いささか滑稽こっけいだ。


「そんなのエミルに言ってくれよ……。あいつが学園長の話を引き受ける条件の一つが、俺を副学園長にすることだったんだよ」


「どういうこと? ヴィクターとエミルってどんな関係なの」


 ずっと不思議ではあったのだ。

 何となくではあるが、ヴィクターとエミルはただの友人には思えない。

 

「……俺とエミルは、兄弟みたいなもんさ」


 ヴィクターはそう言って、廊下の最奥にある一際大きな部屋の扉を開けた。

 

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