第13話 魔女は尾行中


 昼の街には、多くの人が行き交っていた。

 人混みの中、意識を集中させてエミルの魔力の方向を探る。


 ――まだそんなに離れてないわね。すぐに追いつけそう。


 私は人の間を縫うようにして、エミルの姿を探して早足で進んでいく。

 

 元々魔力をもつ人間の数はそれほど多くなかったが、今は15年前よりもさらに減っているらしい。

 道行く人たちのほとんどが、魔力をもたない普通の人間のようだった。


 ――まぁ、そりゃそうよね。

 

 そもそも、黒の厄災の一件で力の強い魔女・魔法使いは皆いなくなってしまった。

 残っているとすれば、魔力が少なく前線に立てなかったものか、エミルのように当時幼い子どもだったものだろう。


 ――あ、みつけた。

 

 残り香を辿るように魔力を追っていけば、見慣れた後ろ姿はすぐに見つかった。

 昔から、ピンと背筋を伸ばして歩くエミルの姿は変わらない。


 ――あんまり近づかないようにしないと……。


 こちらが魔力を探って辿れるように、エミルだって同じ事が出来る。

 私は極力気配と魔力を消して、エミルの後ろをついていく。もちろん、見失わない程度に距離もかなり開けた。


 エミルは目的地へ真っ直ぐに向かっているようで、足を止めることは一切ない。

 街の大きな通りを抜け、郊外の方へ向かっているようだった。

 店や家が並んでいた周囲は、いつしか建物も人影もまばらになっていく。

 私は周囲の物陰や木陰に身を隠しながらついて行っているが、振り向かれたらと思うとひやひやする。


 ――一体どこに向かっているの?


 それなりの距離を歩き、装飾の施された鉄扉の前でエミルはようやく足を止めた。そのまま鉄扉を押し開け、中に入っていく。

 私は少し離れた木陰に身を隠したまま、そっとエミルが立ち止まった場所を見上げた。


 ――うわ、すごく立派な建物……。


 鉄扉の奥には、白い壁に高い尖塔を持つ左右対称の建物があった。一見すると、教会のように見える。

 宗教施設かなにかだろうか?

 その瞬間、私の頭に『私を過剰に崇めている場所』という情報がよぎってしまった。

 思わず、ぶるりと肩を震わせてしまう。

 

 ――まさか、私を勝手に教祖様にでも仕立て上げてるんじゃ……。


 恐ろしいことを考えてしまった。

 エミルならやりかねない。変な想像を否定しきれないのがまた恐ろしい。


 私が木陰で顔をしかめて考え込んでいると……。


「お嬢ちゃん、そんなところで何してるんだ?」


 不意に背後から声をかけられた。

 

「わっ!」


 考えに意識を取られていて、後ろから人が来ていることに気づかなかった。

 飛び上がりそうなほど驚いてしまう。

 振り返ると、そこに居たのは白衣に丸眼鏡のガタイのいい男性。ヴィクターだ。

 

「ヴィクター……!」


 ――あ、しまった。


 変装中だというのにうっかり名前を呼んでしまって、私ははっと口元を押える。

 しかし、口に出してしまった言葉は引っ込められない。

 

「なんだ、俺を知ってるのか? もしかして……逆ナンか? いやぁ、ようやく俺の魅力に気づいてくれる人が現れて嬉しいぜ」


 ヴィクターはあご髭を片手でなで擦りながらなんだか嬉しそうだった。勘違いもいいところだが、顔がにやけていて満更でもなさそう。


「だけど、悪いな……。俺、年下は恋愛対象外なんだ」

 

「違うわよ!」


 神妙な面持ちでヴィクターが私の肩に手を置いてくるものだから、耐えきれずに突っ込んでしまった。


 ――この人、やっぱり変な人だわ。


 しかし、悪い人では無さそうだ。見た目は悪人寄りだけれども。

 

 エミルは建物の奥へ行ったようだし、見つかったのはヴィクターだ。正体を明かしても大丈夫だろう。

 そう判断した私は、パチンと指を鳴らして一旦魔法の変装を解く。

 みるみるうちに、私の姿が元のものへと変わっていって、ヴィクターは丸眼鏡の奥の瞳を見開いた。


「……私よ」


「……こりゃ驚いた。魔女様だったのか」


 ヴィクターは感心したように「ほー」と息を吐いている。

 

「リラでいいわ」


「で、リラはどうしてこんなところにいるんだ?」


 こちらとしても、まさかヴィクターに会うとは思っていなかった。

 彼こそどうしてここにいるんだろう。

 私は不思議に思いながらも、とりあえず口を開いた。

 

「実は――」



 

「ぶっ! わははは! 面白そうなことになってんなぁ!」


 あらかたの事情を話すと、ヴィクターは腹を抱えて豪快に笑った。

 そこまで笑わなくてもいいのに。

 どうやらエミルが調査されているという状況が、ヴィクターのツボにハマったらしい。


「いいぜ、俺が中を案内してやるよ」

 

 ひとしきり笑うと、ヴィクターは目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら言ってきた。


「いいの?」

 

 気にはなるものの、建物の中に入ることははばかられて、正直もう帰ろうかなと思っていたところだった。

 ヴィクターの申し出は、純粋にありがたい。

 思わず目を輝かせて見上げてしまった私に、ヴィクターは大きく頷いた。

 

「ああ。ここは俺にとっても職場だからな。俺が招待したってことにすればいいだろ」


「ありがとう」


「いいってことよ」

 

 私の礼に、ヴィクターはにっと口元を引き上げて笑った。

 先ほどエミルが通って行った鉄の門を、ヴィクターが押し開けてくれる。


「それで、ここはどんな場所なの?」

 

 ありがたく門をくぐりながら、私はヴィクターに尋ねてみた。

 

「ここは、王立セレンディア魔法学園。魔法使いの素質を持つ子どもたちが集まっている特別な施設だ」

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