第2章
第12話 魔女は気になる
15年ぶりのエミルとの共同生活が始まって一週間が経った。
エミルが幼い頃とはいえ、元々一緒に住んでいた仲だ。
ひとつ屋根の下ではあるが一応部屋は別々だし、愛弟子との生活は、当然ながら快適である。
「師匠、魔力の回復はいかがですか?」
食後の紅茶を飲んでいると、エミルが尋ねてきた。
「うん、まだ完全回復とはいかないけど、前よりはマシになってきたと思うわ」
私はエミルに答えながら、すっと指を動かした。
調理台に置かれていたクッキーを皿ごとこちらへ招き寄せる。
皿はふわりと空中を飛んで、ダイニングテーブルの上へやってきた。
さっきエミルと共に焼き上げたばかりのクッキーは、バターと砂糖の甘くていい香りを放っている。
「そうですか、それならよかった」
クッキーを一つつまんで口へ運ぶ私を見て、エミルはほっとしているようだった。嬉しそうに微笑んでいる。
こうして改めて正面から見ていると、エミルは随分な美青年に成長したものだと思う。
……毎晩寝る前に、部屋でミシンをカタカタさせている奇人ではあるけども。
当初私の部屋に置かれていたミシンは、私が目覚めたからかエミルの部屋へと移動していった。
私用らしいウェディングドレスの制作は未だ続行されているようで、隣の部屋から夜な夜なカタカタと足踏みミシンを使う物音が聞こえてくる。いくら美青年とはいえ、若干ホラーだ。
「師匠も安定してきたみたいですし、今日、少し出かけてきますね」
私と同じようにクッキーを一つつまみながら放たれたエミルの一言に、私はぱちりと目を瞬かせた。
「どこへいくの?」
私が目覚めてからのこの数日、エミルは私の体調を気遣ってか基本的にそばにいてくれた。
今のエミルが普段どのような生活をしているのか、少し興味がある。
「仕事です」
エミルは私の質問に、さらりと答えた。
「……あなた、仕事していたのね」
エミルはもう21の青年なのだと、頭では理解している。
それでも、私の中の6歳のエミルと今のエミルがまだ重なるようで重なりきっておらず、微妙に失礼な反応を返してしまった。
私の言葉にエミルは苦笑した。
「ヴィクターといい、あなたといい、僕の周りには失礼な人間しか居ないんですか……?」
「ごめん」
「別に、師匠ならいいですよ。怒ったりしません」
――でも、そうよね。仕事しないと生活出来ないわよね。
人生先立つものはとりあえずお金だ。
私だって、昔は村の人から依頼を受けて生活していた。
「そういうわけなので、留守番をお願いします」
――ほほう。エミルはどんな仕事しているんだろう。気になる。
「……ついて行ったりは」
「ダメです」
バッサリ。
ダメ元で聞いてみたが、とてもいい笑顔で切り捨てられた。
――ですよねー。
エミルを困らせてまでついて行きたいわけではないので、大人しく引き下がることにする。私が少しだけ肩を落としていると、エミルは言葉を付け足した。
「なんと言いますか、師匠が特別に
――どういうこと?
私が特別に崇められている場所? なにそれ怖い。まるで宗教のようではないか。
「とにかく、あなたを一番に尊敬し、崇拝し、愛しているのは僕なんですから。その他大勢に会わせたくありません」
――なんかやばめな発言が聞こえた気がする……。
子どもの姿で言われるとまだギリギリ可愛いで流せるようなセリフでも、青年の姿になるだけで何故こんなにも危ないセリフになるのだろう。
ぜひ聞かなかったことにしたいところだ。
結局エミルはそれ以上口にすることはなく、手早く出かける準備を整えてしまった。
金髪碧眼で育ちの良さそうな顔立ちのせいだろうか。ラピスラズリの宝石がついたループタイにウエストコートを身につけたエミルは、まるでどこかの貴族のお坊ちゃんのようだ。
「それではいってきますね」
「行ってらっしゃーい」
玄関先で、出かけるエミルに手を振って笑顔で見送る。
ぱたんと扉がしまったのを確認して、私は貼り付けていた笑みを引き剥がした。
――あんなこと言われたら、気になるじゃない……!
私は即座にパチンと指を鳴らす。
たったそれだけで、私の髪色と瞳の色が変わっていった。
赤いくせっ毛は、金のストレートに。
薄紫の瞳は、濃い緑の瞳に。
たった一瞬で変化する。
――我ながら完璧な変装だわ。魔法って便利ね。
これなら、過去の英雄リラ・オルデンベルクとは似ても似つかないだろう。
エミルにバレないようにというのはもちろんのことだが、エミル
万が一にでも正体がバレて、厄介なことになるのは勘弁したい。
玄関先に置かれていた姿見でサッと確認すると、私はエミルの後をつけるべく家を抜け出した。
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