第11話 胡散臭い男
「ヴィクター……。今デート中なのが見て分からないんですか? 邪魔しないでください」
エミルはため息を吐きながら、心底嫌そうに白衣の男へと視線を向ける。
対してヴィクターと呼ばれたその男は、冷たいエミルの視線を受けても平然とした様子だ。やれやれと肩をすくめている。
「そりゃ悪かったよ。そう氷点下の視線を向けなさんなって」
――お、大きい……。
私はというと、失礼なのを承知の上でヴィクターを上から下まで眺めてしまっていた。
近くで見るとこのヴィクターとやら、かなり背が高くて体格が良い。180cmは優に超えているだろう。
年は、落ち着いているからか大人っぽく見えるが、エミルよりも少し年上の27、8といったところだろうか。
エミルの知り合いなのだろうが、服装やまとう雰囲気と相まって、怪しさ満点だ。
周囲へちらと視線をやると、ヴィクターが現れたからか、エミルにみとれていた女性たちはそそくさと広場から離れていっていた。
「で、女っ気のないお前のデート相手はっと……」
ヴィクターが私の方へと視線を下ろしてくる。
しかし、ヴィクターは私の顔を見るなり、ぎょっと目を大きく見開いた。
信じられないものを見たような顔をしている。
私も
「おい! こりゃお前の愛しの眠り姫じゃねぇか!」
ヴィクターはエミルに掴みかからん勢いでまくし立てた。その声が大きくて、思わず私は顔をしかめてしまう。
「そうですよ」
「目覚めたのか!?」
「ええ」
エミルはヴィクターの様子に一切動じていないようで、表情も変えずに淡々と答えている。
「ほんとにあれは仮死状態だったのか」
「疑っていたんですか、失礼な」
「実は眠り姫は死んでて、お前には
「本当に失礼な人ですね、あなたは……」
私を完全に除け者にして、二人はごちゃごちゃと言い合っている。エミルは嫌そうな顔をしているが、意外と仲が良さそうだと感じた。
「だってお前……、仮死状態の人間に毎晩キスし続けるって尋常じゃねえよ」
「僕は師匠だから仮死状態でも愛していただけです」
「ごめん、ちょっと待って? キス……?」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、つい反射的に二人の言い合いに口を挟んでしまった。
エミルはヴィクターから私へと視線を移すと、頬を少し赤く染めて答えた。
「し、師匠に魔力を注ぐためですよ。他意はありません。……役得ではありましたが」
oh......。
くらりとめまいがするような心地がする。私は思わず額を押えた。
「師匠、大丈夫ですかっ?」
「大丈夫……」
ふらついた私の肩をそっとエミルが支えてくれる。
15年間私に魔力を注ぎ込み続けた、とエミルから聞いた時に嫌な予感はしていたのだ。
他者に魔力を注ぐ術はかなり高度な部類になる。術者の技量が問われるし、そもそも手段がそう多くあるわけではない。
その方法は大きくわけて二つだ。
一つは、魔法陣を描き、若草の朝露や小動物の骨を用意して、満月の晩に儀式を行う方法だ。しかしこの方法はなによりもコストがかかりすぎる。
もう一つは、物理的に魔力を移す方法だ。いわゆる口移し。こちらは前者とは異なりコストはかからないが、体質的に魔力相性の悪い相手だとお互いに体調不良を引き起こす可能性がある。その上、一度に送ることの出来る魔力量に限度があるのだ。
継続的に魔力を注ぎ続けるのなら、妥当なのは口移しであることは容易に予想がつく。
だけれど、意識的に考えないようにしていたのだ。
明言されてしまっては、認めざるを得なくなる。
――ああ、まさかファーストキスが弟子になるとは思わなかった……。
かつて私には婚約者がいたし、恋人(?)だっていた。
しかし、そういう恋人らしい接触はまだ誰ともしたことがなかったのだ。
――別に、エミルとキスするのが嫌というわけではないけど……。
エミルのことは嫌いでは無いし、むしろかわいい愛弟子だが、意識がない間にファーストキスを奪われていたというのはなかなか複雑な気分だ。
「……可哀想に」
私の様子を見てか、ヴィクターが哀れみの視線を向けてくる。虚しくなるからやめて。
「……ええと」
話しかけようとして、そういえばまともに自己紹介していないことに私はようやく気づいた。
エミルに視線を向けると、私の言いたいことを察してくれたらしい。
「ああ、紹介が遅れてすみません。このやたら図体がでかくて胡散臭い男は、僕の……友人のようなものです」
比較的はっきりとものを言うエミルにしては珍しく、後半がなんだか歯切れが悪い。
ヴィクターはエミルの紹介を受けて、にっと人の良さそうな笑みを浮かべた。
「起きてる状態では初めましてだな。俺はヴィクター・エデルバード。魔法の使えない魔法研究者だ」
「はい?」
――魔法の使えない魔法研究者?
ヴィクターと名乗ったその男からは、確かに魔力をまったく感じられなかった。
魔力がないのに魔法を研究するなんて、これまた変わった人間がいたものだ、と私は思う。
類は友を呼ぶと言われてしまえばそれまでだが。
「私は……リラよ。よろしくね」
ラストネームを名乗ることを
「ああ、エミルから話は聞いて知ってるぜ。英雄の魔女様だろ?」
しかし、ヴィクターの方から踏み込まれて面食らってしまう。彼はどこまで知っているのだろう。
どう答えていいものか困ってしまって、私はエミルの方へ視線を向けた。
「普通に話して大丈夫ですよ。ヴィクターはあらかたの事情を知っている唯一の人間です」
「……そうなの」
エミルの返答に私はほっと息を吐く。
もしかして、エミルが先程言っていた『私が生きていることを知るもう一人の人間』がヴィクターなのだろうか。
それならば納得だ。
「ヴィクター、師匠のことは口外しないでくださいね。国王陛下の耳にでも触れたら厄介だ」
「分かってるよ」
「――では師匠、行きましょうか」
「ええ?」
エミルはそう言うと、私の手を掴んだ。そのまま私を連れて広場から去ろうとする。
話途中だろうに、いいのだろうか。
「そうだ、お前いい加減学園に顔を出しとけよ。子どもたちが寂しがってたぞ」
「しばらくしたら顔を出しておきますよ。それまではあなたに任せます」
背後からかけられたヴィクターの言葉に、エミルは振り返りもせずに返事をした。
「へいへい……。人使いの荒い学園長様なことで」
後ろでヴィクターがぶつくさ文句を言っているが、エミルは気にした素振りも見せない。
――学園長?
それはエミルのことなのだろうか。
疑問が浮かんだものの、聞くタイミングを逃してしまって、その場で聞くことは出来なかった。
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